第37話 それぞれの思惑
再び戦いの火蓋が切られていた。
清次郎と霧島の部隊に居る兵士たちは、安羅馬が率いた兵士たちよりも屈強であった。
一時は、喃国を押し返していた蘭国だったが、戦況はまた変わりつつあった。
蘭国の兵士たちも攻撃を止めようと必死に奮闘をしていたが、特に手を焼いていたのが清次郎の率いる部隊である。その兵士たちの風貌は、柄が悪く荒れた者たちの集団のように見えたが、安羅馬が連れてきた兵士とはまるで違った。個々の強さは当然ながら、その動きは洗練されたものであると、集団としての機能を十分に発揮していた。
清次郎の兵士たちは、自ら率先して相手にかかろうとはせず蘭国を目指そうと進んでいたが、それを邪魔しようとする者たちは一瞬で斬り伏せている。
その戦法は、相手一人に対しても複数で取り囲むと、命をものともしない勢いで一気に攻め立て、向かって来る者を確実に仕留めていった。
その覚悟は蘭兵たちの足を鈍らせていた。下手に動けば失うのは自分の命である。
こうして清次郎たちは、自分たちを囲む蘭兵たちの様子を警戒しながらも、止まる事なく森の中へと進んで行った。
その清次郎の進軍を止める事なく残っているのは次梟であった。止める事が出来なかったのだ。前に対峙していたのは並みの相手ではなく天才だった。
その天才を相手に構う余裕などない。清次郎と同時に相手をする事がなくて良かったと思うのが、次梟の本音であった──。
「──清次郎さんは先に。ここは俺が引き受けます」
「……良いのか?」
清次郎は、次梟から視線を外す事なく言った。次梟がただ者ではないと言う事がわかっていた。
「……」
次梟は、清次郎と視線を合わせたまま二人の会話を黙って聞いていた。そしてその間に「どうするか?」と先の選択を模索していた。清次郎と呼ばれた男──。
この男をこのまま通せば、蘭国に及ぶであろう被害が容易に想像出来たからだ。しかし、霧島と清次郎の二人を相手に戦うのは次梟でさえ無謀だった。
「大丈夫ですよ。知った仲ですし」
霧島がそう言って笑うと、清次郎は「……わかった」とだけ返事をして先へと進んだ。
そして、仁王立ちをした次梟と馬に乗った清次郎の二人がすれ違う──。
その間、清次郎の側に居る兵士たちが次梟へと襲いかかる事はなかった。が、そこにある空気はピリピリと張り詰めると緊張が漂うものであった。
「──」
次梟と清次郎の二人は、互いに何も発する事もなく無言だったが、何かが間に割って入ろうものなら一瞬で戦いになる。そんな瞬間であった。
清次郎たちが通り過ぎて行った後に次梟が聞いた。
「……誰だい? ありゃあ」
「あれはうちの大将ですよ。あ、
霧島はくすくすと笑った。
場に似合わない笑顔である。そして言った。
「それと……喃国の城主になる方です」
表情からは笑顔が消えていると、それは真剣な眼差しであった。
「……へえ、そうかい。それなら挨拶をしておくべきだったか」
「大丈夫ですよ。もう十分に伝わったと思いますよ」
霧島はクスリと笑った。
清次郎と次梟が似た者同士である事を、霧島自身が一番良く感じ取っているからの言葉であった。次梟の覇気のそれも、普通にはない王者の風格を纏うのに値するものであった。そして、霧島は「よいしょっ」と馬から降りると残っていた兵士たちに向かって言った。
「お前たちは蘭国の兵たちを一掃しろっ! この男には手を出すな! いいな? この男の相手は俺がするっ!」
霧島の言葉を聞いて頷いた喃兵たちは、一斉に散って行くと蘭国の兵士たちに攻撃を仕掛けて行く。
それを見送った次梟が言った。
「……決着をつけようってか?」
「もし俺が勝ったら……次梟さん。喃国に来ません?」
「──」
次梟は少し驚いて眼を開いたが、すぐに態度を戻すと言った。
