第15話 護衛の結末
灯馬たちの居る場所である。
「グガアァッ!!」
阿修羅の叫び声が上がった。状況は悪化していた。初めは非力な人間たちが集まったところで、何の問題もないと余裕を見せていた。間違いであった。
人間の持つ連携は厄介な攻撃であった。それは阿修羅を苦しめている。ほとんどの人間は恐怖と言う感情に縛られると、動きを鈍らせて戦意を喪失させた。鬼はそれを
人間の持つ武器のほとんどは、阿修羅の肉体を傷つける事が出来ないものである。だが集まった人間たちは違っていた。連携だけではない。その一人は怖れるほどではないが、全員が肉体を裂くほどの力を持っていた。
阿修羅は、その行動を無視出来ないでいる。
灯馬が突然、阿修羅の前に姿を見せた。
「──」
阿修羅は、灯馬を弾き飛ばそうと上の左腕と下左腕の両拳で狙った。しかし空振りとなる。
灯馬は攻撃すると見せただけで、すぐに後ろへと下がると拳を交わした。
その直後、灯馬の背中を踏み台にして鳳歌が宙へ飛び上がると、阿修羅の上左腕を斬った。
「グガアアァッ!」
阿修羅が特に手を焼いたのはこれであった。
この中でも特に警戒するべき獣と化した人間。それを
それは、先読みをする阿修羅の目でも追いつかないほどの連続攻撃である。生き残った腕を振るっていても間に合わなかった。
「……にっ、人間ごときが──ッ!?」
兵士たちが阿修羅に飛びかかった。
阿修羅は、腕を高く持ち上げるとそれを防ぐ。しかし右肩に兵士の刀が一つ乗ると血を噴いた。
全力で防御に当たる阿修羅に、その姿は屈辱であった。
「きぃサマらあぁッ!!」
阿修羅は、腕を豪快に振り回した。
「うあああっ!」
兵士たちは花が開くように弾き飛ばされる。
その隙を付くように攻撃を仕掛ける兵士の一人。
阿修羅は、それを上の左拳で攻撃する。その拳は兵士の腹部に当たると玩具のように軽く宙を舞った。そして、そのまま地面に叩きつけられると二度、三度跳ねた後に転がって意識を失わせた。
戦線からの離脱であった。
これまでの戦いで既に倒れると、辺りには気絶をしている者も少なくない。阿修羅の攻撃は、その一撃が致命傷であった。
再び緊張が走ろうかと言う場で、鳳歌が灯馬の側にすっと身体を寄せた。そして耳打ちするように話す。
「こうして鬼と戦うのは初めてなのですが……本当に化け物ですね。正直なところ、ヤツを止める手立てが浮かびません」
「……だな。だけど鬼も不死身と言う訳ではなさそうだぜ。痛みを感じればその動きも鈍る。攻撃の手を休めるなよ」
灯馬の呼吸は荒く口からは血が流れている。
それを見た鳳歌は「獣人に変わったとは言え、その傷まで回復する訳ではないのだな」と思い、口に出した。
「……大丈夫ですか?」
「はっ、次梟さんじゃあるまいし。ヤバくなれば逃げるさ」
灯馬は「次梟の側で心配性の癖が付いている」と思ったが、鳳歌は灯馬の台詞に「次梟とよく似ている」と感じていた。
「……今度は俺が囮になります。追撃、頼みます」
鳳歌はそう話すと、残った兵士たちに向かって手話で指示を出した。
瞬時に変わる陣形──。
穏やかな話し方からは想像出来ない指揮力と信頼関係であった。腕も確かである。
「かかれっ!」
鳳歌の掛け声に、兵士たちは一斉に攻撃を開始した。
その攻撃は一人ずつのようで連動すると、波のように勢いを増して阿修羅に押し寄せる。
飛び交う人の影は獣の如く速かった。
阿修羅は、かかって来た初めの一人を止めたが、今度は次の兵士が間を空けずに飛びかかる。的を絞れないでいる。一人、また一人。鳳歌たちのその攻撃は、自分の危険を
だがそうなれば、犠牲の後に出来る阿修羅の隙は次の攻撃へと繋がる。反撃の余地を与えない覚悟の戦法であった。
そして、最後の一手が鳳歌である。
「はあああっ!!」
鳳歌は、強く呼吸を発すると波の中に混じって一撃を放つ。空振りとなった。
阿修羅は、傷を負いながらも鳳歌のそれは避けた。攻撃の波が終わる。鳳歌を葬ろうと腕を大きく開いて見せる阿修羅。
その瞬間、阿修羅の視界に突如、灯馬の姿が現れた。
バキンッ──音が鳴った。
「グガアァガアアアアアッ──!」
阿修羅の声が泣くように響き渡った。
その姿はこれまでとは明らかに違うものであった。宙に浮かんだ角は傾き回転するとゴトンッ──地面へと転がる。
右の大角だった。
狙われた訳ではない。攻撃を咄嗟に避けようとしたその位置が角であった。
「ガアァ……き、キサマら、もう容赦はしねえ。皆殺しにしてやる」
阿修羅の形相が更に恐ろしいものとなる。
鬼が本気になろうかとその時であった。
側にある民家の屋根から声が飛んだ。
「阿修羅! 引き上げだ!」
「阿杜っ! 引き上げだとっ!? ふざけるな!」
「……まあ、そのまま人間を殺っても俺は別に構わないがな。だが、目的が果たせない以上、俺は引き上げさせてもらうぞ」
阿杜はそれだけ言うと、早々に屋根から姿を消していった。
それを見た阿修羅は「てめぇ……」と一言だけ発すると、ぐるりと振り返って灯馬たちを睨み付ける。
「……灯馬とか言ったな。今回は引き下がってやる。だがこの借りは必ず返してやる。必ずなっ!」
阿修羅はそう言うと、肉体に似合わない跳躍で民家の一部を踏み台にすると屋根まで飛び上がった。そして、灯馬たちをもう一度睨み付けると、口惜しそうに姿を消していった。
道には血と刀が転がっている。
破けた衣服と壊れた防具が紙のように散らばると、倒れた仲間たちに駆け寄る者の姿もある。
「……」
灯馬の足元には角が一本、置き土産だとばかりに落ちている。それは牙のように鋭く、獣にはない大きな角であった。
阿修羅、阿杜の襲撃──。
それはここ数日の中で起きた鬼の襲撃とは比べものにならないものであった。
原因は一体何なのか。
灯馬たちはまだ知らないでいる。
ただ、何かがまた起ころうとしているのだと、それだけは十分に肌で感じとっていた。
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