第17話

「終わ……ったぁ!」


 実技試験を終え、その開放感から私は地面へと体を投げだした。

 貴族、淑女にあるまじき姿だけれど、本当に、本当にっ、疲れたから仕方ない。

 入学してまもない最初の試験だから大して重要なものではない。入学試験時と今の自分とでどれだけ成長出来たかを確かめる為の場です、なんてリリエット先生は言っていたけれど、秀でた適性なしという結果で入学試験を突破した私は他の人よりも厳しく、というかみっちりと目覚めた治癒魔法の実力を試験された。

 だけどリリエット先生の指導のおかげでめきめきと治癒魔法の効果を高めていた私は、今回の試験でこの年齢では十分すぎる治癒魔法使いの実力があると認められた。

 私の知っている治癒魔法使い、記憶の中のレイラの最終的な実力にはまだまだ及ばないけれど、それでも先生たちに太鼓判を押されたのは自信に繋がった。未だに治癒以外は使えないけれど、そちらの適性もいずれは目覚めるだろうとも言われた。

 一人でこそこそ練習していた時とは違い、先生たちにそう言ってもらえるとより頑張ろうって気持ちになれるね。


「お疲れ様。でも早く立って」

「はーい」


 私以外は今出来る最大の魔法を一発見せて終わりなので、他の人の試験はもうほとんど終わり、みんなこの後の夜会に向けて準備している。

 残ったのは私とそれを待ってくれていたフェリア、それと──


「ここまでにしましょうか、お二人とも」

「で、でもっ!」


 セシルとプーカさん、魔法が使えないまま居残りを続ける二人だけだった。

 始まってからずっと杖を振り続け、呼吸を荒くしているプーカと違い、セシルの杖は地面を突いたまま動かした様子はない。やっぱり試験でも魔法を使わなかったんだ……。


「大丈夫ですよ、プーカさん。まだ入学したばかりなんですから。魔力の流れは感じますし、今後の授業でも慌てずにじっくりと精霊に語り掛ける事を続けていきましょう」

「……はい」


 五人の先生たちによって行われた試験、他の先生たちが戻ってもリリエット先生だけはぎりぎりまで見守っていたようだけど、未だにプーカさんは魔法が使えないままだ。目に見えて落ち込んでいるのが見て取れる。セシルは相変わらずどこ吹く風と言った感じ。


