Story Ⅱ
午後八時。
屋敷の主である望月さんを除いた参加者と僕たちは誰一人遅れることなく食堂に集合した。貴族たちが使うような長机に料理が並べられ、向い合せて四つずつ、計八つの椅子に各々が腰掛ける。僕は所長の左隣に、所長の向かいは皇さんが、そして僕の向かえにはギャンブラー改め賭博師の御伽さんが。職業は字面を優先した結果らしい。
「両手に花だねえ、少年」
御伽さんが茶化すように言う。参加者の中では一番年長者と思われる彼は、黒髪が混じった金髪に刺々しいアクセサリを纏った中年男性だった。
「……いえい」
茶化しに応えるように、僕の左隣、夏葵さんが小さくピース。
「んん? 俺は片手に薔薇だって? いやいや、俺からすると皇はラフレシアだね。あ、褒め言葉だぜ?」
気さくそうにだったり優しそうにだったりと種類は様々だが、此処に集まった人間は笑顔を見せることが多い。そんな中で彼の笑みを表現するとすれば下卑た、というのが的確か。無論口に出すようなことはしないし、それほど気にもならない。そういう憎めなさが彼にはあった。
「ちなみに俺に言わせると御伽さんは鼠だね。真紀さんは鷹ってところか」
聞いてもいないのに佐藤さんが得意そうに言う。獣医故のキャラ作りなのだろうか、僕を猫と評した時のように動物で喩える。
「そんで暁さんはペンギン。逢ちゃんはウサギで、夏葵ちゃんはコアラ。助手クンが猫だから時子さんは――ううむ、中々難しいな」
「ほう、荘司君は猫か。可愛らしいじゃないか」
「所長は狐でしょうね」
「おいおい少年、女性相手に狐は酷いだろう」
「ラフレシアもどうかと思うがね」
などとゲームとは何の関係もない雑談をしばらく続けていると、明月さんを伴った望月さんが姿を現した。
「お待たせしてすいません」
「おーう、遅いぞ暁」
「あいさつと言っても今更堅苦しいことを言うようなことはしません。料理が冷えてしまっては作ってくれた亞傘さんにも申し訳ないですし。ゲームの内容については食事の後に妹から説明がありますので。ではまあ、とりあえず乾杯といきましょう」
御伽さんの言葉を無視し、望月さんはおずおずとグラスを手に取り、掲げた。僕らもそれに続く。
「では、乾杯」
それに続き佐藤さんと御伽さんの「乾杯!」という声と、皇さんの静かな「乾杯」の声が響き、皆がグラスに口を付ける。
「荘司君」
僕はこちらを向いた所長と控えめにグラスを合わせた。
「乾杯。ふふ、こういった経験はあまりないから緊張してしまうね」
全く緊張などしていない風を装っているが、実際にはガチガチに緊張していることは容易に想像がついた。
「ところで望月君、その逢はどうしたんだい?」
「それが体調が優れないらしくて……今は部屋で休んでます。けど顔色は良かったので大したことはないか、もしかしたらサプライズを用意してるのかもしれません」
明月さんが引いた椅子に腰かけた望月さんが言う。……確実に仮病だろう。僕でも確信を持てるというのに、望月さんは少し心配そうだ。
「それなら安心だ。サプライズがあることを期待するとしよう」
「はは、あんまりハードルを上げないでやってください。――それから羽都さん、妹と遊んでくださったようで、ありがとうございます」
「あ、いえ……僕は別に」
俯きながら答えて、望月さんの背後に控える明月さんを伏目で見る。
『主から逢様からのお願いは出来る限り叶えてやってほしいと仰せつかっておりますので』
逢からの協力の命令を受けている際に助け舟を求めたところ、返ってきた答えがこれだ。この様子だと望月さんにも僕と逢のことは話していないらしい。
「やはり荘司君は年下に好かれやすいようだね」
「ああ、確かに。助手クン、夏葵ちゃんにも懐かれてるっぽいし」
