Story Ⅰ

「改めて、ようこそいらっしゃいました」

 孤島に建つ唯一の建物である洋館に入った時、明月さんが深々と頭を下げ僕たちを歓迎した。

「既に他の参加者の方々は到着しており、個室に入られております。八時の夕食の際に我が主のあいさつと主催者の方による今回の『推理ゲーム』の説明がございますので、それまでは皇様もご用意したお部屋でお寛ぎ下さい」

「ああ。早起きして寝不足だったから助かるよ」

 皇さんが肩をすくめておどけながら言う。僕が見る限り寝不足とはとても思えない、とは言っても女性が寝不足がどうかを見分けるスキルなど持ち合わせていないが。ちなみに所長の場合は今回の依頼が来た時のように眠ければ寝続ける人なので、彼女に寝不足の日はない。

「前と同じ部屋で良いのかな?」

「はい。只今ご案内いたします」

「構わないよ。それぐらいは覚えているからね。それに今回も使用人はほとんど残ってないんだろう? なら特別ゲストに付いているべきだ」

 所長と僕に微笑んだ皇さんが明月さんから部屋の鍵を受け取ると、来なれた友人宅のような足取りで去っていった。

「明月さん」

「何でございましょうか?」

「皇さんが最後に此処に来たのって――」

「二年程前になります」

 明月さんも相変わらずの微笑みを浮かべて答えた。……自分の事務所の物の場所も忘れてしまう所長にも見習ってもらいたいスキルだった。

「時宮様と羽都様は主がお呼びですので、ご足労いただけますか?」

「はい。けれどその前にお手洗いを貸してもらってもいいですか? 所長は依頼主に会う前に身嗜みを整えないとストレスで推理のキレが落ちてしまうんです」

 対して僕は無表情を、所長は無言で曖昧な笑みを貼り付けていた。

「それでしたら」と案内された化粧室(文字通り、そのまま、それだけの意味での)に曖昧な笑みを貼り付けたままの所長に僕まで引っ張り込まれ、明月さんだけが廊下に残った。

「所長」

「皆まで言うな荘司君。分かってるからちょ、ちょっと待ってくれ」

 すーはーすーはーと何度か深呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吐いて所長は顔を上げた。

「ふう……いやしかし、なんだな」

「?」

「ここまでのお屋敷だとは思わなかった。ひょっとすると私たち、ものすごい依頼を受けたんじゃないかっ?」

 ギャップのせいで子供っぽく見えるが一応大人の所長はこの豪邸に目を輝かせるのではなく、気後れしているようだ。……所長も所長でそれなりに良い所の出、だと思うのだが。あの事務所は両親が用意してくれたそうだし。

「依頼料と此処までの道のりで察してください」

 まあ所長の実家も家族も見たことがないので、ただ単に両親に溺愛されているだけなのかもしれない。

 ちなみに依頼料は所長と僕、合わせて25万である。こういった依頼の報酬の相場というのは分からないが僕からすると探偵業を始めて以来の最高額だ。補足の補足として僕の普段の給料は10万前後であることを付け加えておこう。

「それからもう一度確認ですが、今回僕は所長の助手という立場なので、どうぞ遠慮なく顎でこき使ってください」

「ん、ああ……けど荘司君。普段ならともかく、私を指名している依頼にわざわざ助手だなんて嘘を吐いてまで付いてきたのはやっぱり私が頼りないからかな?」

 若干不満気に、或いは不安気に所長が僕に問いかける。こういう時にこそメッキを塗って毅然としてくれた方が楽なのだが。さて、僕が所長に金魚のフンの如く付いて来たのは知っての通りただのお節介であるが、それを伝えることはしたくない。機嫌を損ねてメッキに皹が入るようなことになればそれこそ僕の邪推が現実になってしまいかねない。

