第34話 清次郎と霧島

 喃国の演舞場には数百の兵士たちが集まると、壇上に立つ清次郎の言葉に耳を傾けていた。話をする清次郎の隣には霧島の姿もある。

 示斎から話を聞いた清次郎たちは、蘭国に向かう兵士を募っていた。喃国の兵は、一般から集まった者だけではなく、元賊や盗人、海賊のような連中も多い。身分や立場を気にせず入国を認める方針を出した示斎がそうさせていた。

 だがそんな者たちにも、腕の一本で食い扶持にありつける喃国は、生きるのに愛すべき母国でもあった。

 そして、その癖のある者たちをまとめているのが清次郎である。

「いいか?  俺たちはこれから蘭国に攻め入る!  目的は蘭の国を我らが領土とし、国の発展を促すものだ! 狙うのは蘭国の城主、狢伝の首だ!  すでに先鋒の隊が向かったが、その追撃隊の指揮として、この清次郎も参加する事になった! もう前のような失敗は許されない……その為に皆の力を借りたいと思う。内容は問わない、お前たちの好きなように暴れて来いっ!」

 ──喃兵たちは声を張り上げた。

 力だけが全ての喃国であっても、清次郎の存在は誰もが認めるものであった。示斎の息子だからと言う事だけではない。占領や略奪を行おうとする他の国や海賊たちの戦いであげた功績の数々が、無骨な連中を惹き付けるのに値する実力だったからである。

 喃兵たちは清次郎を『頭領おかしら』と慕うと、清次郎もまた兵士たちを可愛がった。その光景はまるで賊の集まりのようであった。

 しかし清次郎は思う──。

 この戦さに名誉はない。兵士たちを騙している事に他ならない。例えそれが嘘でも、城主である父の命令ならば良い、仕方がないだろう。だが実際は、破土螺たち鬼の指示でしかないのだ。

「……」

 清次郎が黙り込むと、そんな気持ちを察したのか霧島が代わりに締めの話しをする。

「良いかっ! この戦さの活躍次第では、金百の褒美を出す! 各自、その時の合図までに準備を怠るなよ!」

「おおっ!」

 兵士たちは、霧島の言葉に気合いを入れると出発に備えようと各々に散っていった。

「……悪いな」

 苦笑いをした清次郎に霧島は軽く笑った。

 その笑顔は妙な色気を漂わせていた。

 霧島は、清次郎の幼馴染みであった。清次郎とは小さい頃から剣技を競った仲でもある。世に天の才があるならば霧島は天才だった。わかりやすい感情を表に出す清次郎とは違い、霧島の感情は冷静でその性格は図りにくいものであった。そしてそれは手合わせの際に発するはずの殺気をも隠すと、振る刀の軌道を読みにくくさせた。そして基本になる剣術そのものが、清次郎の上を行くものであった。

 その才能に、清次郎は何度も嫉妬と挫折を繰り返した。

 しかし、いつの日か力は逆転する事になる。清次郎の血の滲む訓練もあったが、城主の息子と言う身分の違いもある。成長をするに連れ、霧島は清次郎の片腕となると、その補佐を努めるようになっていった。

 清次郎にとって霧島は、配下の一人でもあると同時に、唯一無二の友人でもあった。

 だが、清次郎は今も気にしている。力の差、それは霧島の性格がそうさせるのであって、本当の実力は自分よりも上なのではないか──と。

「……霧島、後で少し話せるか?」

「えっ……」

「……出来れば少し昔に戻ってな」

 清次郎の言葉に、霧島は少し驚く表情を見せたがすぐに笑顔になった。

「ああ、わかったよ清次郎」

 身分を気にする事なく話そうとした清次郎の言葉、その意味を理解した霧島の返事だった。

 そして──。

 喃国を発つ少し前、二人は貧しい者たちが多く住む地区の一角に居た。小さな池があると、側には崩れかけた民家が廃墟として放置されている。その家を見ると霧島が笑いながら言った。

