第18話

「まあ……ほら、あれ、ご覧になって?」

「田舎者のセンスは独特ですのね」


 やはり普段の私とはかけ離れたドレス姿に一部の生徒たちの陰口が聞こえるが、妥当な評価だと思うので聞き流す。返す言葉もないですし。

 壁の花に徹していた私とフェリアだったけれど、一人の生徒がフェリアにダンスを申し込み、迷った様子のフェリアを私は大丈夫だからと背中を押し、見送った。

 もしかしたら私の知るレイラのようにフェリアやこれから現れるアルベルト様を見て、貴族らしく、淑女らしくありたいと気持ちを新たにする未来もあったのかもしれないけれど、今の私にとってはただ綺麗だと見惚れるだけで、そういった向上心は無縁のものだ。

 それは私が知識としてありえたかもしれない未来を知っているからだけではなく、セシルリアの存在があるかどうかというのも重要なんだと思う。

 他の生徒たちのように陰口ではなく、男爵令嬢なんていう取るに足らない生徒に正面からぶつかってきてくれる存在は貴重だ。

 たとえ私が私でなく、原作知識通りのレイラだったとしても、セシルリアがいない学院で原作通りに進めていただろうか?

 陰口に心を腐らせる事こそなくとも、静かに慎ましやかに学院生活を送っていたのではないだろうか。

 ゲームにおいて、プレイヤーであるレイラの心情は多くは語られない。けれどレイラにとってセシルリアは見返したい相手で、対抗心や反骨心によるものであれ、目標に近い存在だったんじゃないかと思う。

 意地悪ばかりの悪役令嬢で、治癒魔法に目覚めたレイラが救えなかった唯一の人。

 貴族としても魔法使いとしても、レイラの成長に彼女と彼女の死は必要不可欠だった。

 では私はどうだろう?

 私にとってセシルは見返したい、認めてもらいたい相手には違いない。

 実質私の方が年上なのに、セシルの方がよっぽど辛いはずなのに、ちょっと泣いちゃったぐらいでお姉さんみたいに優しくなられて、納得がいかない。

 セシルリアの事を知っていて、なおかつセシルの抱える事情を知っている私をもう少し頼ってくれたらいいのに……ううん、頼ってほしいって思う。

 頼りないかもしれないけど、でも私の秘密を唯一知っているセシルとは対等でありたいと、そう思ってしまう。こういう所も子ども扱いされる原因なのかな。

 またぐるぐるともやもやが渦巻きだして、それを追い払うように頭を振る。

 堂々巡りの思考の中から抜け出ると同時、ホールがざわつく。

 何事か、なんて言うまでもない。

 ホール中央の階段。アルベルトとエスコートされたエルザ様がゆっくりとした足取りで下りてきたところだった。

 誰が二人の登場を知らせたわけでもなく、あのお二人が揃って同じ空間に現れただけで参加者たちの意識は奪われる。

 私の知っている光景スチルでは手を引かれていたのはエルザ様ではなく、セシルリアだった。

 エルザ様のような凛とした表情が見れたのは一瞬だけ。すぐに階下の私を見つけて悪辣な笑みに変わったかと思えば、アルベルト様に話しかけられて頬を赤らめて、そんな百面相の差分で描かれていた。

 ……うん、目標としてはやっぱりエルザ様だね!

 なんて実際に口にしたら男爵令嬢が~、と怒られそうだし、おこがましい自覚もあるので心の中に留めておくとして。

 私の知るレイラのような艱難辛苦を乗り越えて、女として、貴族としての絢爛な幸せを掴みたいわけではなく、慎ましやかに平和に暮らしたいというのが私の願いだけれど、せめて学院にいる内は貴族らしく、淑女らしく、憧れに近づけるように頑張ろう。

 そうすればきっと、セシルだって私を見直すはずだ。目指せ! 頼りがいのある淑女!