「『推理ゲーム』に興味があったことと一度金持ちに会ってみたかったからですよ。他意はありません」

「……君は時々私を馬鹿にしたような態度になるな」

「そうですか? これでも僕は所長を尊敬していますし、寝るときは事務所に足を向けません。所長を見る度に見えないところで拝み倒しています」

「そういうところがだよ」

 呆れたように苦笑し、所長は女探偵モードに戻る。なんだか大人の対応をされたようで納得がいかない。何故だ。

「分かった。この依頼を終えるまで君は私の助手で、」

「所長は美人探偵というわけですね」

 所長は頷き、くいっと眼鏡を上げた。モードチェンジは完了したらしい。普段なら「か、からかうんじゃない! ……ふぇぇ、美人って言われちゃったよぅ」となるはずなのに。……これはないか、流石に。

 堂々とした様子で化粧室を出ると僕が入った時の姿勢から微動だにしていない明月さんが「参加者の方々に負けないオーラを感じます」と微笑んだ。失笑ではないことを祈ろう。






 ◇






「遠い所からわざわざありがとうございます。時宮さん、羽都さん」

 案内された屋敷の一室、書斎らしき部屋で待っていた主――望月もちづきあきらは想像よりもずっと若かった。所長よりは年上だろうが若々しく爽やかで、大学生と言われたら信じてしまいそうだ。明月さんから青年実業家とは聞いていたが……皇さんのことも考えれば、『推理ゲーム』はかなり若い人たちの集まりなのかもしれない。

「くるみさんもご苦労様。後は静稀たちのことを頼めるかな」

「かしこまりました。では失礼します」

 皇さんの言葉通りならこの屋敷の使用人は少ないそうなので、特別ゲストどころか参加者ですらない僕たちにいつまでも付いているのは無駄だろう。それにいずれは全員と顔を合わせるにしても、人は少ない方が所長のメッキも剥がれにくい。一礼して去っていく明月さんを見送ると望月さんは軽く息を吐いて、僕たちにソファーに腰掛けるよう促した。

「どうも人に命令するという事に慣れなくて。もっと堂々としろ皆にいつも言われてしまいます」

「いえいえ。雑誌で拝見したあなたは様になっていましたよ」

 照れくさそうに頭を掻いて望月さんは笑う。そして雑誌は僕が購入したものだ。

「到着早々お呼び立てしておいてなんですが、僕から改めて説明することはほどんどありません。くるみさんは優秀ですから。ただ一つだけ、今回の主催者のことです」

 明月さんを退室させてから自分で淹れたコーヒーを僕たちに振る舞うと望月さんが口を開く。

「ご存知でしょうが今回のゲームの主催者、逢は僕の妹です」

 穏やかな表情で望月さんは妹について語り始める。それはどれも僕たちも資料で知っていることばかりだったが、彼の妹に対する愛情が伝わってくるようだった。妹に対する愛情、というのは僕には全く理解も共感もできないけれど。というより妹に対して何らかの感情を抱くこと自体、僕には遠い世界に思えた。

「逢は先月、小学5年生になりました。元々病弱であまり学校にも通えず、両親が亡くなってから僕は仕事で忙しくてそばにいることが出来ませんでした。父さんと母さんに会いたいというお願いも、そばに居てほしいというお願いも叶えられなかった……唯一の家族だっていうのに情けない……そんな妹が前回のゲームに参加したいと言い出したのが僕は嬉しかった。初めて、僕にも叶えられるお願いでしたから。まさか勝ってしまうとは思いませんでしたが」

「妹さん、逢さんはどうしてゲームに参加を?」

 僕も抱いた疑問を素早く所長が訪ねてくれた。病弱な小学生が遊ぶゲームには不似合な気がする。

「それが僕にも教えてくれないんです。尋ねてもドラマの影響だとか前から興味があったとか、毎回違う答えが返ってきて」

「成程。もしかするとただお兄さんと一緒に遊びたかっただけなのかもしれませんね」

 優しい笑みを浮かべて所長が言うが、兄で遊びたがる妹ならまだしも兄と遊びたがる妹なんて存在するのだろうか。

「ははは、そうなら嬉しいですね――『推理ゲーム』にはお二人が会った皇さんを始めとして色々な人が参加するので僕も初めは必要な人づきあいとして参加していました。だからこうして時間を作ることが出来ているんですが、それで妹が少しでも楽しんでくれるならこんなに嬉しいことはありません」

