第23話 刻一刻

 亜羽流が山を降りている頃──。

 狢伝は、蘭国城の最上部にある広間に立つと、城下町の全体を見渡していた。中心に大きな通りがあると、その脇には平屋たちが並んでいる。右手に見える平屋を越えた更に奥には港があると海を渡って来る他国の船たちも見えていた。

 狢伝はそれを確認すると今度は視線を左へと向けた。同じような平屋が並ぶその先を越えると、そこには赤や青、桃色や白など様々な色を見せる花の木が多く生えている。その全てが『七色ななの木』であった。その木に咲く花は、朝と夜で色を変える事から七色と言われると、いつしか七色の木と呼ばれるようになっていた。狢伝が最も好んだ花の木である。

 その場所から少し先にはすぐ城壁が見えると、蘭国を守るように一周している。蘭国は、城の広間から一望出来るほどに小さい国であった。それでも城下町は蘭祭を明日に控えると人々の笑顔で溢れかえり、いつも以上の活気を見せている。

 蘭祭の歴史は浅く、狢伝の親でもある先代が亡くなると、その跡を継いだ狢伝が国の繁栄を祝おうと始めたのがきっかけであった。祭りは民に愛されると半年に一度行われる名物となった。

 だが民は知らなった。祭りが行われるもう一つの意味である。それは鬼に喰われて犠牲となった人たちへのはなむけ、鎮魂祭である。狢伝は、鬼たちと密約を交わしたその年から、犠牲となる人々を癒やすための祭りを行うようになっていた。

 罪悪感から来るものだったのかも知れない。国を守る為の策だったとは言え、鬼たちとの契約は民を裏切る行為でもあった。それを良しとしている訳ではない。狢伝は、どうにかして鬼を滅ぼす事が出来ないかと模索していた。そんな中で突然始まった喃国の侵攻は、狢伝の頭を更に悩ませていた。

 領土を狙う喃国とは、これまでも小競り合いはあったが問題はそれではなく、喃国が連れた黒い鬼の存在であった。それは城の広間から確認出来る程に大きく凶暴であった。国を捨て、乗せれるだけの民を連れると船で国からの逃亡を計った程である。

 狢伝は「山の鬼ではない」直感でそう思った。

 交わした契約に抑止する効果があるとは思っていなかったが、その黒鬼の姿は山の鬼、童羅たちとはまた異なるものであったからだ。そしてそれは、童羅から送られてきた伝達で既に確認も出来ている。

 しかし、狢伝は童羅たちが何かを隠しているだろう事を察知していた。ただそれが何なのか? 狢伝はそれを探っていた。

 そして、狢伝はその糸口を黒い鬼と戦った青年にあると考えている。その青年は人の姿ではあったが、鬼であった。童羅たちのような鬼でもなく黒い鬼とも違う姿の鬼──。

 狢伝は、それが国を救う手掛かりになるのではないかと思っている。何故ならば、その鬼は人間の味方をしたのだから。

 狢伝がふと大通りに目を戻すと、女が国の外へ出ようと門兵に話しかける姿が見える。山へ向かうのに護衛は必要ない。狢伝は、童羅たちがそこで女を襲って国を襲う鬼の正体が自分たちだと明かすような真似はしないと思っていた。伝えられた内容のそれは「蘭国を襲ったのは我らではない」と言う答えであったからだ。

 契約を破る意志はなく、夜な夜な正体を隠して女を狙う理由。狢伝は、童羅たちがそうしなければならないのだと考えている。そして、それが現状を変えれる何かなのだと期待を寄せていた。

 狢伝の願い──。

 それは「鬼の脅威から民を守る」それであった。

 例えそれが女一人の命と引き替えになっても、迷いは生まれないのだろう。狢伝はその報告を待っている。



「──ご苦労様です」

 千里は、いつものように門兵に挨拶をした。

「あ、ありがとうございます! 千里さんも気をつけて、いってらっしゃいませ!」

 千里の労いの言葉に姿勢を正す兵士は新米であった。

 兵士は、千里を見送ると姿勢を崩して、腑抜けた表情を浮かべた。

「はぁ……やっぱり千里さんは綺麗だ。ねえ、灯馬さんもそう思うでしょ!?」

 新米兵士は、灯馬が狢伝抱えの忍びである事を知らなかった。その身分の差は天と地ほどあるが灯馬をただの先輩としか見ていなかった。

 こうして普通の兵士からも本音を聞き出す事、それが灯馬の仕事の一つでもあったが、最近は顔も割れると仕事に少し影響が出始めていた。

 そんな中で、この新米は情報を集めるには好都合であった。灯馬は、鼻の下を伸ばして千里の容姿を語る兵士に、ぶっきらぼうに返事をした。

「……ああそうだな」

「でしょう? 俺、誘っちゃおうかなー?」

「どこに?」と言った表情をした灯馬に、兵士は笑いながら言った。

「え、やだなあ。そりゃあ祭りに決まってるじゃないですか! ほらっ! 明日はもう蘭祭ですよ!」

 それを聞いた灯馬は声には出さなかったが「ああ、なるほど」と納得をする。

 その後も兵士は勝手に一人で喋り続けた。

「いやでも……千里さんなら、もう声をかけられてるだろうなあ」

 そうやって、モジモジとする兵士を灯馬は表情を変える事なく黙って見ている。

 そう改めて言われると千里は確かに綺麗であった。そう遠くない日に、城内に居る役職の高い者の誰かから声がかかるだろうと灯馬は思う。しかし──。

「化け物って噂は嘘に決まってますよ! あの人が化け物の筈なんてないです!」

 灯馬は、兵士の言葉でそれも難しいかも知れないと思い直す。少なくても、その噂を払拭出来なければ身分のある者は体裁を気にして避けるであろう事が想像出来るからだ。そして、灯馬は化け物と言う言葉に反応をした。

「……化け物か」

 千里とは違って、獣人となれる灯馬は正真正銘の化け物である自覚があった。

 兵士は、そうやって突然呟いた灯馬に「どうかしました?」と言う表情を一瞬だけ見せたが、すぐにまた独り言を延々と喋り始めている。

 灯馬がその話を聞く事はなかったが考えていた。

 それは化け物と呼ばれた者同士で祭りに参加をするのも悪くないと言う事。灯馬は、自分が千里を誘う姿を思い浮かべている。

「──ねえ、灯馬さん。千里さんどう思います? 誘っても大丈夫ですかね?」

「え? あー……もう先客が居るらしいぜ」

 灯馬にしては珍しい嘘であった。

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