 そんな憧れを抱きながらお二人を見上げていると微笑み、お手を振ってくださった。

 周囲では俺だ、私だとひと際大きく黄色い悲鳴が上がっていますが、ふっ、残念、私なのですよ! ……なんて勘違いだったら恥ずかしいので手は振り返さずに笑顔を返しておきます。


「新入生の皆さん、学院には慣れただろうか?」


 ホールの中央に立ったアルベルト様は参加者たちを見まわし、挨拶を行われた。

 アルベルト様が口を開いた途端、黄色い悲鳴も静まり、みんなが一言一句を聞き漏らすまいと聞き入っている。

 最も玉座に近いお方と言えど、学生でありながら周囲を圧倒し、場を支配することが出来るのはアルベルト様自身のカリスマなのだろう。

 生徒会室でお話した時と違い、私も呑まれてしまいそうだ。アルベルト様はご自身の武器を理解し、使いこなしている。

 そしてアルベルト様に勝るとも劣らない存在感を持って登場したエルザ様は後ろで控え、美しさはそのままにアルベルト様を引き立てていた。あれが未来の王妃に相応しい振る舞いかあ……。

 さらに忘れてならないのがいつの間にかアルベルト様たちの近くにこっそりと佇むアデル先輩だ。正装に身を包むアルベルト様と違い、普段と同じ制服姿。だけれどその腰に鞘に納められた剣を帯びている。それがアデル様にとっての正装。騎士としてのこの場に相応しいと考える装い。

 きっと同じタイミングでホールに入ったはずなのに、まるで目立たない存在感。

 いくらアルベルト様のカリスマが凄まじくても巨漢と言える体格のアデル先輩の存在を覆い隠すことは不可能。だというのにああも目立たず、騎士らしく護衛の任に就けているのは先輩の高い実力があってこそだろう。

 王国騎士団というと晴れやかなイメージが強いけれど、アデル先輩は目立つことを嫌い、影から寡黙に役割をこなすことを自身に課している、と私は知識として知っている。


「きっとこの学院に入学するまでにそれぞれが貴族として、魔法使いとして、誇りと自信を培ってきたはずです。けれどこの二週間でそれが揺らいだ者もいるでしょう。僕たち貴族は家に縛られ、閉鎖的な環境に身を置いてきた。世界を、隣人を、守るべき民たちをあまりに知らなすぎた。我が父、いや国王陛下はその視野の狭さを憂い、学院の門を広く開くことをお決めになられた。君たちにも閉じられたまなこを開き、この学院で多くを知ってほしい。貴族は平民を、平民は貴族を、それぞれの立場に囚われることなく、同じ学徒として研鑽に励めるよう、今夜は盃を交わそう」


 この場に平民はいない。セシルもプーカさんも、他の子たちも。

 アルベルト様がそれに気づかないはずがない。

 これはこの場にいる貴族たちに向けた言葉なのだ。

 国の未来を憂いているのは陛下だけでなくアルベルト様も同じ。平民を見下し、その力を見ようともしない貴族たちの意識を改善しようと訴えているんだ。

 簡単なことではないと思う。真摯に聞き入る生徒たちだけれど、その言葉が胸に響き、内に残そうとする者がどれだけいるだろうか。

 今すぐには変われない。だけど、アルベルト様ならいつかきっと、私にそう信じさせてくれるには十分すぎるほど、アルベルト様の言葉には説得力があった。


「んんっ」


 静まり返ったホールにエルザ様の咳払いが響く。

 それを合図にアルベルト様は凛々しかった表情を崩した。


「さて、僕としては来年も生徒会長を続けたい。これ以上お堅い挨拶を続けていると皆さんから反感を買ってしまいそうだから、このぐらいにしておきましょう。今夜の主役は僕ではなく、新入生諸君だ。最後に音頭だけは取らせてもらって、僕たち脇役は隅に引っ込むとしよう」


 雰囲気が和らいだところで学院の給仕たちが生徒たちに果実水が注がれたグラスを配り出す。

 私も受け取り、みんなの手に渡ったことを確認して、アルベルト様が自身のグラスを掲げた。


「王国と学院、そしてそれぞれの未来に!」


 自然と体が動き、追いかけるようにグラスを掲げ、そして。


「乾杯!」


 ホールに祝杯の声が大きく響いた。


「みんな、どうか思い思いに楽しんでほしい!」




 ◇◆◇◆




 そこからはアルベルト様の言葉通り、優雅に、しかし息が詰まるような重い空気ではない夜会が始まった。

 運ばれてきた食事を楽しむ者、ダンスに体を躍らす者、会話に花を咲かせる者、楽しみ方はそれぞれだけど、最初の試験から解放され、学院に入学出来たことを実感して、みんなが笑顔を浮かべていた。