 その言葉が嘘偽りのない本心なのだということは僕にも理解できた。やはり共感はできそうもないけれど。

「時宮さんに依頼したのは……こんなことを言うのは失礼ですが、今回のゲームを妹にもっと楽しいものにしたかったからというのも理由の一つです。前回までの僕の結果は散々でしたから、今回は最後まで付き合ってあげたいんです。その為には……情けないですが誰かに力を借りるしかないと思いまして」

「そこで私を選んでくれたのには何か理由が?」

 所長は自ら今回の最大の謎を解きに掛かった。……これは彼女の悪い癖だ。女探偵モードの所長はそうあろうとするあまり、自分が傷つくことにも飛び込んでいく。そしてダメージを受けるのだから始末に悪い。メッキで覆えるのはあくまで外面。内面はやはりどこまでも探偵に相応しからぬ人間のままなのだ。

静稀しずき――ゲームの参加者で、昔から親交のあるあいつに聞いたんです。あいつはギャンブラーで賭け事には滅法強くて「暁、お前を勝たせられる奴を俺が見つけられるか賭けよう」と。そして紹介されたのが時宮探偵事務所でした」

 先ほども名前の出た静稀という人物はやはり参加者だったようだ。これでも所長が選ばれた理由にはまだ謎が残るが、それは後で解くことにしよう。しかしギャンブラーとは……いったいどういう繋がりなのだろう?

「賭けは静稀さんの勝ちですね」

 不敵な笑みを浮かべる所長だったが、「いえ」と望月さんは苦笑した。

「あいつは見つけられないに賭けたんです。「俺が全力で探してやる。だが見つからないだろうな」って」

 ……謎が解けたのかもしれない。何を賭けたのかは分からないが、実績も何もない所長を指名させて勝つつもりか。それに乗る望月さんも望月さんだが……。

「ふふっ、ではあなたの勝ちですよ。望月さん」

 実績も何もないのにここまで不敵になれる所長も大概だ。そのくせ後で泣き出しそうな顔をするのだ、きっと。

「頼もしいですね。静稀の鼻を明かしてやれそうです」

「ええ、必ず」

 結局、僕は一言も口を開かないまま望月さんとの会談は終わった。ただ最後に、

「よかったら逢に会ってあげてください。探偵と助手さんが来ると聞いて興奮していましたから。特に羽都さん、あなたに会うのを楽しみにしていたようです」

 と告げられたのが気になった。探偵の所長はともかく助手の僕に会いたがる理由が分からない。やはり妹は誰の妹でも僕にとって理解できない存在らしい。

 そして。

「ああ……あんなことを言ってしまって、やはり期待させてしまっているだろうか」

 メイド服に着替えた明月さんに案内され、お互いの部屋に引っ込んだ僕と所長だったが、すぐに所長が僕の部屋に乗り込んで来た。

「わざわざあんなことを言う必要はなかったでしょうに」

「だ、だが依頼人を不安にさせるのは探偵としてだな」

「はいはい。所長は中途半端が一番駄目なんですから、どちらかはっきりしてください」

 女探偵モードか、それとも残念モードか。どちらにしても文字にすると残念な感じが拭えない。

「……勝って、次のゲームの主催者になれば開催時期も指定できる。妹さんか彼が勝てば忙しくてもある程度好きな時に遊べるじゃないか。なら勝たせてあげたいだろう、普通」

 残念モードにシフトした所長が本音を言葉にする。

「……それで、どうしますか? まだ時間はありますけど」

 同意することが出来ない僕は何も言わず、話を進めた。

 明月さんに聞いたところ、噂のギャンブラー、御伽静稀さんを始めとした何人かは広間に居るらしい。僕たちとは違って何度も「推理ゲーム」で顔を合わせているのだから、茶飲話にでも興じているのかもしれない。しかし今回は浮気調査でもなければ殺人事件でもない。ゲームの内容すら分からない以上、向かったところで大した成果は上げられないだろう。

