第3話 化け物の女

 民家は、瓦屋根に木造建で出来ていた。

 紙の障子しょうじが張られると、一般的な民が住む家と変わらないものである。違うのは入り口前に置かれた灯台が飾られてるぐらいだった。鉄製で出来た三脚の上に、火を灯す為の半円型の器が乗せられている。

 昨夜の燃えかすが少し残るのか、灯馬は連れて来た若い兵の一人に入れ替えるように指示を出した。

 兵は、緊張気味に返事をすると燃えクズを捨て、運んできた材木を器の中に入れる。その顔には、まだ十代であろう、あどけなさが残る。

 灯馬は、作業が終わるのを待つと「ふぅ……」と、溜め息を一つ吐いた。そして、覚悟を決めて拳に力を込めると引き戸を叩く。ダンダンダンと少し荒い様は、金貸しの催促のようであった。

「あー……女。護衛に来てやったぞ」

 随分とぶっきらぼうである。

 中からドタドタと足音が聞こえてくると、すぐに戸が開いた。出て来たのは少年であった。

「灯馬!!」

 灯馬を見て嬉しそうな顔を見せる。

騎助きすけか。元気だったか?」

「おう!  なあ灯馬! 港に行こうぜ!」

 元気に灯馬を誘う姿からは、以前の状態など想像も出来ない。騎助が喋れるようになったのは最近の話である。

「あー……今日は駄目だ」

「えー!  なんでだよ」

 騎助は残念そうな表情を見せた。

 どうして騎助が懐いたのか。灯馬にもよくわからなかった。しかし、その野性の様な雰囲気からは昔の灯馬を思い出させるものがあった。どこか似ている。騎助もそれを本能的に感じ取っているのか、駄々を続けようとしている。

「悪い騎助。あー……その、姉ちゃん居るか?」

 灯馬の言葉に、騎助は周りの兵士たちを見て察したのか「あ……うん」と少しだけおとなしくなると、家の中に向かって大きく叫んだ。

「姉ちゃーん!  用だってー!」

 騎助の声に呼ばれると、奥の方から女が歩いて来る。女は、その辺の民と変わらない質素な着物を羽織っていた。肌は白く、すらりと落ちる黒髪は肩まであった。少女の面影を残しながらも整った顔は、大人の色気をも漂わせている。身なりさえ整えれば、城内に居る女中たちとひけをとらないであろう美しさだった。

 兵士たちは思わず生唾を飲んだ。

 噂される女の想像とは全く異なるものである。任務の事を忘れるとその全員が目を奪われていた。

 灯馬も、短期間で変わる女の成長の早さに驚きの表情を隠せないでいる。

 「灯馬さん、お久しぶりです」

 女は、にこりと微笑んだ。

「お、おう……」

 灯馬は、自分でも驚くほど間の抜けた声を上げた。「何をしに来たの!?」それぐらいに言われると思っていた灯馬は、出鼻を挫かれた形であった。

 「……護衛ですね。すいません、ご苦労おかけします。何もありませんが、良かったら中でひと休みして下さい」

「お、おう。悪いな……」

 灯馬の返事に、女はクスリと笑うと護衛たちを家の中へと招き入れた。そして騎助に「お茶をお願い」そう声をかけると客間の方へと案内をする。

 来客たちの足踏みに廊下はキシキシと鳴った。



 囲炉裏いろりの火はパチパチと音を立てている。

 騎助は、その上にある自在鉤じざいかぎに鉄の瓶を引っかけると湯をかし始めた。

 灯馬を除く、兵士たちは客座へ座ると茶の準備をする女の仕草を黙って見ている。

 田嶌たじま

 主に兵の隊長を任される経験豊富な兵士である。農民からの叩き上げで人望も厚く、屈強な肉体と頬に出来た傷は、腕に自信のない者なら一目で逃げ出すほど威圧感が漂っている。

 その隣に座る蓮部はすべは、顔も身体も線の細い男であった。田嶌と同じように元は農民である。足が速く、伝令としての役割が多かったが、狩りでつちかった弓の腕前は中々の物であった。

 中濃なかのは、視力が悪い。力もなければ、蓮部よりも更に線の細い男であった。戦いに関しては期待出来ない。が、情報収集に長ける訳でもなく、灯馬が声をかけて失敗したと思ったほど何も持っていなかった。ただ正義感だけは強く、性格がどこか憎めないところから人気だけはあった。

 田所たどころは、篝火かがりびの種を変えていた若者である。この中で一番若かったが、道場師範代の腕前を持つと、実力は田嶌にもひけをとらなかった。しかし、若さからか迷いも多く決断力に影がある。女と変わらないであろう歳の面影が残っていた。

「お茶がきました」

 女は、茶を湯飲みに注ぐと、騎助に運ぶように言った。すると、騎助は「はいよ!」と作法のない振る舞いで次々と茶を出し始めた。

 ズズズと、すする音が鳴る。

「美味い……」

 兵たちの顔に軽く笑みが浮かんだ。

 襖の側に立つと壁に寄りかかっていた灯馬は、騎助から湯呑みを受け取ると単刀直入に聞いた。

「おい千里ちさと。お前、なんで鬼に狙われてんだ?」

 囲炉裏いろりの火が、千里の頬を緩やかに染めると、その顔は一段と艶っぽく見えた。

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