第三章 喃国侵攻!

第32話 上がる煙

 蘭国の南には大きな森があると、そこを抜けた先には警備の兵士たちが数十人ほどで国境を守っていた。

 いつ攻めて来るかもわからない喃国の動向を監視する為である。

 その東には広がった大森林があると更に深い。

 森を越えると高い山に囲まれた荒地だけが残る何もない場所であった。

 警備兵たちの西には「鬼木の山」がある。

 帰れなくなる山には誰も近づく事はしない。

 それは喃国の人間も同じである。

 喃国の大きさは蘭国の倍はあろう。

 海に囲まれた島の中にある国は蘭国と喃国、この二つだけであった。

 喃国は蘭国の領土を狙うと、島の全体を治めようと侵攻を繰り返している。それは蘭国の北方に位置する島国への貿易が容易になると言う理由だったが、実際は国境の辺りで小競り合いになる程度であった。

 喃国は本気で攻めてくる様子を見せてはいない。

 それは下手な暴動を起こさせない為の、互いの城主たちに寄る、血の気の多い者たちを体よく発散させる為の口実で思惑であった。

 敵対する国の関係は互いの利益でもあった。

 しかし、その関係性は数月前に変わっていた。

 喃国はある日、数百の兵士たちを連れると国境を越えた。それは今までなかったほどの数であると、蘭国の城内にまで手が及んだ。これまではと違い、喃国は明らかに本気で蘭国を狙いにかかっていた。

 いつもの小競り合いだと甘く見ていた蘭国は慌てた。想定外の話である。そして問題はそれだけでなかった。喃国の中に鬼が紛れていたからである。

 黒い鬼──。

 その鬼は、みるみる肉体を増大させると民家の屋根を越えた。

 喃国の指揮した安羅馬あらばが座る奇怪な車。

 それは荷物を運ぶものとは違い、自然に走る不思議な車であった。神輿みこしが付いた荷台には喃国の紋章、菊花の飾りが施されるとその中に鬼が居たのだ。

 灯馬や次梟たちの活躍で、喃国を押し戻そうとしたその時であった。鬼は、荷台の中から姿を見せると、みるみる内に肉体を大きくさせた。その頭には大きな角が二本、凶暴な目つきと鋭い牙を持った。うっすらと輝いて見える肉体は黒く、まるで筋肉の鎧であった。

 背中に縦に金毛の筋があるとそれをフサフサと揺らす。生えた尻尾も同様であった。

 その黒鬼は、蘭国の兵だけでなく味方であるはずの喃国の兵士までも喰らった。その強さは、次梟を一撃で眠らせたほどであった。

 黒の大鬼獣『愚邏堂ぐらどう』。

 蘭国を滅ぼしかねないまでに追い詰めた鬼の正体であった。愚邏堂は、その場に居た灯馬や千里、精神を崩壊させていた騎助まで喰おうとした。

 だが助けを求める千里の叫び声に呼ばれるように青年が姿を見せる。

 千里を山の中で救うと横笛を持つ亜羽流であった。

 黒鬼の出現に国からの脱出を考えていた狢伝だったが、亜羽流の登場に寄って事態は変わる。

 亜羽流は鬼だったが愚邏堂と戦うと、人間の味方をしたからだ。そしてその後、狢伝が戦力として向かわせていた陰陽師たちの術に寄って、亜羽流と愚邏堂の鬼の二匹は空へと姿を消した。

 術が可能になったのは、足止めをする亜羽流の力があったからである。それが蘭国を救った者の伝説として語られていった。

 突然の侵攻で変わった喃国の動き。そして黒い鬼の出現。狢伝は、意図を確認する為の文を喃国の城主『示斎しさい』へと送ったが、それに返事はなかった。

 示斎は、有能と言えないまでも無能ではない。普通の城主であった。狢伝とは連絡を取り合う仲でもある。

 表向きの敵対とは違い、蘭国と喃国は互いに民をまとめる統治的な思惑があった。

 しかし、戦いからはその連絡が途絶えている。


 国境の警備にあたる蘭兵の一人が震える声を出す。

「おっ、おいっ! あ、あれ──」

 すると、夜勤で疲れて横になっていた兵士が面倒そうに声を出す。

「……あ? ん──?」

「おいっ!  起きろって! なっ、喃国が……喃国が攻めて来たぞっ!!」

「──ッ!」

 兵士が飛び起きて視界の先を見ると、荒野の奥には煙が上がっていた。

「──おっ、おい! お前はすぐにこの事を城に伝えろ! おいっ! みんな起きろっ!」

 突然の開戦に蘭国の警備兵たちは血相を変えると、辺りにある武器を手に取って準備を整え始める。

 そして上がる煙の大きさを見て兵士たちは思う。

 自分たちの命はここで終わるのかも知れない──と。

 だがこの場から逃げようとする者は、一人として居なかった。

 それは兵士としての意地、そして蘭国に住む家族を守る為である。

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