 私は勿論踊る相手も会話をしてくれる相手もフェリアぐらいしかいないので、食事に舌鼓。フェリアは気に掛けてくれてたけど、最初にダンスに誘ってくれた生徒から猛アプローチを受けていたのでそっちに集中してもらった。本当に嫌なら適当な所で逃げてくればいいしね。


「レイラさん。楽しめているかしら?」

「エルザ様。はい、エルザ様や生徒会の方々に開いていただいた夜会ですから。楽しくないはずがありません」


 料理に夢中になっていると、家同士で付き合いのあるご令嬢やご子息たちとお話をしていたエルザ様が落ち着いたのか、わざわざ会いに来てくださった。遠巻きにご令嬢たちが私たちを見てこそこそと話しているけど、エルザ様に倣って気にしないことにする。

 私の言葉に嘘はない。新入生全員が揃っていないことに思う事はあるけれど、私は私で楽しめているんだ。

 実家に居た頃、もっと小さい頃はわんぱくだったけど、その反動でここ数年は貴族らしく、って教育が厳しくされていたから、こういう場で気持ちを楽にできるっていうのは新鮮で、貴族というのも悪くないと思える。

 勿論、本当はみんなで参加できるのが一番良いんだけど。


わたくしは何も。生徒会にゲストとして招待されただですわ」

「この場をより華やかに彩ってくださっているじゃありませんか」

「あら。ふふっ、口説かれているのかしら?」

「いやいやっ、そんなつもりでは!?」


 確かに言葉選びが気障すぎたかと慌てる私を見て、くすくすと上品に笑うエルザ様にからかわれているのだと悟る。

 ううん、こんなことで簡単に動揺してちゃいけない、いけない。


「香水、つけてきてくださったのね」

「はい。フェリアも私が選んで、エルザ様が贈ってくださったものを」

「それは良かった。フェリアさんにもお声を掛けたかったのだけど、邪魔するのは無粋ですものね」

「これならウェルスベリー商会も安泰、なんて口にするのはまだ気が早いですけど」


 当てにするつもりはないけれど、可能性の一つとしてフェリアがとある男性と結ばれる未来を私はっている。

 原作ゲームのバッドエンド……と呼ぶほどに不幸な結末ではないけれど、レイラが誰とも結ばれない未来ではフェリアとその彼の愛の前にグリムニルは敗れるのだ。

 グリムニルがもうこの世にはいない以上、フェリアの恋愛にむやみに立ち入るつもりはないので、思うままに恋をしてほしいなあ、と親友として見守るばかりだ。


「レイラさんはそのような相手はいないのかしら? 声をかける方がきっといると思って今までは様子を見ていたのですけれど」

「いやぁ、こんなドレスを着てる田舎者を相手にしてくれる人は……ああっ、いや! エルザ様を貶めているわけではなくてですねっ!?」


 謙遜、というか純然たる事実を口にして、すぐにエルザ様に対してあまりに失礼だと気付いて謝罪するが、エルザ様はまるで気にしていないようだった。


「まあっ。素敵なドレスだと思いますわよ? わたくしももっと小柄だったら是非着てみたいデザインですわ。見渡す限り、そのドレスを着こなせるのはこの場ではレイラさんだけのようですけど」


 ……お世辞ではなくガチの反応っぽい。

 でもエルザ様ほどになれば流行は乗るものではなく作る側だろうし、センスも群を抜き、先を行っているのかも。

 私の認識も場と時代にそぐわないというだけで、可愛くて素敵なデザインだとは思うし。……自分が着たいとはあまり思えないけど。


「私と同じで小柄なセシルなら、私よりも似合ったかもしれません」


 私より少し背が高いだけの、セシルの黒に混じった赤髪はきっと、このゴシックドレスに良く映えただろうな。

 そういえばセシルリアも黒のドレスで良く似合っていたけれど、彼女の性格には合っていなかった。今のセシルのように落ち着き払ったキャラじゃなく、それこそ私の何倍も子供っぽくて、でも良くも悪くも貴族らしい貴族の令嬢だった彼女には。


