鬼木の山

彩華

プロローグ 闇夜の矢

 城下町の民家前──。

 騒ぎが起こっていた。

 闇夜の空に一本の矢が飛ぶと風切り音だけが響く。

「おいっ!  そっちだ!!」

 その声に答えるように兵士たちは反対側へ走ると、鼓動は速く息遣いは荒くなった。緊張は身体を固くすると、普段の動きを維持出来ないでいる。

 逃れる様に屋根を走る影が一つ。

 大きな影は、やがて人とは思えない跳躍で隣の屋根へ飛び移ると一度だけ振り返った。鋭い牙と爪だけが怪しく光る。そして、影は姿を消していった。

 訪れる静寂と安堵。

 篝火かがりびがパチパチと音を立てると、兵士たちの姿をボンヤリと映す。兵士たちは、灯りに誘われるように集まった。

「逃げられたな」

「ああ、三日振りぐらいか?」

「最近は落ち着いたと聞いていたがな。寄りによって当番の時とは全くついてないぜ……つぅ──」

 兵士の腕から血が流れ落ちる。その傷痕はまるで獣に引っ掻かれたようであった。人が寝静まる時間、突然に始まった騒ぎは、数名の怪我人を出すと落ち着きを取り戻そうとしていた。

「これはまた、明日もこの話題で騒ぎになるな……」

 隊長は少し難しい顔をすると、改めて警戒に当たるように指示を出した。兵士たちは気を引き締め直すと、辺りを警戒しながら持ち場へと戻っていった。

 もうすぐ、朝日が昇ろうとしていた。

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