「君こそ、妹さんに会いに行かないのかい?」

「……さて、どうしましょうか」

 もう分かるだろうが、僕は妹という人種が苦手である。ごく一般的な家庭で生まれ育ったこの僕だが、あの家庭において妹だけが僕にとっては未知で不明の脅威だった。だからあまり気のりはしない。

「けれどここで行かないのは依頼人に対して不実、ですよね」

「分かってるじゃないか。もしかすると君のその妹嫌いも治るかもしれないよ?」

「嫌いではありません。苦手なだけです」

 もしくは不得意。或いは不得手。そしてそれが得意になることも得手になることも、ない。

「私ももう少し休んだら広間に行ってみるよ」

「引きこもらないでくださいよ」

 安楽椅子探偵もまた、彼女には向いていない。……本当、どうしてこの人は探偵なんてやってるんだろうか。理由を知っていても尚、そう思わずにはいられなかった。






 ◇






「あなたって馬鹿なの?」

 もう一度言おう。いや、誓おう。僕は生涯、妹を得意とすることは出来ないと。

「妹が苦手ってなによ。妹が嫌いな兄ってなによ」

「……君は僕の妹じゃない。だから妹に関して君にどうこう言われる謂れはないんだけれど」

 所長を僕の部屋に残し、望月さんが言っていた妹の部屋に向かおうと通路を曲がると、メイド服姿の明月さん――所長の言わせればようやくメイドとなった明月さんと、僕を理不尽に罵倒し続ける水色のワンピースの少女が待っていた。

