人生史上初の異世界体験をした結果がヤバすぎて草

ユメしばい

奇妙なゴブリン親父との邂逅

 俺は一年前、怪我をした。


 陸上全国大会100メートル決勝戦。足がもつれて転倒し、左足首の靭帯損傷。すでに完治していると医者に言われているが、競技会などの本番になるとなぜか急に痛くなる。理由は不明だ。こんな俺でも使い続けてくれる顧問の先生に忍びなく、本日ついに退部を申し出た。周りから白い目で見られるのも耐えられなかった。


 そんな帰り道の街角で、最近ではとんと見かけない古ぼけた木造りの店を見かけた。軒先の立て看板にはこう書かれている。

 

 ――異世界屋――


「あれ? 確かここって空き地だったよな。いつの間にこんな店が……」


 とりあえず窓越しに中の様子を覗いてみる。所狭しと置かれている骨董品の数々。客はいないようだ。少し興味を惹かれたので、入ってみることにした。


 扉を開けて直ぐの所に、格式高い棚が置いてあった。その上に、不思議な羽根が飾られている。淡い光を帯びた虹色がとても綺麗だ。何の鳥の羽根なのかは想像もつかない。


 値札は貼られていないようだ。好奇心がくすぐられる。


「ちょっとくらい、触っても大丈夫だよな……」


 と、周囲を確かめ恐る恐る手を伸ばしかけたその時、


「100万円」


 ――!


 弾かれるように手を引っ込め、声がした方に首を向けた。だが、誰もいない。空耳と思い、再び手を伸ばしかけようとした正にその時、


「ここやここ」


 今度は条件反射的に下を見た。


 いた。

 たしかに、居たは居たのだが、なんと表現するべきか、ファンタジー小説の挿絵とかに出てくるゴブリンが居るのである。


 ――いや待て、目の錯覚だ。


「あ、ども。……この羽根そんなにするんですか?」


 そのゴブリンにソックリな親父は、誇らしげな笑みを浮かべながら、ふんぞり返ってこう言った。


「最近入荷したレアモンでな、どんな致命傷でも一発で治せるシロモンや。それはそうと兄ちゃん、表の一見さんお断りの看板見えんかったんか? ここは超の付くVIPしか入れん店やで。どない落とし前つけてくれんねん!」


 関西弁を喋るゴブリン似の親父。危険だ。適当に謝って店を出よう。


「そうとは知らず、すみませんでし――」


「ウソや」


 と俺の謝罪を遮って笑い、


「ま、冗談はさておき。この店が見えたってことは兄ちゃんと縁があるんかもしれんの。どや兄ちゃん、こことは別の世界に行ってみいひんか? その旅行、フツーやったら100万すんねんけど今やったら特別にタダで行かしたるで」


「……いや、俺お金もってないんで」


「だからタダやって言うとるやろが! まぁこれも社会勉強や思ていっぺん経験したらええわ」


 という事で軽い説明を聞いて案内されたのが、店の奥にある六畳ほどの狭い部屋だった。小汚いベッドが中央に置かれており、その下には複雑な魔法陣らしき模様が描かれている。そのままベッドに横になり、目を瞑るよう指示される。


 ――あまりの強引さについて来てしまったが、これでどうやって別世界に行くんだ? とはいえ、嘘を言っているような感じでもないし……


「あの、ゴブリン似のおじさん」


「誰がゴブリンや」


「え、だって……」


「だってちゃうわアホンダラ! ワシャ、ゴブリン中でも一等レベルの高いハイゴブリンやで! あんな最下級の昼行燈ひるあんどんどもと一緒にせんといてくれ」


 ――本気で言ってるのか? でも何で関西弁なんだ。


「じゃあ……ゴブおじさん?」


「どついたろか。って、なんも変わってへんやんけ! ったく最近のガキはほんま礼儀っちゅーモンを……で、なんや?」


 ――ま、どうせ帰っても暇だし、時間潰しに付き合ってやろう。それにたとえ嘘だとしても、


「初対面なのに、なんでここまでしてくれるのかなって」


 ――寝て起きるだけの話。あ、しまった、明日は大会の予選……て、辞めたんだ。フッ、もう俺には関係ない。


「縁感じた言うたやろ。て、なに浸ってんねん気持ちわるっ」


 目を閉じていて分からないが、何か粉のようなモノを全身にふりかけられているのを感じる。


 意識はまだ正常だ。


「お、始まったな。兄ちゃん、向こう着いてもあんま羽伸ばし過ぎたらアカンで」


「そういえば、どんな所に着くんですか?」


「兄ちゃんの心が行きたがっとる所や。おーキタキタ。どや、体が浮いてきよる感じがするやろ? 目一杯楽しんでくんねんで」


 そして暫くしてあることを思い出し、


「そうだ、帰るときはどうしたらいいんですか……?」


 ゴブリン親父からの返答はなかった。目蓋の裏で、景色が目まぐるしく変わっているような感覚を覚える。

 眠くなったりは一切ない。意識は、いまだ健在である。

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