第6話 不穏な気配
童羅の家は外観は藁屋のようだったが、その中は洞窟のようになっていた。岩壁に囲まれると薄暗く、所々に広がった空洞がある。その空洞の一つには座る為の役割を果たす石が積まれていると、童羅の居場所があった。右隣には童羅の世話をする赤鬼が、左隣には阿杜が座る。
近くには鉄製の棒状で出来た土台が二本立つと、青い
場に残っているのは童羅と護羅无、阿杜、四本の腕を持つ赤鬼の
「骸、蘭国の女はどうなった?」
童羅の質問に、骸は八本ある手足をガサガサと動かして壁を伝って降りて来た。そして、不気味な顔を童羅へと向けてカタカタと動かせる。
「昨夜、
「狢伝の野郎。勘づいてやがるな」
阿修羅が口を開くと、童羅はそれに続くように話し始めた。
「ここ数百年の中で、人間から我らと接触を図って来たのは、あの者だけだ。その腹の内は読めてはおらん。目を離してはならない者である事は間違いなかろう」
「気付かれてると?」
阿杜が口を挟んだ。
「……我らの仕業である事はおそらく……な。しかし、その目的まではわかってはいないだろう」
「それは?」
「目的を知っている。と言う事であれば、女をあのままにしてはおるまい。城の中にでも隠すか。用のない女に守りを付けるような真似はしないであろう」
「……」
「アイツは人間の癖に中々の曲者だぜ。こっちの思惑を探ってやがる!」
阿修羅がパンッと拳を叩いた。
「黒鬼との戦いでも術者を使ってたでげす。あれは我ら鬼に対抗する力として持っていたように思えるでげすが。こちらから下手に動けば狢伝との話もなかった事になってしまうでげすよ」
骸は、蘭国にはまだ術者たちの多くが隠されているだろうと言った。
「むぅ……」
そうやって考え込む童羅たちに、それまで黙っていた護羅无が口を開く。
「だがこのままと言う訳にもいくまい。無理にでも石を手に入れない事には、その存在がヤツに気付かれるのも近いだろうからな」
その言葉に鬼たちは微かに頷いた。
童羅たちと蘭国の城主である狢伝には密約がある。
その内容は、定期的に人間を餌として差し出す代わりに、何の理由もなく国を襲わないと言ったものであった。
民からの支持もある城主、狢伝の非情とも言える裏の顔でもあった。
だがそれは、無駄な犠牲を出さない為の苦汁とも言える策である。事実、その力の差には圧倒的な違いがあったからだ。だからこそ、蘭国と言う小国が栄える事が出来ているとも言えた。
「ふむ……いつまた黒鬼たちが現れるとも限るまい。阿杜、阿修羅、次はお前たちに行ってもらおう。仕方あるまい……」
今ならまだ、狢伝には山の鬼とは違うと言い訳も立つ。童羅は、そう判断すると二匹に命を出した。
阿修羅は、久しぶりに暴れられるとばかりに嬉々として腕を回すと、それに対して阿杜は冷静に返した。
「……あの女。亜羽流が守っていた女と聞きますが──殺しても?」
「……構わん」
童羅の返事を聞いた阿杜は、確認するように護羅无の方を向いたが、護羅无の瞳は鋭く冷徹な眼光を放つだけであった。
「わかりました」
阿杜は返事をした。
赤鬼の阿杜と阿修羅──。
この二匹は同時期に生まれた鬼であった。その力は他の鬼たちよりもずっと強大である。今まで蘭国へと送り込んだ鬼たちが、数匹集まっても倒す事は出来ないであろう。
二匹の覇気を感じ取ったのか、青炎の
千里の家の中──。
灯馬たちは談笑に及んでいた。別に面白い話があった訳ではない。
「いやー本当にたまげましたよ。まさか、私なんかに腕章を着けた侍さまが声をかけて下さるとは」
中濃はそう笑いながら目を細めた。何かを確認するようである。それを見た蓮部は嫌な顔をするが、周りは期待とばかりにニヤニヤと笑みを浮かべた。
そして、中濃はその期待に答えるように、自分の左に置いてある蓮部のお茶を手にすると、それをゴクリと美味そうに飲んだ。
蓮部以外の全員が笑った。中濃は視力が悪いのだ。しかし、それにも程がある。
蓮部は、それを見て既にお茶は諦めていたが、中濃が今までよく生き残れたものだと感心もする。これぐらいの物が見えずに、兵士としてどうやって生きて来たのかと不思議だった。
当の本人は、自分の話が皆を笑わせているのだと思い上機嫌である。
「くく……まあ俺は侍ではないけどな」
灯馬がそう打ち明けると、中濃は驚いた顔を見せた。そして「失礼よろしいですか」と、灯馬の服装を間近からマジマジと眺める。今度は手に取って触り、黒装束であると確認出来ると更に驚く様子を見せた。
固まったように動かない中濃に、千里たちは笑い声を上げたが、灯馬は「本当に大丈夫だろうか?」と不安を募らせていった。
談笑を終えた後、話題が侍となると田所が若者らしい声で言った。
「俺はいつか、次梟さんの
その目はキラキラと輝いている。
「やめとけ」
灯馬は即答で言った。次梟は、確かに実力は申し分なく兵士問わず人気があった。だが、灯馬の思う次梟には我慢がないのだ。戦さ、遊びを問わず無茶苦茶である。そんな次梟から灯馬が学んだ事の一つに「我慢を忘れたら国は混沌になる」と言う言葉があった。
「くっそ……」
灯馬の中で過去の嫌な思い出が沸々と戻ってくる。
そんな他愛もない話をしていると、辺りはすっかりと暗くなってしまった。
灯馬は、千里に「茶をご馳走さん」それだけを言うと、兵士たちに外へ出るようにと促した。ここから先は本格的な護衛となる。
「すいません。よろしくお願い致します」
千里の表情は微笑みを浮かべていたが、どこか哀しげである。そして、美しかった。
「よろしくな!」
騎助は、灯馬の護衛で不安がなくなったのか、怯えてる様子もなく元気に皆を外へと送り出した。
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