「おや、そうなのかい? 夏葵さん」
所長が夏葵さんに尋ねると、僕の隣でビクッと彼女の背が動いた。
「……ええとお、そうかもしれないですう」
若干遅れて、間延びした声で夏葵さんが返答する。
「時子さん、夏葵くんは少々人見知りでね。それなりに顔を合わせている私たちでもまだ苦手意識を持たれているんだよ」
「俺は大丈夫だけどねえ。やっぱりこの俺のクリーンな心が分かってるんだよ」
「……」
夏葵さんは御伽さんの言葉にぶんぶんと首を横に振り、否定した。どうでもいいが他の人たちと比べて夏葵さんと僕の席の間が狭いので、首を振られると彼女の長髪がちくちくと腕に突き刺さる。
「御伽君にクリーンなところなど見た目も口調も中身も何一つないだろう」
今度はこくこくと縦に首が振られる。首が飛んでいきそうな勢いだ。やはり髪が僕の腕に当たる。
「こらこら、そんなに首を振ったらスープに髪が入ってしまうよ?」
するとピタリと動きを止め、ゆっくりと厨房の方(と思われる)を向いて、「ごめんなさいい」とやはり間延びした口調で謝罪した。
「ふむ。御伽君と羽都君を見てはっきりしたが、夏葵くんは苦手な相手には間延びした口調で話す癖があるようだ」
「はいい、そうなんですう……」
「ついさっき会ったばかりなのに羽都君はかなり気に入られているようだね。御伽君は前々回からだったから」
別に僕は人間嫌いではないので嫌ではないが、理由の分からない好意というのは少し不気味だ。夏葵さんは所長のように誰にでも好意と善意を振りまく性質ではなさそうだから、余計に。パンをハムスターのように、佐藤さんが言うところのコアラのように食べる夏葵さんを横目で見ながら、少しだけ椅子の位置を彼女から離した。
「歳が近いというのもあるんじゃないだろうか。荘司君も少し前まで大学に通っていたからね」
「ほう。意外だな、君はもっと俗世から離れた人生を歩んできたのかと思ったよ」
まるで僕が社会不適合者であるかのような物言いだ。そんな仙人みたいな生き方は未だかつてしたことがないというのに。
「いやいや、彼は私などよりよっぽど常識的な人間だよ。彼が居なければ今の事務所はなかったと言ってもいい」
……確かにその通りだ。その通りなのだが、この場面で時子さんに言われてもただの謙遜にしか聞こえない。
「僕は何処にでもいる普通の人間ですよ。僕から見れば御伽さんや皇さんたちの方が俗世とは無縁そうですけど」
「おやおや、これでも公務員だったのだがね」
「くくくっ、俺だって今でこそ賭博師なんてカッチョイイ職に就いてるが、昔はただのパチプロだったんだぜえ?」
「ちなみに俺は名前からでも分かる通り一般的な何処にでもいる獣医だよ?」
本当かどうかはともかく、現実なんてそんなものなのかもしれない。皇さんも御伽さんも佐藤さんも。特別な過去も、特別な生まれでもない、ただの人間でしかない。けれどそんな環境に居ながらにして現在に至るのは、やはり僕や時子さんのような人間には到底できない、特別なことに思えた。
「むしろ俗世というか普通から離れたところに居るのは、あのメイドさんだと俺は思うね」
だからこそ、御伽さんの言葉は意外だった。メイド――明月くるみさんはとても優秀な人間ではあるが、僕や時子さんに一番近い人間だと思っていたから。メイドという珍しい仕事に就いているだけの一般人。そう思っていたのだが……。
「ぶっちゃけ、あのメイドさんいくつに見える?」
下卑た笑みで御伽さんが僕に尋ねる。それを皇さんは呆れたような目で見ていた。
僕の見立てでは二十代前半だが、それは彼女の作り出す柔らかな雰囲気に惑わされているだけなのかもしれない。とすれば二十代後半――いや、ともすれば三十代だろうか?
