高飛車エルフはご立腹

「な、なんなのよアンタ……」


 ――え、俺のことか?


「なんで……なんでアンタみたいなのが出てくんのよ!」


 急激な気性の変化と共に繰り出された言葉に反射的に目が開いた。


 女がいる。


 白に赤のアクセントが入った法事用の衣装に身を包んだ、肩までの波がかった金髪の、獣の耳を生やした女である。その女が、誰に対してもこうであろうと思わせる反抗的な目つきで、俺を睨みつけている。


「ちょっと聞いてんの? 人が質問してんだからちゃんと答えなさいよ!」


 耳がピョコリと動いた。


 ――異世界人? 本当に別世界に来てしまったのか?


「あの……ひょっとして俺、君に呼び出されたの?」


 女の言葉から推測した結果を言ってみた。


「あーもう、さっきからそう言ってるじゃない!」


 いや、はじめて聞きましたけど……とは言わず、


「呼び出したのはそっちなんだから、俺は悪くないよね?」


 獣耳けもみみ女はビクンと耳を緊張させ、


「い、痛いところ突いてくるわね。ええ、たしかにその通りよ……あーもう、なにが究極召喚の巻物よ! レアモンだからってわざわざ買ったのに、こんなことになるなら、あんなヘンテコな店に行くんじゃなかったわよ!」


 と、地団太を踏んで悔しがる。なんて気性の荒い獣人なんだ。


「こうなったのも全部あのタヌキ親父のせいよ! ねえ、アンタもそう思うでしょ?」


「え、いや俺は……」


 この獣耳女をどう宥めるかに言葉を選んでいたその時、少し離れた所から、焦燥しきった男の声が耳に届いた。


「リコル! 武器がてんで通じねえ、最強召喚獣はどうなった!」


 その声に思わず振り返る。

 そこで俺は、この世で初めて見る光景に釘付けにされた。


 赤褐色の岩壁に覆われた広大な空間で、鎧を纏った人間やドワーフの混成部隊が、五階建てビル相当の赤黒い竜を相手に、戦いを繰り広げている。


 ――本当に来ちゃったよ異世界。


 防戦を強いられていた戦士の内ひとりに向かって、獣耳女がこう叫ぶ。


「あーもぅうっさいわね、もうちょっとだけ辛抱しなさいよ――」


 ゴブリン親父の言葉を思い出す。


 ――兄ちゃんの心が行きたがっとる所や。


 こんな所、全然想像してなかったんですけど!


「そうよ、仮にもこの私が喚んだんだわ。見た目のヒョロっちさとは裏腹に実はすっごい能力を持ってたりして――」


 どこがやねん。と、あのゴブリン親父がいたらそう言ってたに違いない。とにかく、巻き込まれないうちにさっさとここから離脱しよう。


「ねえ、アンタとりあえずステータス見せなさいよ」


 断れば二三発にさんぱつのカミナリを覚悟しなければならない顔で、獣耳女がそう言ってきた。


「え? そんなのどうやって」


「あーもうじれったいわねえ! パーソナル・インフォメーション・フォースド・ディスカーサー」


 獣耳女が杖を振りながらそう唱えると、俺の目の前の空間に、長方形の青白い光の枠が浮かび上がってきた。彼女が隣に回り込み、その中の電子文字を読み上げていく。


「えーとなになに……げっ、種族ヒューマンとかフツーじゃない! あーもう期待外れもいいとこよ! 言っとくけど私は鬼神クラスを喚び出せる天才ハイエルフ召喚士よ? 今から鬼神になって出直してきなさいよ!」


「え! 君エルフなの? ってイタイイタイ、ちょ、杖」


 彼女は俺の頬に突き刺してきた杖を離し、


「あんたバカにしてんの? 言っとくけど私はエルフの中で最も高貴なハイエルフよ? あんな耳ナシどもと一緒にしないでちょうだい!」


 どこかで聞いたことのあるセリフである。


「で、天職はランナー? 聞いたこともないわね。はあ? レベルいちいいい!?」


 と、驚いたと思いきや愕然と項垂れ、


「最悪だわ。あの親父今度会ったらタダじゃおかないから」


 そこでまた先程の男の声が飛んできた。


「リコル、このままじゃみんなもたねえ!」


「あーもぅ鬱陶しいわね、ヒーリング・オール!」


 エルフ女がそう唱えると、戦士たちの頭上に光の雨が降り注いだ。


「フン、それでちょっとはもつでしょ? ったく、こんな無能連中だって分かってたら絶対組まなかったのに。ハァ、財宝に釣られた私がバカだ……え、なによこれ……ダッシュスキル、レベルMAX!? ちょっと、アンタこれどういうことよ!」


「そんなこと言われても……しかも俺、足ケガしてるし」


 彼女が指差した所を見る。


 999。


 つまり、この女が言ったことが正しければ、俺はダッシュという能力を所持しており、練度は最上限値に達しているということになる。


「ケガ? そんなはずないわよ。その珍しい靴のせいもあるけど、ステータスは絶対嘘をつかない。アンタは心身ともに健康体よ。私を信じなさい」


 医者にも同じような事を言われたことがある。やはりこの痛みは誰にも理解できない。と思いはするが、反論せず、短い溜息をついておざなりに返事をする。


「やっぱり私は天才だわ、プクク……OK前言撤回よ! 正真正銘アンタはこの私が喚んであげたの! ところで、アンタ名前は?」


 すごく嫌な予感がする。


伊勢いせ快人かいと


「ふーん、変わった名前ね。まぁ、折角苦労して喚んであげたんだから相応の働きでもって応えてもらうわよ。いいわねカイト? ちなみに私はリコル。よろしくね」

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