第12話 交差する

「──本当に良いんですか?」

 鳳歌は聞いた。

 篝火が灯る民家の正面で二人は話していた。

 左の道へ入れば灯馬の居る細道。右へ向かえば田嶌と蓮部が通った道を通る事になる。残りの兵たちは既に灯馬の助太刀へと向かっていた。阿修羅を挟み込む手筈になっている。

「ああ良いぜ。居ても邪魔になるからな」

 次梟は、鳳歌にも灯馬の助太刀に向かうように言った。それは自信から来るものではない。むしろ逆であった。

 戦いの際、他の者まで守るほどの余裕がないのだ。一人の方がずっと楽だと次梟は考えている。

 言葉は悪かったが、仲間を気にする次梟の優しさが垣間見えた。

 鳳歌は、次梟の言葉に「はいはい」と肩をすくめて見せると笑みを浮かべた。

「……なんだよ?」

 次梟は、ジトッとした視線を鳳歌へと向けた。照れ隠しである。

「いえ、別に。わかりました。でも、無茶はしないで下さいよ? 狢伝様に何を言われるか、わからないんですから……これ、許可はもらってないんですよね?」

「……」

 次梟は何も答えなかった。

 鳳歌は溜め息をつく。しかし、その心配は無用であった。この状況は狢伝の計算の中であったからだ。灯馬を護衛に出す。そうする事で次梟も動くだろうと言う狙い。それは、千里が狙われる理由を探ろうとした狢伝の思惑である。本人すら知らない情報を次梟たちなら聞き出せるのではないかと言う期待でもあった。

 ここ最近、数回に渡って起きている鬼の襲撃。

 狢伝は、しばらく様子を見ていたが青い髪の鬼が姿を現す事はなかった。千里を守りに現れるだろうと言う当てが外れたのだ。だが間違いでもなかった。亜羽流が動ける状態であれば姿を見せたはずである。

 狢伝の考えなど知らない鳳歌は話を続けた。

「……わかりました。では灯馬さんの方に行きますね。でも次梟さん。ほんっ……とうに無理をしないで下さいよ?」

 鳳歌は念を推した。

「わかった」

 次梟は軽く答えた。

 それを聞いた鳳歌は、また一つ息を吐く。これほど心配な返事はない。それと同時に、言っても無駄と言う諦めが身体を重くさせる。

「それじゃあ……行きます」

 鳳歌は、左の細道の方へと足を進めた。しかし最後まで次梟を気にしてるようであった。

「……」

 鳳歌を見送った次梟は、左の手を腰に置いて右肩に刀を乗せた。そして「やれやれ」と息を吐く。気を取り直すと改めて民家の全体を眺めた。右には田嶌たちが通った道がある。その先には、灯馬の居る細道と変わらないほどの禍々しい気配があった。

 次梟は「これじゃあ灯馬一人では厳しいだろうな」と少し笑った。

「仕方ねえな……」

 次梟は、隣接した民家の間にある道へと進むと、戦いの場へと向かう。「……隣の家は建て直しが必要だな」そんな事を考えていた。



 灯馬たちの居る細道である。

 暗闇では二匹の化け物が戦いを続けていた。阿修羅は複数ある腕を豪快に振り回すと、灯馬はそれを跳躍で交わす。互いに獣であった。その一匹は田所の隊長でもある。

 田所は、身体を支えていた精神力が尽きると、その場に力なく崩れ落ちた。震えだけが手に伝わると刀だけがガタガタと鳴る。刃に付いた血は鬼のものであった。

 田所は鬼の背中から刀を振った。胴体ごと斬り抜くはずであった。しかし、刀は鋼に挟まれたように止まると、それ以上、先に動く事はなかった。更に力を込めたが、その瞬間に四つある目玉がギョロりと田所の方を向く。

 突き抜けるような視線であった。

 田所は、それから先はあまり覚えてはいない。ただ「死」と言う恐怖だけが刷り込まれている。

 何かを話していたはずの灯馬も、突然、獣へと変わってしまった。

 そして死闘──。

 田所は、その戦いを呆然と見ている事しか出来なかった。

 暗闇の中では発せられる息遣いが飛んでいる。

「フゥンッ!」

 阿修羅は上の左拳を振った。すると、灯馬はそれを右のてのひらで受け止める。

「──!」

 阿修羅は少し驚いた表情を見せたが、すぐに下の左拳で灯馬の右脇腹を狙った。

 ガシリッ! 鈍い音が鳴った。灯馬はその拳も左の掌で掴んだ。

 互いの腕が交差して絡んでいる。

 力比べの形となった。しかしそれもわずか、阿修羅の下右腕。三本目の腕が動き出すと灯馬の顔を強打した。

「があっ!」

 灯馬は、弾き飛ばされると後方へと下げられる。そうして後退した場所は、田所の目の前であった。

「田所! お前、邪魔だっ! もっと離れてろ!」

 灯馬の声は、山びこのように振動して響くと、低いとも高いとも言えない不思議なものであった。

 しかしその言葉は、田所が獣の正体が灯馬である事を知るには十分であった。

 田所は「あっ、あ……は、い」と返事をする。

 そして、側に落ちていた灯馬の刀に気付くと、それを拾おうとして戦いの間合いから少し距離をとった。

 その直後である。

「おおおおぉっ──!」

 辺りから聞こえて来る大勢の雄叫び。

 続々と姿を見せた兵士たちは、一瞬にして灯馬と阿修羅を取り囲むようにして集まった。

 梟華隊の兵士たちである。

 それを見た灯馬は少し笑った。

「はっ……完全に子供扱いかよ」

 次梟が、隊のほとんどを回しているのが明らかだった。陣形を整えた兵士たち。その灯馬の後ろに並ぶ兵士たちの中から一人の男が近づいて来る。灯馬は、その男に見覚えがあった。次梟の側にいつも居る指揮官である。

「灯馬さん。あっちは次梟さんが引き受けるとの事です」

 鳳歌がそう話すと灯馬は「……ああ、りょーかい」と愛想なく返事をした。

 灯馬のその言葉は、自分が次梟の命令に従う一人に過ぎない気がしたのと、その悔しさから来るものであった。

 そんな灯馬の様子を見て少し笑った鳳歌は、更に付け加える。

「それと……手をわずらわせた罰として洗濯な。との事です」

「……」

 灯馬は鳳歌の方を向いて「洗濯ぐらい自分の部隊の兵士たちにやらせろよ」とばかりに視線を飛ばす。

 鳳歌はそれを察知したのか、両手を軽く上げて見せると「自分たちも御免ですよ?」と返すように微笑んで見せた。

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