「あのナリで実は――――おっお? ……ぶへっ!?」
声を潜め、真実を告げようとした瞬間、御伽さんが席から姿を消した。
「申し訳ありません、御伽様。主からお客様と扱わなくて良いと言われておりましたので、つい手が出てしまいました」
いつの間にか御伽さんの席の後ろに移動した明月さんが彼を投げ飛ばしたのだと理解するまで、しばらく時間が必要だった。同時に理解する。明月くるみ、彼女もまた、僕たちとは違う特別な人間だと。……恐ろしいことに。
「女性に対して失礼なことを言うからだ、静稀」
笑いを耐えながら、望月さんが御伽さんに言う。昔からの付き合いとは聞いていたが、遠慮がない。気弱な性格だと思っていた望月さんでも親しい相手にはこういったことをするらしい。
「確かにくるみさんは子供の頃から世話になってる俺も分からないことが多いけどな」
崩れた口調のままそう言ってグラスの中身を飲み干す。……僕のはノンアルコールだったが他の人のはお酒だったのだろうか。
「まったく……アルコールには弱いんですから最初の一杯だけという約束でしたのに……」
困ったように頬に手を当ててから、明月さんは望月さんに何かを耳打つ。すると
「…………」
望月さんの若干赤くなっていた顔が青色に変わる。血の気が引いたともいう。
「申し訳ありませんが、主は酔いが回ってしまいましたので、お部屋でお休みになられるそうです」
僕の目が確かなら望月さんは一度も口を開いていなかったが、明月さんが言うならそうなんだろう。
「ひー、おっかねえなあ」
腰を押さえながら御伽さんが立ち上がり、再び席に着く。受け身の取りようなどなかった気がするが意外と丈夫なのか、それとも明月さんが手加減したのか……。いずれにしても恐ろしいことに変わりはない。
「姿勢や体重移動の仕方から只者ではないと思っていたが、想像以上に彼女は強かったようだ。御伽君もこれに懲りたら女性に対して失礼な真似はしないことだ」
「同意だね。御伽さん、私も先刻の件は少々腹に据えかねている」
それは所長の自業自得なのだが。僕が遊戯室に入った際、所長のスーツのボタンが後一つというところまで追いつめられていた。押しに弱い本質はあまり変わらないので、あのまま僕が止めに入らなければゲーム開始前にリタイアしてしまっていた。
「へいへい。君らも気を付けなよ?」
「ちょ、俺らは関係ないでしょ!?」
対岸の火事と傍観していた佐藤さんにも飛び火し、僕は巻き込まれないと無言で食事に戻った。
「……」
……いつの間にかすぐ隣に迫った夏葵さんから距離を取って。
結局その後もいたちごっことなり、僕が時子さんの肩にぶつかるまで続いた。
そして。
「兄が迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません」
望月さんが強制退場となってから30分程、明月さんを従えて戻ってきたのはその妹、望月逢だった。
「そしてお待たせしました。今から「推理ゲーム」の内容を説明いたしますわ」
昼間見たワンピースではなく、白と黒のゴシック風のドレスに身を包み、三歩後ろに明月さんを従えるその姿は兄よりも堂に入っていて、まさに王の風格――――と、何も僕の心の内でまで彼女を持ち上げる必要はないか。以下が率直な感想である。
その姿は背伸びしてはいるがモノクロドレスに着られてしまっていて、三歩後ろの明月さんは学芸会で子供を見守る母にしか見えず、まるで歳不相応だった。
「くるみ、皆さんにお配りして」
「かしこまりました」
恭しく一度礼をしてから、明月さんが一枚の紙を配り始める。
「兄の分はそうね――時子さん、申し訳ないけど兄の代わりに受け取ってくださる?」
「分かりました」
