第5話 選ばれし鬼

 連れ出される亜羽流に続くように鬼たちも後を追う。刑を行う場は近くにある洞穴ほらあなである。それを静かに見送る一匹の青鬼は、他の鬼よりも大きく、頭には立派な角が二本生えた。四肢は太く、胸板や肩は隆々と盛り上がった。腰に巻く布は黄色で黒の柄が点々とあると、明らかに他とは違う鬼である。その青鬼に向かって阿杜が声をかけた。

護羅无ごらむあに!」

 阿杜は、そうやって護羅无の隣に立つと独り言とも取れるように喋り始めた。

「童羅様は甘い! 何故、亜羽流にあそこまで気を遣われるのか。女の件だけではなく、人間に加担したのも本来ならば重い刑に問うべき内容であるはずなのに……何故……他のものからも不満が上がっております」

 それを聞いた護羅无は、少しだけ笑みを浮かべた。

「他のおにとは俺が連れていた二匹か?」

 その二匹は、千里を襲った鬼であった。童羅の命を受けていた護羅无が、東山の結界を探る際に従えていた鬼である。

「そ、そうです。亜羽流に邪魔をされたのだと童羅様だけでなく、自分にも息巻いて報告して来ました。亜羽流の勝手を許すのはおかしい──と」

「ふ……それだけじゃなかろう」

「……ご、護羅无兄がそれを見逃したと」

「……」

 護羅无は、返事をする事なく中へ戻ろうと背を向けた。すると、阿杜がそれをひき止めるように強い口調になった。

「ど、どうしてですか!? 護羅无兄には自分……他のものたちも慕っております。でも、これでは示しが……」

 阿杜の言葉に、護羅无はぴたりと立ち止まった。

「示しがつかなければ、俺の命は聞けぬと?」

「い、いえ……そ、そう言う訳では……」

「その時は、お前が指揮を取れば良い。今、問題なのは亜羽流ではない。東山の結界だ。それを守る事が今、この里で最も優先されるべき問題だ……」

 護羅无は、そう言うと中へと戻っていく。

「……」

 阿杜は思う。そう言う事ではないのだと。童羅の後、山を束ねる長は護羅无である。それに相応しい力もあれば不満もない。だが、童羅にしろ護羅无にしろ、亜羽流に対する対応は自分よりも高い評価に思えてならなかった。そう思える事は、今回の件のみならずに度々あった。亜羽流より強い鬼は、阿杜を含め、この里には多数いるであろう。にもかかわらずである。

 一言で言えば甘いのだ。だが、それは阿杜の中にある嫉妬のようであった。弱肉強食が当たり前である鬼の中で、そのような不満が上がるのは当然の事でもある。

 しかし、その根底は亜羽流の姿が貧弱な人間と同じものであると言う事が、同族である鬼たちからも受け入れられない理由の一つでもあった。それなのに、童羅たちは何故あのような半端な鬼である亜羽流をかばうのか──である。

 本来、鬼は寿命を終えるか肉体が何らかの原因で滅ぶと、その魂は天に帰る。『百年近くと言う時を越えて再びこの世へと甦る生き物』であった。それが鬼が絶える事がないと言われる由縁でもある。

 新たに生まれる鬼は、人と同じように幼子として現れると、その意識は別のものとされた。山の中で育ち成長すると、いずれ里へ帰り鬼としての役割を全うする。成熟期は十年。寿命は、三百から五百年ともされた。

 だが、その中でもごく稀に長く生き抜くものたちもいる。それが童羅や護羅无のような長となり、鬼を束ねるものであった。その力も他と比べるまでもないほどに強く、選ばれた一握りの鬼たちである。

 このように、鬼たちはそれが自然であるがのごとく統率を繰り返していた。

 しかし、過去に長として数千年と君臨していた鬼が居た。名前は『亜朱あしゅ』。鬼の中でも数少ない女の鬼であった。亜朱が君臨し続けた理由。それは強大な力があった事もあるが、特別な能力があったからである。

 亜朱は「甦っても亜朱そのもの」だった。以前の記憶を持ちながら甦っていたのだ。その知識、力を衰えさせる事なく君臨し続けていた。片腕として仕えた鬼が童羅である。近くにはまだ若い護羅无の姿もあった。

 今はもう、亜朱の姿はない。

 ある日、山へと迷い込んだ人間の男『琉生るい』。亜朱は、琉生と恋に落ちた。それは互いの種族にとって許されるものではなかったが、やがて子を宿した。

 名前は『亜羽流』と名付けられた。

『鬼である亜朱』と『人間の琉生』の子供。それが亜羽流である。

 その事を知る鬼は、今の山にはもうあまり残っては居ない。それほど昔の話であった。

 阿杜は、不満を抱えながらも「今やるべき事は東山にある結界の修復」であると、自分に言い聞かせるように戻って行った。それには、女から手に入れなければならない物があるのだ──と。

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