第一章 鬼を呼ぶ女

第1話 灯馬への指令

 蘭国らこく城内──。

 侍たちは渡り廊下に立つと、昨夜の話で持ちきりだった。「女を追い出すべきだ!」と強い口調で議論を進める者もいる。

 それは城内だけでなく、城下町に住む平民たちの中でも日常の会話として飛び交っていた。

『化け物の女』である。

 そう呼ばれた女は、城下町である民家の一角に住むと十二歳となる弟と二人で暮らしていた。生活は質素とは言え、名を知らぬ者は居ない。

 小国なれど豊か。そんな蘭国が数月前に滅ぼうかと言う危機に陥った事がある。原因とされるのが、その女であった。

 しかし情報は正確でなく、蘭国の南に位置する『喃国なんこく』。敵対する国の侵攻に寄って、甚大な被害を受けた事が直接の原因であった。

 間違った噂である。

 その元は、女が呼んだとされる『鬼』であった。その黒い大鬼は、蘭国の破壊のみならず喃国の兵をも喰らうと両国に多数の犠牲者を出していた。

「だから、言っただろ?  あの女が鬼を呼んでるのは間違いない!」

「しかし、では何故、命を狙われてるんだ?  自分で呼んだ鬼に自分を襲わせる……変ではないか?」

「そ、それはその……とにかく!  あの女が居るせいで蘭国が危険に晒されてるんだ。一刻も早く、ここから追い出すべきだ!」

「そうは言ってもなぁ……」

 侍たちは、女の処遇について持論を展開している。だがそれはあまり意味を成さないでいた。蘭国の城主である狢伝かくでんがそれを許さないからだ。

 狢伝は、女に新しい家を与えると毎晩のように護衛を付けた。始めは、ただの平民である女に大層な護衛を付ける狢伝の意図がわからなかった兵士たちも、ある日を境に知る事となる。

 鬼の出現であった。鬼は、蘭国を襲うと言う訳でもなく、ただ女だけを狙った。護衛たちはそれを追い払うが、それがきっかけだったかのように、鬼たちが続々と姿を見せるようになっていた。

 護衛をする兵士たちの中には、戦いの末に命を落とす者も増えている。

 鬼に狙われる女──。それはやがて、化け物を呼ぶ女として周囲に認知されるようになっていた。

 女に護衛を付けた狢伝は、城の最上部から城下町の大通りを見下ろしていた。国は人々で賑わうと復興の兆しを見せ始めている。すると、後ろにある襖越しから声が聞こえてくる。

灯馬とうま到着致しました」

「……入れ」

「はっ!」

 姿を見せた灯馬は一般兵と変わらない姿だった。

 灯馬は、調査任務の為に一般兵と変わらない服装をする事が多い。民の本音を聞き出すには同じ立場で紛れ込むのが一番である。

 狢伝はすっと振り返ると、灯馬の右腕に目をやった。

「もう傷の方は大丈夫なのか?」

「はい。まだ完全とは言えないですが、もう任務をこなせるぐらいには回復しております」

「そうか……」

 格伝は、そう言って少し黙ると実は頼みたい事があると切り出した。

「はっ!」

 灯馬の声は弾んでいた。

 ここ最近、門番や城下町の修復作業を任される事の多かった灯馬は少々飽きを覚えていた。新しい任務に胸を踊らせたのだ。だがその内容は、灯馬の期待を裏切るものであった。

「民家の護衛を頼みたい」

 狢伝の言う民家とは一つしかない。

 灯馬は思わず「えっ……」と声を上げたが、慌てて頭を下げて返事をする。そうして命令を受けた灯馬は襖を閉め終えると、その場から歩いていった。

 灯馬は考えていた──。

 あの女とは喃国との戦いの後、少し話して以来の再会となる。元々、力の弱い女が苦手と言う事もあるが、あの女は特に苦手だ──と。

 男と違って女は守るべき事が多いのである。

「面倒くせぇなあ……」

 灯馬は、バリバリと頭を掻きながら支度部屋へ向かうと、忍びの黒装束へと着替えて本来の姿に戻る。そして、腕に紫の腕章を付けると護衛に連れて行く兵士たちを適当に選んで声をかけた。

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