「逢様、お客様にそのような態度は……」

「お客様は兄さんでしょ」

 傲岸不遜な妹、逢……、としておこう。逢の代わりに「申し訳ございません」と明月さんが頭を下げる。

 今の罵倒からして盗み聞きしていたのだろう。病弱な子と聞いてはいたけれど随分行動的な子だ。もしかすると望月さんが大げさに受け止めているだけなのかもしれない。

「それで、僕に何か用かな?」

 仕事上、目上の方と接することが多いので自分の口調に違和感が纏わりつく。かといって敬語で接するとこの子を調子づかせてしまいそうだ。

「妹が嫌いなんて人外だとは思わなかったけど、まあいいわ。あなた、私に協力して」

「いいよ。手が届かないのは何処の棚かな?」

「引っ叩くわよ!」

 僕の小粋なジョーク(嘘)が伝わらなかったらしい。また一つ、妹が嫌いになった。あ、いや、苦手になった。

「本当なら本物の探偵がよかったけど、あの人は兄さんが雇った探偵だもの。だからあなたでいいわ。私に協力しなさい」

 もう一度、逢が僕に助力を命じる。依頼主の家族の頼みとあれば協力するのは吝かではないが……。

「いったい何に?」

「『推理ゲーム』よ」

「言われなくとも、助手である僕は粉骨砕身、君のお兄さんの勝利の為に働くつもりだけれど」

「違うわ。私の勝利の為に、粉骨砕身、誠心誠意、協力しなさい」

 微笑む明月さんのそばで、逢は偉そうに僕を指差した。……やれやれ。

「望月さんの、君のお兄さんの承諾が得られたなら僕は構わないよ」

「必要ないわ。もう取ってあるから」

「……」

 明月さんを見る。笑顔が素敵だ。

「……」

 逢を見る。得意顔が何故か似合う。

「……一応、望月さんに確認してみるよ」

「えー! なんでよ! 私の言うことが信じられないっていうの!?」

「無用なトラブルを避けたいだけだよ」

「ああもう、分かった。分かりました。兄さんの許可は取ってません。はい、素直に認めたわ。だから協力して」

 悪びれない逢に、僕はわざとらしく溜め息を吐く。

「僕みたいな助手風情に協力してもらわなくとも、君ならまた勝てるんじゃないか?」

「はあ。やっぱりあなたって馬鹿ね。勿論勝てるわよ。勝つためにあなたにこうして頼み込んでるんじゃない」

「……ごめん、僕には君の言っている意味が分からない」

「だーかーらー!」

 苛立ちを隠そうともせず、逢が声を上げ、手をばたつかせる。

「私の作る謎の、犯人になれって言ってるの!」






 ◇






「あのお、あなたが羽都さんですかあ?」

 広間に辿り着いた僕を出迎えたのは、間延びした口調の女性だった。

「私、夏葵なつきまどかですう」

「はあ。羽都荘司です」

 よく分からないまま自己紹介を完了する。「それじゃ」と夏葵さんは去って行った。……なんだったんだ。

「彼女はマイペースだからね。私もそれなりに親交があるが、彼女には振り回されることもしばしばだ」

「皇さん」

 立ち呆ける僕に次に声を掛けてきたのは船に同乗した皇さん。

「皇さんのような方でも、振り回されるなんてことがあるんですね」

「おいおい、君は私を何だと思ってるんだい?」

「所長を完全無欠とするなら、皇さんは難攻不落ですね」

「無欠――船は駄目なんじゃなかったのかい?」

「いいえ、乗り物が駄目なんです」

「君は嘘吐きだね」

「嘘好きなだけですよ」

「それは……ああ、成程」

 ただの言葉遊び、売り言葉に買い言葉のつもりだったのだが、皇さんは全てを汲んだように笑った。

「ところで逢には会ったかな?」

「……ええ、まあ」

 あれだけで皇さんの言っていた「最大の難易度」の意味が分かった気がする。そして望月さんが身内の評価は適当ではないということも。

「おや、気に入らなかったのかな? あの子みたいな素直で良い子は今時珍しいのに」

「素直で良い子が「推理ゲーム」で勝てるとも思えませんが。ひょっとして前回のは接待だったんですか」

「いいや。前回の勝利は間違いなく逢が勝ち取ったものだ。君の間違いを訂正しておこうか。私たちは時子さんのように探偵でもなければ、君のようにその助手を務めてるわけでもないんだよ。だから勝利の可能性も価値も皆に平等に与えられている」

 まるで歌うように箴言が出てくる人だ。僕なら失笑されてしまうような言葉も、彼女に掛かれば含蓄のある言葉に感じられる。人間としての厚みが違うのだろう。

「もっとも、流石に子供にまで負けるとそれが信じられなくなってくるがね」

 そうオチを着けたところで、僕は気になった点を尋ねた。

「もしかして所長はまだ来ていないんですか?」

 時刻は夜六時を回ったところ。まだ集合には早いが、屋敷に着いたのが一時過ぎだったので既に五時間近く経っている。なのにこの広間には所長の姿が見当たらない。僕の部屋には居なかったが、お願いを無視して引きこもっているのだろうか。

「気になるかい?」

「ええ。助手ですから」

「大変だね。ちなみに時子さんなら奥の遊戯室に居るよ。今頃は御伽君に身包みを剥がされているんじゃないかな」

「慣れてますから。……皇さん、元警察官なんですよね? やる前に止めてください」

「おや、知っていたのか。女性の過去を詮索するなんて、まずは君から逮捕してしまうよ?」

 冗談めかしに笑う今の皇さんからは警察特有の硬さは感じない。

「部屋にあった参加者のリストを見ただけです」

 載っていたのは名前に年齢(女性は非公開)、性別と職業だけだったが。そして他の人が現職なのに皇さんにだけ元が付いていることと所長の職業が名探偵だったことが気になった。特に後者。

「ああ、あれか。無職と書かれるのは嫌だが、いつまでも警官時代を引っ張られるのも複雑だよ」

「……無職だったんですか」

「まあね。再来年、夏葵くんが卒業したら二人仲良く更新してもらうとしよう」

 ……皇さんたちを見る限り、望月さんの言うような必要な人付き合いだとは思えない面々だ。

「はっはっは、君は分かりやすいね」

「……そうでしょうか」

 僕は所長とバランスをとるために無口無表情無頓着を売りにしているつもりなのだが。少なくとも分かりやすい、と言われたことは……所長ぐらいにしかない。それもきっと、勘違いだ。

「そんなことでは、ゲームに勝つのは難しいかもしれないな」

「だから僕たちが参加するわけじゃ――」

「おいおい、あんまり新入りを苛めるなよ」

 ……また新しい人が声を掛けてきた。

「よっ、助手クン」

「どうも……ええと」

「佐藤だ。佐藤さとうゆう。人呼んで動物界のブラックジャックってな」

「ああ、相手にしなくていい。彼の自称だよ。名前も含めてね」

 馴れ馴れしく僕の肩を叩いた佐藤さん――職業、獣医。しかし名前も自称……?

