第14話 決着

 始まった鍔迫り合い。それはすぐに終わった。合わせた爪と刀を弾くと同時、阿徒と次梟は後方へと飛んだ。離された距離は次梟の方がわずかに大きい。力の差である。そして始まりとなった。

 間合いの空いた互いの距離。

 阿杜と次梟は、それを瞬時に詰めるように走ると攻撃を放った。両者共に縦の斬撃。次梟の刀は空振りになると阿徒の爪も地面を叩く。背中合わせ。両者はすぐに武器を返すとまた鍔迫り合いの形となった。ガキンと衝突の音が鳴る。力比べかと思われたが、阿徒が次梟の刀を弾き返した。

 次梟は身体を横へと飛ばされる。しかし、その勢いを殺さないまま利用すると、身体を回しながら阿徒の胴体へと刀を振った。阿徒はそれを爪で止める。

 阿徒は、次梟の刀を突き放した。すると次梟はその力を利用するように回ると跳躍した。

 振られた刀は阿徒の顔面へと向かう。

 しかしそれも空を斬った。

 阿杜は、刀を弾くと同時に低い体勢で回りながら次梟の足を狙って爪を出していた。

 その爪は跳躍した次梟の足の下を通ると、次梟の刀は阿徒の頭上を斬る事になった。

 空振りをした互いの隙──。

 それを逃すまいと攻撃する手は、再び鍔迫り合いの形となる。鳴り響く音。それも一瞬で、阿杜と次梟はすぐに後方へと飛んだ。

 睨み合いである。激しい攻防の後に訪れた静けさ。

 次梟は、円を描くようにジリジリと摺り足で移動を始めると、それに合わせるように阿徒も動いている。

 そうして正面で向き合った時に次梟が仕掛けた。

「おおぉっ!!」

 これまでよりも強く、速さの増した袈裟けさ斬りだった。

 だが、阿徒はそれすらも交わした。

「──」

 避けられた事でブレた次梟の身体は、隙だらけであった。

 当然、その隙を阿杜が見逃すはずがない。

 阿杜が、爪を突き刺そうと腕を振り上げている。

 その時であった。

 次梟の刀は一層速く変則的に動いた。

 まるで生き物のように軌道を変える刀は、阿徒を追うように襲いかかる。

「──」

 阿徒は、持ち上げていた右腕を咄嗟に戻す。

 ガキン──と。

 鳴り響いた音と火の花。近くからは霧が消えた。次梟の攻撃を防いだ阿徒は、逃げるように上体を反らしていた。

 次梟は下を向いていた。

 だが、その右腕にある刀だけはしっかりと阿徒を捕らえている。

「……ちっ。反応しちまうか」

 次梟が言った。

 阿徒は、すぐに刀を弾くと次梟から離れて距離を取った。

「──っと、と」

 次梟は態勢を崩した。

 そうして出来た互いの距離は、戦う前の立ち位置とほぼ同じであった。

 先程とは違い、警戒を強めた阿徒の姿がある。

 隙を見せたはずの次梟が、予測出来ない形で狙ってきたからである。

 誘いではなかった。刀が突然、意思を持ったように動いたのだ。それは今までよりもずっと速いものであった。

「……」

 攻めてくる気配を見せない阿徒。

「……へえ。化け物にしては頭が良いな。それとも鬼ってのは頭が良いのか? 俺はてっきり、女を狙うけだものの類いかと思っていたがな……」

 次梟の言葉は、阿徒が自分の技を見極めようとしてる事に気付いたからである。だが、次梟は考える暇を与えなかった。

「まだ終わらねえよ」

 次梟はそう言うと一気に距離を詰めて、攻撃に転じる。走る勢いのままに突きを繰り出した。

 一撃、二撃、三撃の連続突き。

 阿徒は、それをギリギリの間合いで交わす。

 そして次梟の四撃目──。

 阿徒はそれを爪で止めると、叩くように弾き落とす。そして、腕を返すと次梟の顔へと肘鉄ひじてつを食らわせた。

「がぁっ……!」

 次梟の鼻と口から血が飛んだ。

 しかし、次梟は刀は強く握り締めると落とすような真似はしない。一歩、二歩と下げられた態勢をすぐに戻すと、止まる事もなく攻撃へと転じた。

 狙いは阿徒の左肩。それはこれまでの攻撃に比べると、単調で基本に忠実な攻めの手であった。

 同じように阿徒の爪も次梟の胸元を狙っていた。

 初めて互いの身体に触れる武器。

 ザシャリィッ!

 肉が裂ける音がして血が宙に舞った。

 相討ちであった。

 よろめきながらすれ違う両者に、叫びや呻き声は一つも聞こえては来ない。

 少しの沈黙が流れると阿杜が笑った。

「……ククク。人間でここまでやるとはな。お前の存在こそが邪魔であった。これは俺の失敗だったようだな」

「……このまま退いてくれると、こっちとしては助かるんだがな」

 次梟の言葉は本音である。息は荒くなると、阿徒がまだ本気ではない事を見抜いている。それに比べると、次梟は前の戦さで負った傷がまだ完全に癒えてはいなかった。胸板から溢れ出る血の量を見ても、長引けば不利な事はすぐにわかる。そうなると、残る方法としては刺し違えるしかなかった。次梟も好きで命を失いたい訳ではない。出来ればこのまま退いてくれないかと本気で願っている。

「まあ、無理だろうな……」次梟はそう思い直すと、くるくると刀を回した。癖である。そして改めて刀を持ち直すと警戒を強めて構え直した。

 しかし、阿徒は威圧するように出した爪をすっと下げると意外な言葉を吐く。

「……いいだろう。阿修羅あちらの方もあまり良い状況ではないようだからな……人間。名は?」

「……次梟だ」

「……次梟。覚えておこう。だが忘れるな。あの女を守ってもお前たちに何の得もない」

「……そりゃあどういう事だい?」

「……」

 阿徒は問いに答えなかった。素早く動き出して跳躍を繰り返すと民家の屋根へと乗った。そして、次梟たちの方を少しだけ見下ろすと、そのままどこかへと姿を消していった。

 鬼の退却であった。

 ジィッ、ジジジジ──。

 庭では、夏の虫声だけが響いていた。

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