「ふっ……こんな所で勧誘かい?」
「駄目ですかねー?」
霧島は、甘えたようににこりと笑って見せる。
「ああいいぜ。だが──」
次梟は、刀をくるくると回して持ち直した。
「勝てたらなっ──!」
走る次梟が霧島までの距離を詰めると、ガキンと鍔迫り合いの音が鳴った。
それからどれくらいの時間が経ったのか。二人は、休む事もなく戦り合っていた。
互いの刀が合わさると雷のような火を散らす。
競り合いになると思われたが、次梟はすぐに手首を返して霧島の刀を右へと弾いた。そうやって体勢を崩した霧島を目掛けて、次梟は返した手首を戻しながら首を狙って刀を左へと振った。
霧島はそれを屈むと同時に左へと回りながら避ける。
そして左の手は持った刀の刃に添えて抱えると、柄を握った右手を勢いのまま突き出して、次梟の腹部へと当てた。
庭にある
「ぐっ……ふっ」
次梟の口から血が飛び散ると、身体は僅かに後ろへと下げられる。
そこへ追撃をしようと向かって走る霧島の姿。
しかし──。
「──ッ!」
霧島は、目の前に突き付けられた次梟の刀に足を止めた。刀の刃に怯んだ訳ではない。それは発せられる次梟の覇気であった。無理に踏み込むと瞬時に身体の一部を斬って取られる。そう感じさせた。霧島には、自分の身体から飛ぶ四肢の一部が頭に浮かんでいた。
決して想像だけではない。次梟に致命傷を与えようとする瞬間には、必ず相討ち覚悟で反撃に出てくるからだ。
ただの兵士や獣とは違って、次梟の厄介な点はそこであった。命が絶えるその時まで戦闘本能が消える事がない。降伏するなら死を選ぶ、そういう男である。
「はっ……ははっ」
霧島は「負けたら喃国に行ってやってもいい」と言った次梟の言葉を思い出して笑った。何故ならば次梟に勝った時、それは次梟の命が失われた時しかなかったからだ。
「じっ、次梟さん! ず、ズルいですよ!」
霧島は地団駄を踏んだ。
「ああん? 何の話だ? しかしまあ、相変わらず殺気の読めねえ奴だな。攻撃が避けにくいったらありゃしねえぜ」
そうやって話す次梟の身体は傷だらけであった。
そのどれもが浅い傷のものだったが、初めから綺麗な姿を保っている霧島に比べると、戦いが後手に回っている事がわかる。
「……仕方ねえな。急がねえとあいつらが全滅しちまう。悪いがお前とお喋りしてる暇はねえ。一気に終わらせてもらうぞ」
次梟の言葉は、今戦っている仲間たちだけの事ではない。蘭国の城門、そこを守る灯馬たちを気にしての事だった。
「……そうはいきません。俺にも一応、やらなきゃならない事がありますので」
「──?」
次梟は、霧島の言葉に少し違和感を覚えたが、それはすぐに捨てた。余計な考えを抱えたまま勝てる相手ではないとそう思い直した。
「……さあ、こっからが本番だ」
次梟がゆらりと身体を揺らす。
そうやって再び始まった二人の戦いを、両国の兵士たちは気にしながらも自分たちの戦いを続けていた。その陣形は二人の間に邪魔が入らないように動くと、まるで見守るようであった。
蘭国と喃国の争いは続いている。
その動向を気にしているのは、両国の兵士たちだけではない。次梟たちが戦っている荒れ地、そのすぐ隣にある山の上──。そこからは、童羅たち鬼の姿があると人間の争いを見下ろしていた。
「……鬼の姿は見えませんね」
阿杜が言った。
両国の争いでまた黒い鬼たちが姿を見せるかも知れないと言う警戒である。その様子を探っていた。
「……」
童羅は、阿徒の言葉に返事をする事はなかったが、ただその争いを黙って見ていた。
童羅と阿杜、阿修羅、護羅无の里の主格である鬼たちが人間の争いを眺める中に、青い髪を風に流されると亜羽流の姿もあった。
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