「ひでえなあ、真紀さんは。十二支連続虐殺事件の時は一緒にコンビを組んだ仲だってのに」

「それも君が呼んでいるだけで、しかも後付けだろう。コンビを組んだつもりもない」

 会話から察するに二人は『推理ゲーム』以外でも接点があるようだ。

「気を付けたまえ。彼は君以上に嘘吐きで、嘘好きだ。佐藤悠なんて獣医は存在しない」

「あーあー、真紀さんの言う事なんて気にすんなって。真紀さんももっとしっかり調べてくれよな」

「はあ……」

 曖昧にはぐらかす佐藤さんに、僕も曖昧に頷いた。所長ほどではないが僕も知らない人間は苦手だ。

「ところで助手クン、猫と犬、どっちが好きだ?」

「……猫、ですけど」

「ふんふん、だよなあ! 助手クン、猫っぽいし」

 それとこれとこれとそれに何の関係があるというのだろうか、この人は。

「おーけーおーけー、助手クンとは仲良くなれそうだわ、俺」

 一人納得して頷く佐藤さん。先程の夏葵さんもだし、逢もだが『推理ゲーム』なんてものをする為に集まっているにしてはイメージが合わない人間ばかりだ。これでは所長と皇さんが一番らしい人間に見えてしまう。

「それで君は何をしに出て来たんだ。今までなら時間が過ぎても寝て、くるみさんに起こされているだろう」

「いやあ、それが今回に限って腹が減って寝付けないんだわ。だから亞傘あがささんにお恵みいただこうと思ってさ。よかったら一緒にどう?」

「遠慮する。君も急に押しかけては亞傘さんが驚いてしまうだろう。我慢したまえ」

「それが出来たら苦労しないっての。助手クンはどうよ?」

 亞傘……参加者のリストには載っていなかったから、明月さんと同じ使用人だろう。なら接触する必要性は感じない。それにお腹も空いていない。

「僕も遠慮しておきます。所長が本当に身包みを剥がされる前に止めておきたいので」

「ん? ああ、御伽クンと遊んでるんだっけか。なら俺一人で行くとすっかあ」

 頭を掻きながら佐藤さんは厨房らしき方向へと歩いて行った。広間に来た途端、一気に顔合わせが済んでしまった。後残っているのは御伽さんだけだが……。

「やはり皆気になっているようだね。君たちのことを」

「探偵、だからでしょうか」

「それはそうだ。ゲームとは関係なしの、物珍しさもあるだろう」

「でしょうね。能力的に言えば、警察に居た皇さんの方が上でしょうし」

「警察の仕事は推理じゃないよ。捜査と逮捕だ」

 現実を言えば、探偵の仕事も推理ではないのだが。今回が特殊なだけで。

「だからこのゲームは面白いよ。君たちも釣れないことを言わないで、楽しむといい」

 そんな気楽で居られたら僕も苦労はしないのだけれど。その言葉は飲み込んで、胸に仕舞った。「私はまだ寝たりないので部屋に戻るよ。夜にまた会おう」そう言って皇さんも広間から消えた。

 そうして残ったのは僕と、「……」いつの間にか戻ってきてまるでどこぞの家政婦のように此方を窺う夏葵さんだけ。

「所長には言わない方がいいかな」

 夏葵さんの視線を無視して、遊戯室の扉に手を掛ける。

 逢のこと。皇さんが最高難易度と評した、今回の『推理ゲーム』のこと。余計なことを所長にさせない為にも、余計な世話を僕は焼く。

「……はあ」

 色々な秘め事を溜め息に乗せ、僕は扉を開いた。

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