「彼女とは親しいんですの?」


 セシルの名前を出すとエルザ様は難しそうな顔をした。

 あのお店でのセシルの態度は慇懃無礼の酷いものだった。でもあそこには通常の香水に混じって取り扱われているモネの香水がある。あの失礼な物言いはセシルなりにエルザ様の身を案じていたからこそだったのだと思う。

 態度のわけを話してしまおうかと考えて、すぐにその考えを否定した。アルベルト様たちが隠して進めている調査を私が話してしまえば、それを知ったエルザ様が私たちを連れて行った責任を感じてしまうかもしれない。知己であるルーナさんを説得しようと乗り込んでいってしまうかもしれない。

 ホールに一緒に現れた時の姿を見てよく分かった。お二人は婚約には至ってないけれど、きっと遠くない将来、そういった関係になる。エルザ様が傷つくことをアルベルト様が望むはずない。


「気を悪くしたのなら申し訳ありませんわ。別に友人を選べ、なんて言うつもりはありませんのよ」


 逡巡していた私を見て勘違いをしたのか、エルザ様は二の句を続けた。

 苦笑するその姿は取り繕っているようには見えない。本心のようだった。


「彼女、わたくしの友人にとてもよく似ているんですの。一瞬見間違えてしまうぐらいに」


 エルザ様は果実水を一口含んで、懐かしむように遠くを見つめた。

 呪いの影響下にあって、それでもセシルにセシルリアを感じたエルザ様。二人には一体どんな繋がりがあったのだろう。少なくともただの公爵令嬢同士、というだけじゃないはずだ。


「セシルリア様のこと、ですよね」

「ええ。存じていらっしゃるの?」

「男爵家の領地に隣接する土地にセンティリア公爵家の別荘地があって、お見かけしたことがあるんです」


 アデル先輩にも話した私がセシルリアを知っている理由づけの作り話をエルザ様にもお伝えする。

 嘘をつくのは申し訳ないけど、私も少なかれセシルリアのことを知っていた方がエルザ様からお話を聞き出しやすいと思ったから。


「領地は正反対の地にあったけれど、同じ公爵家の娘としてあの娘のことは会う前から意識していましたわ。幼かったわたくしは対等の立場の者を欲していましたの。実際に会ってみれば対等なんてとんでもない、世間知らずで礼儀知らずの小娘でしたけどねっ!」


 エルザ様は腕を組んでふんと顔を背けた。

 お淑やかで余裕を崩さないエルザ様もそんな分かりやすく不機嫌な所作をするのかと驚く。

 でもすぐに姿勢を正し、笑みを零した。


「セシルリアと初めて会ったのはわたくしが八歳の時ですわ。アルベルト様がお開きになった親睦会でした。あの娘ったら、その途中でわたくしを呼び出して、アルベルト様に近づかないで! って言い放ったんですのよ? 初対面のこのわたくしに」

「そ、それはなんというか……」


 今のセシルからは想像できない。まさしく私のっているセシルリアの所業だ。


「アルベルト様に一目惚れしたんだそうですわ。幼い初恋、わたくしとしては応援してあげても良かったのに、あの娘ったら聞く耳なんて持たないんですもの。わたくし、そんな愚かな娘が同じ公爵家の娘なのかと思うと耐えられなくて、つい言い返して……いいえ、言い負かしてしまって。それからは会う度に隠れて喧嘩していましたわ。……思い描いていたものとは違う、けれど確かに対等な関係でした」

「その、お話を聞く限りセシルリア様が一方的に突っかかっているような印象があるのですが……?」

「そうね。でもあの娘、打たれ弱いくせに喧嘩っ早いんですもの。その癖何度やってもめげなくて。セシルリアはわたくしを疎ましく思うと同時に、アルベルト様を取られてしまいそうで怖かったと泣きながら言っていました。そもそもアルベルト様は貴女のものではないでしょうと言ったらもっと泣いてましたけど」


