第10話 梟華隊

 警笛が初めに鳴った少し前の頃である。

 次梟は、日中の労務で疲れた身体を休めると、民家の一室でいびきを掻いて眠っていた。

 周りには武器を持つと、額当てを付けた兵士たちが十名ほど静かに座っている。その顔つきや風貌からは死線を潜り抜けた者たちが纏う、独特な匂いを漂わせていた。

 『梟華隊きょうかたい』である。

 次梟に急遽集められた。呼び出しは「仕事だ」それだけである。

 その言葉を初めに聞いた副隊長の一人、鳳歌ほうか。鳳歌は、次梟の片腕で隊を束ねる指揮官でもあった。

 鳳歌の仕事は、次梟の言葉を隊に伝える前に内容を把握する事から始まる。実際に集まってからでは遅いからである。

 ある時、次梟に召集をかけられた鳳歌は、大急ぎで隊の兵士たちを集めた事がある。呼び出された者たちの多くは敵は山賊か海賊か、または喃国との決戦かと息巻くと装備を固めて指示された港へと向かった。

 しかし、港には漁師たちが集まっているだけであった。魚を捕る為のもりあみなどを持つ漁師たちと違い、鳳歌たちは刀や長槍などの人を殺める道具を持った。

 漁師たちは怯えた。戸惑いの表情を浮かべる鳳歌たちと、場の空気は噛み合わないものとなっていた。

 そこへいつものように遅れてやって来た次梟は、あっけらかんと言う。

「……お前ら、何やってんだ」

 袴一枚の姿であった。

 召集の目的は漁師を手伝う事。

 鳳歌たちは、自分たちの勘違いだった事を説明すると漁師たちの不安を解いた。そしてそのまま、解散──とは行かなかった。次梟の命令で、鳳歌たちはそのまま漁へと駆り出される。当然であった。次梟は始めからそのつもりで鳳歌たちを集めたからである。

 そして梟華隊は、その姿のまま舟に乗ると海に出る事になる。銛で魚を突いて網を投げて捕る漁師たちとは違って、刀や槍などで必死に獲物を追う鳳歌たちの姿は滑稽を通り越すと不気味である。唯一、漁師たちに勝っている点と言えば殺気だけであった。やがて漁も無事に終わると、慣れない仕事と船酔いで疲れきった鳳歌たちは浜辺で情けなく転がった。

 次梟は、動けなくなった仲間たちを尻目に、漁師たちと捕れた魚の量を比べると言った。

「……お前ら使えねえな。これじゃあ、今晩の飯は抜きな」

 鬼であった。

 鳳歌たちの中でこの話は、数ある話の中でも上位に入るほどの地獄であった。

 その元凶を作った当の本人は今、あぐらを掻いて鳳歌たちの前で気持ち良さそうに眠っている。緊張感など微塵もなかった。

 今回の仕事は、蘭国で話題の中心である人物に関する内容であるにも関わらずである。

 『化け物の女』を守る事。

 鳳歌には一つだけ疑問がある。どうして今になって次梟がそう言い始めたのかである。動く機会は何度とあったはずである。

 そもそも今回の件自体が、狢伝の許可を取っているのかすら怪しかった。

 すると一人の男が口を開いた。ガッチリとした体格である。隊の中では唯一、農民から叩き上げてきた男だった。前の戦さで怪我を負った次梟を運んだ男である。

「鳳歌さん、いいんですかい? 一応、狢伝様に確認をとった方が良いとも思いますが……」

 発せられた言葉の内容とは違い、その表情はどこかたのしそうである。

 それは他の隊兵たちも一緒であった。兵士たちは、次梟がまた何か無茶をやらかすのだと期待の笑みを浮かべている。

「……」

 鳳歌は考えるのを辞めた。そして転がった次梟を見て「まったく、この人は……」と呆れたように表情を崩す。自分勝手で理不尽。にも関わらず、身分を問わずに蘭国の民からこうも愛される侍も珍しい。そして悔しくも鳳歌もその一人であった。

 鳳歌は笑みを浮かべた。

「まあ、問題ないでしょう。今回の件は、蘭国の民を守ると言う話ですし……」

 くすくすと笑う兵士たちで和む室内。

 そんなやり取りから少し後であった。外から警笛の音が鳴った。雰囲気は一変する。兵士たちは一斉に武器を握ると、その表情は険しくなった。緊張が走る。

「……次梟さん。起きて下さい。じ──」

 鳳歌は、次梟の身体を軽く揺すりながら静かに言いかけてやめた。

 次梟は目を覚ましていた。その眼光は鋭く、滅多に見せない表情は真剣なものである。鳳歌は、背筋にゾクリと寒気を走らせると身体を震えさせた。久しぶりであった。

 次梟は、のそりと上体を起こした。

「……やっぱりな。今までと一緒じゃねえとは思ってたぜ」

「──?」

 鳳歌たちにその言葉の意味はわからない。

 しかし次梟は、ただならぬ鬼たちの気配を感じ取っていた。

「さあて、行こうか……」

 次梟は、兵士たちに指示を出す。

 それは、灯馬が気にしていた民家たちの一室の中で起こっていた。

 次梟は薄暗い部屋の中で刀を握る。右腕にある紫の腕章は妖しく少しだけ光った。

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