「懐かしいな」

「……ああ」

「ここで清次郎と会ったんだよな」

「……ああ、俺が城を抜け出した時にな」

 清次郎の表情にも笑みが浮かぶと、二人はしばらく目の前にある池を眺めていた。

「……親が病気で死んでから、途方に暮れていた俺に清次郎が言ってくれたんだよな」

「……」

「刀を持てっ! ここは喃国だ、腕のない奴はこの国には要らないっ! だったけな?」

「ふっ……」

「その時は、コイツ突然やって来て何を言ってるのかと思ったよ」

「まあ俺もただのガキだったからな」

「……それから俺たちは棒切れを持つと腕を磨いた」

「ああ、まさか全くの素人のお前に負けると俺は思ってもいなかったけどな」

 清次郎がそう言ってニヤリと視線を向けると、霧島も釣られるようにして笑う。

 そして少しの沈黙が流れると清次郎が口を開いた。

「──父は」

 言いかけて清次郎は止めた。

 何も言わずに霧島が黙って聞いていると、清次郎は覚悟を決めたように言った。

「政治を行う父の腕は優れたものではないだろう。それは蘭国と違って、貧富の差がある所からも想像がつく。霧島……喃国ではお前のように薬が渡らずに親を失う者たちも少なくない」

「……でも、お前が国を治めればそれもまた変わるんだろう?」

「……どうかな。この国には元賊だった者や気性の荒い者も多い。そのような者を受け入れようとする父の方針が、国を治める事に支障を来たす場合もある……だが──」

「だが?」

「……俺はそんな父が嫌いではない。この先、例え俺が国を治める事になったとしても、その方針を変えるつもりはない」

 霧島の親が薬を手にする事が出来なかったのも、喃国の兵士に金を奪われた事が原因であった。

 清次郎の言葉は、またそんな事が起こるかも知れないと言う話であると同時に、霧島の心情を気にしたものであった。そして、それでも自分に着いてきてくれるかと言っている。

 霧島は笑った。

「親父さん優しいからなあ。ああ、清次郎も……」

「……霧島」

「良いんじゃないか? 国に入る者は拒まない。それが喃国の方針だろ? 清次郎なら出来るさ」

 そうやって受け入れる霧島の言葉に、清次郎は目を閉じると軽く笑った。

「……ありがたい」

 すると、二人の前にある池から一匹の魚が飛んで跳ねると、チャプンと水を散らした。

「──」

 二人は、話を聞かれていたようで恥ずかしくなると、顔を見合わせて笑った。

「──ははっ、あーでもどうします? あれは?」

 霧島の言うあれとは、破土螺たち鬼の問題であった。清次郎を自分の主と決めた霧島の言葉は戻っている。けじめの表れであった。

 そんな霧島の言葉を聞いた清次郎の表情も変わる。

「ああ、喃国をやつらに滅ぼさせはしないさ……絶対にな。ここは俺たちの国だ」

 決意を見せる清兵衛にそれを見つめる霧島の姿。

 だが今のままでは鬼と戦う力がない事は、清次郎たち本人が一番わかっていた。そして考えている。喃国を救う手段である。

 その策がない事に霧島が黙り込むと清次郎が言った。

「……霧島、お前が蘭国に攻めた時、別の鬼を見たと言ったろう?」

「──」

「そしてそれは人の味方をした……」

「まさかっ……」

 霧島は、清次郎の考えに気づいて驚いた表情を見せる。

 清次郎は続けた。

「……少なくても蘭国側にも何か鬼との繋がりがあるって事だ。しかもそれは俺たちのところに居る鬼とはまた違う鬼のもの……つまり──」

「それを利用出来るかも知れないって事ですね」

「ああそうだ」

 清次郎は、自分たちが蘭国に行く事で今を変える事の出来る何かを見つける。そう考えていた。

 こうして二人は、喃国の兵士たちを連れると蘭国へと向かう事になる。兵たちに与えた指示は、北にある森を抜けるが近くにある鬼木の山には入るな、それであった。それは蘭国を落とす前に兵を失う事を避ける為である。

 そして──馬に揺られて走ると蘭国へと向かう道中、霧島が隣に居る清次郎に言った。

「清次郎さん、蘭国には鬼の他にも面白い人物が居るんですよ。出来れば喃国こっちに来てくれないかなとも思ってるんですけど」

「ほう……誰だ?」

「次梟……って方なんですけどね──」

 霧島は、前の戦いで次梟と闘っていた。

 そうやって次梟の話をする霧島の表情が、普段は見せないほど輝いているのを見て、清次郎は不思議に思っていた。


 ハッ──クシュンッ!

 蘭国では、狢伝から喃国の侵攻について聞かされていた次梟が盛大にくしゃみを放っていた。

「ちょっ、次梟さんっ……」

 隣に居た灯馬が、飛んで来る唾液を避けようと身体を捻りながら声を上げる。

「お……おお、悪い悪い。どうも女たちの噂がひどいらしくてな。色男の宿命ってやつだ」

「──ったく」

 灯馬は、思いっきりこっちに向かってした癖にと、次梟の行動と言葉に呆れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る