「今お配りしているのはゲームの内容を纏めたもので、その裏にはこの屋敷の見取り図が書かれています」
時子さんが紙を受け取り、僕はじっと逢を見る。……他意はない、ただ僕の分がない以上、他に見るものがないだけだ。
「ああ、助手の方も勿論ご覧いただいて構いませんわ」
「だそうだ」
所長が見やすいように傾けてくれた紙を覗き込もうとした時、僕の目の前に紙がすごい勢いで現れた。訂正、差し出された。
「……これは?」
「いい。……もう、覚えた」
「……じゃあ、ありがたく」
本人がいいと言ってるならあえて拒否する理由はない。受け取って内容を確認する。その中身は逢が書いたとは思えない程回りくどい言い回しや面倒臭い漢字が多かったため、分かりやすくまとめさせていただく。
●ゲーム名 殺人証明
・今日から『推理ゲーム』終了まで午後十一時から午前七時までを消灯時間とし、その間、部屋からの移動は禁止する。
・ゲーム開始は今夜、消灯時間である午後十一時から。
・参加者同士の協力を第一ステージのみ禁止する。
・開始後、犯人が一日一人ずつ殺害していく。
・殺害されたものはリタイアとなり、以後は今回のゲームへの参加を禁止する(他の参加者への助言、指図含め)。
・殺害のターゲットとなった者の常識の範囲内での抵抗は認められる(部屋の移動は禁止だが施錠は可。また犯人と遭遇した場合のみ、叫ぶなどしての他の参加者との協力は許される)。
・犯人が明らかになった場合、第二ステージへ移行。協力が解禁される。
・殺害失敗が三日続いた場合、犯人の正体が明かされる。
・犯人の自白を禁止する。
・参加者側の勝利条件は犯行方法を推理、証明し、望月逢に認めさせること。
・主催者側の勝利条件は参加者を全員、殺害すること。
――といったところか。
「さて、部屋の間取りを見ていただければ分かると思いますが、申し訳ありません。皆様には部屋を移動していただきます」
逢の言葉通り、紙に印刷された間取りは現在と異なっており、ちょうど今の座席の位置のようになっていた。
「逢ちゃん、質問いいかな?」
「どうぞ」
「わざわざ犯人、って書かれているのは逢ちゃんが犯人じゃない、ってことかな?」
「私も候補に入っています。筆頭と言ってもいいでしょう。 無論そうだとは限りません。他の誰かかもしれません」
佐藤さんの簡潔な質問に対して回りくどい物言い。だがこの中に逢が犯人だと思っているものはいないだろう。所長は……まあ逢が犯人ではないかと疑ってる程度だろう。流石に筆頭なんて言葉を鵜呑みにする程間抜けではない。
「殺害されたらリタイアというのは分かったが、殺害というのはまさか実際にそうするわけじゃないだろう? 殺害の条件は何なのかな?」
「ええ、それは勿論。殺害という言葉を使ったのはただの雰囲気作りです。実際にはこのパーティグッズのナイフ、これに刺された者が殺害された、ということになります」
何処に隠し持っていたのか、明月さんが取り出した安っぽい過度な装飾がされたナイフを受け取り、切っ先を親指に当て、それがプラスチック製で、しかも刃が引っ込む物であることを僕らに見せる。
「ただしこの後、特殊なインクが飛び出すように細工します。洗えば綺麗に落ちますが、殺害された方にはゲームの間、ふふふ、くるみと同じメイド服で過ごしてもらいます」
悪戯っぽく笑い、逢はそんなことを口にした。皇さんは「それは……それで楽しそうだね」と意外と乗り気だが、他の参加者――特に男性の反応は凄まじかった。
「ちょ、ちょい待ち! それは俺や佐藤君もか!?」
「はい。ペナルティですので」