 うん……私のっているセシルリアじゃ、どうあがいてもエルザ様には勝てないと思う。

 その光景がありありと想像できる。


「公爵家に生まれ、わたくしと同様に厳しい淑女教育を受けているでしょうに、あんな風に、思うままに振る舞える彼女がわたくしには眩しかったんですわ。我儘で身勝手だけど純粋で、頑固だけれどひねくれていない。あの娘がわたくしを羨んだように、わたくしも彼女が羨ましかったんですわね」


 セシルリアも多分、自分にはないものを持っているエルザ様だからこそ、アルベルト様を取られてしまうことを恐れたんだろう。

 原作でレイラを相手にしているセシルリアに恐れはなかった。自信に溢れていた。それはエルザ様という最大のライバルがいたからこそだったんだ。


「アルベルト様とセシルリアの婚約の話が進み始める頃にはお互いさらに立場に縛られるようになり、セシルリアも婚約が済めば喧嘩をする理由もなくなったはずなのに、その関係は変わりませんでした。ふふっ、使用人に見つからないように喧嘩するのが大変でしたわ。見つかってしまった時にはすぐに取り繕って淑女に戻って、その後で喧嘩するのも楽じゃないと笑い合いました。……わたくしには出来ない振る舞いにわたくしを巻き込むセシルリアは、口にはしないけれど良き友人だと思っていますの」


 セシルリアとの思い出を語るエルザ様の瞳は優しい。

 原作ではセシルリアと入れ替わる形で登場するエルザ様。二人が互いをどう思っていたのか、どんな交流があったのかは語られていなかったけど、この世界では、原作でもきっと二人はそういう、喧嘩友達のような関係を築いていたんだ。

 ……でも、そんなセシルリアは今、セシルとしてアルベルト様と互いを利用し合う、そんな殺伐とした協力関係になっている。

 そこに恋愛感情が残っているようにはとても思えない。一体なにがセシルリアを変えてしまったんだろう。グリムニルの下で一体何があったんだろう。


「だからセシルのことも嫌いになれないんですわ。性格はまるで違うけれど、出会ったばかりの、ただ噛みついてくる頃のセシルリアを思いだすんですもの」


 微笑むエルザ様に安心する。

 エルザ様ならセシルとも上手に付き合ってくれる。いつか呪いが解けたら、セシルリアとももう一度変わらない関係を取り戻せると信じさせてくれる。


「いつかセシルリアにも会わせてあげたいですわね。あの娘がセシルを見たらどうするのかしら。多分、自分に似てるなんて思わないでしょうけれど、是非とも並んだ姿を見てみたいですわ」


 実は二人は同一人物なんで無理ですね、とは言えない。

 だけど、ああ、確かに二人が並んだ姿は見てみたいな。

 私にはどうしても二人を重ねようとしても重ならない部分がたくさんあるけれど、もし二人が別人なら納得もできる。原作通りのセシルリアと今のセシル、そんな二人がどんなことを話すのか、その光景を見てみたい。


わたくしも張り合いがないことですし、早く元気になってほしいですわね。いつまで領地に引きこもっているつもりなのかしら。このままだと本当にわたくしがアルベルト様を奪ってしまうことになってしまいますわ」


 不満気なエルザ様に苦笑する。なんだかセシルにも愛想を尽かされ、エルザ様にも意識されていないアルベルト様が不憫にも思えてきた。すごい恐れ多いし、本人は気にしなさそうだけど。


「経過は順調だと聞いていますのに、セシルリアもこのわたくしが手紙を出しても返事も寄こさないなんて、次に会う時はまたこっぴどく泣かしてあげませんと──」


 それは突然だった。なんの前触れもなく、和やかな夜会を壊される。

 エルザ様の声を塗り潰し、ホール内の喧騒を塗り消して、学院内に耳を覆いたくなるような声が轟いた。

 それは叫びにも似た、獣の咆哮だった。

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