第30話 狙う者たち

 近くにある家屋の仕切り壁は木板であった。

 千里と騎助は、その壁に身を寄せると突然の出来事に驚きを隠せないでいた。祭りで楽しかったはずの余韻は消えると表情には怯えだけがある。編み笠で顔を隠した者たちが道を塞いでいるからだ。出で立ちは追い剥ぎや盗賊の類いとは違い、格式のある装いのようにも見える。しかし、その手にあるのは刀である。

「なっ、なに……?」

「な、なんだよっ! お前らっ!」

 怖れる千里を守るように声を荒げる騎助、そんな二人の前にすっと身体を入れると亜羽流は庇いながら警戒をする。目の前には道を挟んだ先に水路があると、それは小舟が一隻通ろうかと言うほどの小さなものであった。日が沈んでいるからか、水は濁っているように見える。辺りは随分と暗くなっていた。

 亜羽流たちの左に三人、右には一人。

 編み笠の者たちは全員で四人であった。初めに声を出した三人側の一人が言った。

「……傷つける気はない。ただその男に少し用があるだけだ。俺たちと一緒に来てもらおうか」

 少し高い声だが男である。

「ふっ、ふざけんなっ! なんだよお前らっ!」

 亜羽流への言葉に騎助が返す。

 当然の反応である。顔を隠して武器を持った者たちの言葉を信じる方が無理であった。すると、男の後ろに残る二人が、やれやれと言った仕草を見せる。反対側に居る者は無反応であった。

「……一緒に来てもらう気はない?」

「あっ、当たり前だっ!」

「……じゃ、じゃあ仕方ないな。少し手荒になるけど力ずくでも来てもらおうか。だけどっ! お前とお前っ! お前たちはそこから絶対に動くなよ。け、怪我をしても知らないからなっ!」

 男はそう言って、千里と騎助に刀の刃をビシリッと向けた。ぽかんとした千里たちにそれを聞いていた亜羽流が言った。

「……千里、ここから動かないで──」

「でっ、でも……」

「大丈夫だから」

 亜羽流は、そう言って千里たちを後に道の真ん中まで歩いていく。手に武器はない。そうやって抵抗する意思を見せた亜羽流に男が言った。

「……おっ、お? や、やるんだな? ほ、本当にやるんだな? よしわかった」

 男はそう言うと、側に居る仲間二人の後ろへと回る。

 二人は、その様子を見てやれやれと呆れた仕草を見せると、反対に居た者はふっと少し鼻で笑った。

 ──訪れる静寂と緊張感は場の空気を奪っていく。

 襲うもの、守るもの、互いにもう話す必要がないとわかっていた。

 だが亜羽流には少し迷いがあった。人間を相手にする加減がわからなかったからである。殺すつもりなどない。しかし相手から発せられる闘気からは、その全員が相当な実力者である事を示している。どうするか? そう考えた時であった。

「──いきますっ!」

 三人側の一人が発声すると同時、亜羽流へと向かって走った。

「ッ──」

 亜羽流は、右足をわずかに後ろに退いた。ジリッと音を立てると瞬時に戦闘体勢を取った。

 走った者は自分の間合いへと入ると、亜羽流の右の首を狙い刀を振った。

 亜羽流はそれを潜るように左に交わす。

 しかし避けた刀はすぐに返ると亜羽流を追う。

 亜羽流は、今度はそれを首を捻るようにして避けると、刃は喉元スレスレを通って空振りとなった。頭の笠は落ちないよう手で抑えている。

 そして亜羽流は、体勢を戻す反動を利用してそのまま素早く右に回った。一回、二回、身体は回るコマのように回転すると、まるで滑るように水路のある方へと移動した。遠心力で振られる袖が宙を舞うと、夜の蝶の如く踊る──そして羽ばたいた。ふわりと後ろへと少しだけ飛ぶと、水路と道を仕切る段差の上に音もなく乗った。その幅は一人立てるかどうかの狭さである。浮いていた袖がゆっくりと落ちると、ふぁさりと音を立てた。まるで舞いであった。

 一人がただの様子見で仕掛けただけの一瞬のやり取りの事であった。

 その動きに驚いたのは一人だけではない。

 残っていた他の三人も、亜羽流の身体能力が人を越えたものだと瞬時に判断出来ると呆然とする。

 しかしその驚きをすぐに切り替えた。全員が構え直すと、段差の上に立った亜羽流へとジリジリと距離を詰める。

 亜羽流から見る風景は、右に三人、左には一人。さっきとは逆であった。

 しかし三人の中に居る一人は、初めに話をしただけで戦う意思を見せていなかった。離れた千里たちと同じように傍観者である。亜羽流が気にする相手は実質上、三人であった。亜羽流はまだ迷っている。反撃を行うかどうかである。だがそれを決めるよりも先に三人が動く──。

 戦いが繰り広げられていった。



 ──攻防が続けられる事しばらく。

 千里は、戦いを止めてと必死に声を上げている。

「──」

 亜羽流は少し違和感を覚えていた。

 自分から反撃をする事はなかったが、相手が本気を出してるようには見えなかったからである。それを不思議に思っていると相手の一人が刀を振った。

 亜羽流はそれを足で蹴ってキン──刀を弾く。

「くっ……」

 刀を弾かれた者の身体は大きく流れると、千里たちの目の前まで飛ばされる。その時であった。

「──姉ちゃんっ!」

「もうやめてっ!!」

 千里が飛び出すと相手にしがみつくように掴みかかった。

「──ッ!」

「お願いだからもうやめてっ!!」

 そうやって声を荒げる千里の姿を見た者は思わず声に出した。

「ちっ、千里っ……」

「えっ──」

 名前を呼ばれた千里が驚いて顔を上げた時である。

 二人の姿を影が覆い隠した。宙にある亜羽流の姿は攻撃に転じていた。千里に危険が及ぶと思った亜羽流の初めての反撃であった。

「──!」

 相手はそれに気付くと咄嗟に千里を庇うように背を向けた。風と共に被った編み笠が宙に舞う。ふわりと浮き上がった笠はゆっくりと地面に落ちるとカサリと音を立てた。その素顔を見せる。

「──とっ、灯馬?」

 驚きの表情を見せる千里。

 亜羽流を狙う者の正体、それは灯馬であった。

「なっ、なんで……」

 千里が困惑していると他の者たちが話し始めた。

「……やれやれ」

「これは灯馬さんの失態ですからね?」

 頭の笠を取る二人の姿。その正体は、次梟と鳳歌であった。そして灯馬である。それを見た千里と騎助はまだ状況がわからないでいた。

「……」

 残る一人は、笠を脱ぐ事もなくただそれを黙って見ていた。

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