……悪魔みたいな女だ、と思った。御伽さんは言うまでもなく、佐藤さんも細いが背の高い男性で、顔も女顔どころか中性的ですらない。見るに堪えないメイドが出来上がるのが容易に想像……したくない。
「やっべ、今回ばかりは絶対に負けられないじゃねえか!」
「お、俺もだよ! うわあ、逢ちゃん顔に似合わずえげつねえ!」
楽しげに笑う逢。きっとその笑みのわけは二人の反応のせいだけではない。佐藤さんも御伽さんも、それに触発された皇さんも目に見えてやる気を出している。もう負けても言い訳が効かない程に。
理由はどうあれ、参加者のほとんどが普段以上にやる気を出しているのは間違いない。その中で勝利すればもうそれはまぐれでも偶然でもなくなる。それを狙ってあんなペナルティを設けたのだとしたら……狐はこいつの方だ。ウサギなんて可愛いものでは、断じてない。
「……あのお」
男の叫び声の中、夏葵さんが間延びした声と共に挙手した。
「はい、何でしょうか?」
「この犯人っていうのはあ、あなたか、参加者の誰かなんですかあ?」
思わず、僕はすぐ隣にある彼女の顔を覗き込むところだった。
「ん、ん~? なあなあ夏葵ちゃんってば話聞いてた? そうだって――」
「……いや。逢は一言もそうだ、とは言っていない」
それに釣られ、皇さんが気付く。逢の勝利の為の前提条件とも言えるミスリードに。
一瞬の沈黙の後、愉快そうに口元を歪めた御伽さんが僕と所長を視姦するような目つきで見る。
「へえ。中々どうして、やるじゃないか、逢ちゃんも」
「御伽さん、女性に失礼なことをしないように忠告したはずだが?」
「ああ、悪い悪い。ついね。魅力的だったもんで」
所長が毅然とした様子で御伽さんの視線を散らすが、内心では疑問符の嵐だろう。どうしてあんな目で見られたのかという疑問符でだが。混乱の最中の所長なら御伽さんの言葉を真に受けてしまいかねない。別に所長に魅力がないと言っているわけではない。
「それでえ、どうなんですかあ?」
尚も夏葵さんは追及を続ける。正直、彼女のことはそれほど重要視していなかった。明月さんとは違い、性格こそ普通の人間から逸脱したものを感じるが彼女はただの大学生だと、少し前までの僕と変わらない人間だと決めつけていた! その彼女が、ゲームの内容を流し読みしたのかすら怪しかった彼女が完全に逢の出端を挫いた。と、僕は思っていた。
だが、逢はさらに笑みを深める。嬉しそうに。まるで思い通りに事が運んでいるように。
「ええ、ええ。確かにその通りですわ。夏葵さん、皇さん。私は一言も犯人がゲーム参加者であるとは言ってはいません」
「……っぶねえ、完全にハメられかけてたわけだ。俺たちは」
佐藤さんが平静を取り戻し、逢を見る。完全に疑いの目が僕たちに向いている。しかし意外なことに皇さんはそれを否定した。
「いや、その考えは早計だ。考えてもみたまえ、時子さんと羽都君はこの島に来てまだ半日も経っていない。いくら羽都君に逢が懐いたとはいえ、その可能性は低い。一応確認だが、逢。犯人は一人でいいのかな?」
「はい。それは間違いありません」
「つまり、今日出会ったばかりの二人が犯人とは考えにくい。今の堂々とした様子からは分からないが、逢はともすれば夏葵くん以上の人見知りだ。長い間この島にくるみさんと二人きりだったのだから無理もない。現にこの島で何度かゲームをしたことがある私たちでも前回のゲームでようやくまともに話せるようになった。それでいくらか緩和されたのだとしても、会ったこともない人間をゲームの犯人に設定するだろうか?」
「だけどよ皇、犯人の設定は別にこいつらが来てからでも良いじゃねえか」
「話を聞いていなかったのか、御伽君。何度も顔を合わせている私たちが、と言っただろう。逢が君みたいな軽薄そうな男でも話してくれるのは君のことをじっと観察して、やっと多少の気を許すようになったんだ。確かに羽都君も時子さんも魅力的な人間だが、この短時間でゲームの根幹にある大役を預けるまでの仲になったとは思えない」
「後半は同意だが、前半は言ってなかっただろ……」
「細かいことは気にしないことだ」
ゲームはまだ始まってもいないというのに皇さんの推理が冴え渡る。しかし理解した。彼女が『推理ゲーム』に勝てないわけを。
彼女は優秀すぎる。頭の回転が速すぎる。人のありもしない裏の裏まで読もうとして、失敗する。
人間は彼女ほど複雑に出来てはいないということに気付かない。所長の理想の姿なのでは、と思ったがそれは違う。彼女もまた所長と同じタイプの人間だ。所長を文学者とするなら皇さんは数学者。人間は文学でもなければ数学でもない、だから彼女たちは失敗してしまう。なんてえらそうなことを言えるほど、僕に学はないけれど。
「それにそもそも、逢のような素直な人間が御伽君や佐藤君のような姑息な考えをするわけがないだろう」
「まあ、それは同意かな。逢ちゃんは小動物的なところがあるからね。そう、まさにウサギみたいな!」
「……やれやれ。皇の推理は毎回深読みし過ぎて当てにならねえが、今回は的を射てるかもなあ。ってこたあ、怪しくなってくるのは――」
――昔、推理小説か何かで簡単に犯人の誘導に引っかかる探偵や警官たちを見て、何故だろうと疑問に思ったことがあるが、今ならあの小説の素晴らしさが理解できる。あの小説はまさしく人間を書いていたのだと。
ただし、人間のとても綺麗な部分を。
「では畏れ多いですが、この台詞で説明を締めさせていただきましょう」
そしてそれとは真逆の部分を持つ人間は確かに存在する。それは愛らしい仮面を被っているのかもしれない。
「――――犯人はこの中にいます」
最後の最後に、この状況では誰も気付けないとっておきのヒントを残した悪魔のような少女を見て、そう思った。
◇
所長に「消灯前には戻ります。自分の部屋に。それから参加者でも犯人でもないとはいえ、施錠はしてください」と告げて、僕は教えられた部屋までやってきた。
ちなみに所長へのさっきのゲームの説明と現在の状況については解説を交えて僕から改めて説明した。2,3分沈黙していたが、最後には理解してくれたようだ。けれど。
「――では荘司くん。つまり君は犯人ではないんだね?」
と最後まで聞いて来たのには頭が痛くなりそうだった。僕としては懇切丁寧に分かりやすく説明したつもりなのだが。
……これからさらに頭が痛くなりそうなイベントが待っていることを考えるただけでもう頭が痛くなりそうだ。というか既に痛い。
「僕だけど」
三度ノックし、中に声を掛ける。すぐに「空いてるわ」と返事があった。扉を開き、逢の部屋(か、どうかは定かではないが)に踏み入れる。そこはベッドに寝転がる逢の抱いたヌイグルミ以外は僕たちの部屋と何ら変わりがなかった。
「突っ立ってないで座ったら?」
それもそうかとベッドから少し離れた場所に置かれた椅子に腰かける。
「さて、分かってるわね?」
「……まあ、大体は」
「それじゃあ困るの! いくら設計図が完璧でも、作るあなたが失敗したら意味ないんだから!」
なら自分でやれよと声を大にして言いたい。僕が犯人役とまだバレたくはないので言わないでおくが。
「いい? まず最初のターゲットは――」
翌日。
参加者でも何でもない彼女――明月くるみが殺害された。
現場に残されていたダイイング・メッセージはU.N.known。
……一つだけ、確かなことがある。
――僕は、やってない。
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