「セシルさんも、諦めずに続けていきましょうね? 普段の授業にもしっかり出るようにすればすぐに使えるようになりますから」


 無言で頷き返したセシルに苦笑を浮かべ、リリエット先生が私たちにも声を掛けてくれる。


「レイラさん、フェリアさんもお疲れさまでした。お二人は随分と成長しましたね。その調子でこれからも頑張りましょう」

「はいっ」

「はい、先生」

「さ、この後は生徒会主催の夜会ですね。そんなにお堅いものではないですから気持ちを切り替えて楽しんできてくださいっ」


 私たちの試験が終わっても先生たちは色々と忙しいのか、リリエット先生はぱたぱたと小走りで校舎へと向かっていった。

 夜会、かあ。

 フェリアと互いに選び合ったあの香水をセシルにさりげなく確認してもらったら、フェリアの持っている物は大丈夫だったけれど、私の香水にはモネの花が使われていたそうだ。

 セシルに預かってもらおうかとも思ったけれど、選んだのは私たちでも贈ってくださったのはエルザ様だ。

 夜会に出席するのはほとんどが一年生、でも生徒会のアルベルト様たち、それとエルザ様も含めた生徒会に選ばれた一部の上級生が出席する。

 夜会にと勧めてくれたエルザ様も出席されるのにその香水をつけていかない、なんて出来るはずがない。

 学院内でつけても危険はない、とセシルとアルベルト様からもお墨付きをもらっている。予定通り使わせてもらうことにした。

 そっちは心配してないけど、いざって時になって実家から送られてきたドレスを着るのに気後れしてきたなあ……。


「ちなみにですがセシルは出るんですか?」


 他に着れるドレスなんてないし、おなかを括るしかないと自分に言い聞かせつつ、声も掛けずに私たちの隣を通り抜けて女子寮へと向かおうとするセシルを捕まえて尋ねてみる。


「出ると思うか?」

「思いませーん……」


 そりゃそうだよね。

 元公爵令嬢なのに、そういう貴族らしい集まりに出席するセシルの姿が想像できない。あ、でも、


「前に見たワンピースが素敵だったから、ドレス姿も見てみたかったなあ、なんて……」

「必要なら何でも着る。必要ないなら着ない」


 私に甘くなっている今のセシルなら、と思って聞いてみたけど、やっぱりそうなるか。子ども扱いされるならいっそ利用してやろうと強かになっても上手くいかないものだ。

 私の知るセシルリアの夜会衣装は真っ赤な髪が映える黒いドレスだったけれど、黒髪に赤毛が混じっている今のセシルならどんなドレスを着てくるのか、気になっていたのに。


「そもそも貴族様の席だ。平民はお呼びじゃない」

「そんなことは……ないとは言い切れないですけど」


 学院の空気は私の知っているものと変わらない。それに入学したばかりの今の時期なら猶更だ。学院の生徒たちが平民を同じ仲間として受け入れるのはまだまだ先になりそう。


「それじゃあプーカさんもやっぱり……?」


 私たちの後ろで汗を拭って、帰り支度をしていたプーカさんにも話を振ってみる。

 これが最初の会話になるのはどうかとも思ったけれど、同じ平民のセシルが普通に話しているのを見たら少しは話しやすくなるかもしれないと思ったからだ。まあセシルは平民の中でも浮いちゃってるけど……。


「えっ、あ、は、はい……わたしなんか、そんな場にはとても出れないです……」


 ビクリと肩を震わせ、おどおどとした様子で答えるプーカさん。どんどん尻すぼんでいく声に、とても申し訳ない気持ちになってくる。

 プーカさんも入学試験に合格しているのだから社交界での作法も当然知っているはずなのに、それだけ学院の空気に当てられて、貴族に苦手意識を持っているってことだろう。


「あの、それではし、失礼します……」


 逃げるように去っていくプーカさんを見送る事しか出来ず、早く彼女たちも胸を張って学院生活を送れる日が来てほしいと思う。今の私には生徒たちの意識を変えることなんてできないけど……。

 それにしても今のプーカさんの様子、私たち貴族に苦手意識を持っているだけじゃないように見えた。


「なんだか調子悪そうだったけど大丈夫かな……?」


 顔色が悪かったし、呼吸も荒くなっていた。

 試験の後で精神的にも身体的にも疲れていただけだろうか?

 結果の事はリリエット先生が言っていた通り、まだ入学したばかりで、それに何よりまるで気にした様子のないセシルが隣にいたんだし、あまり気に病まないといいんだけど。


「最近はずっとあんな調子だったぞ。魔法が使えなくて追い詰められてるんだろ」


 サボりがちとはいえ、よく二人で杖を振っているセシルがプーカさんの近況を教えてくれた。

 やっぱりプレッシャーはすごいんだろう。見せようとしないだけで、成り上がりのフェリアも同じはずだ。

 家格が低いとはいえ領地を持つ男爵家の生まれの私にはその大変さを分かってあげられない。


「精霊っていうのは気まぐれだ。特に最初の内はな。一度でも成功させれば自然と精霊への呼びかけ方も分かってくる」

「そういうものでしょうか」

「そういうものだ。まあ、あれだけ必死にやって、気まぐれが過ぎる気もするが」


 それじゃあやっぱり根気よく続けていくしかないのかな。

 頑張っているのは私にも伝わってくるんだから、精霊も早く応えてあげればいいのに。


「……セシルはもう少し追い詰められたらどうなの?」


 魔女の弟子としてかなり信頼できる言葉だけれど、悲しいかな、フェリアにとってはセシルもプーカさんと同じで魔法が使えず、しかもサボり魔な生徒の戯言と受け止められるのだった。




 ◇◆◇◆




「ぐぅえっ! ……も、もうちょっと優しくお願いします……」

「こればかりは我慢なさるようお願いします」


 汗を流し、身を清めた後。

 試着室として用意された部屋で私はメイドさんに着つけてもらっていた。カーテンを隔てたすぐ隣でフェリアも同様だ。

 正式な開会はまだだけど、他の人たちはもう既に着替えてホールに集まっている。


「太ったわけじゃないのにこのキツさ……見栄張りすぎじゃないかなあ」


 採寸した時と体形は変わってないんだから、もっとゆったりとしたドレスの方が良かったよ、お母様。


「お似合いです、モンテグロンド様」

「あはは、ありがとうございます」


 それとドレスそのものも。素敵だとは思うけど、やっぱりちょっとなあ。

 特別、奇抜なデザインというわけじゃない。むしろシンプルだ。

 色は漆黒。差し色、というかそれ以外の色は頭に着けた灰色のリボンと生まれつきの茶髪のみ。

 ゴシックドレスと呼べばいいんだろうか。この世界にその呼び方があるのかは知らないけれど。

 なんでも私の普段の子供っぽさとのギャップを狙ったデザインだそうだ。お母様に子供扱いされるのは仕方ないにしても、ギャップがすごすぎて馬子にも衣裳って感じじゃない?

 二択だった真っ白のウェディングドレスモドキよりはマシだけど、やっぱりこうして公の場で着るとなると場違いじゃないか不安になってくる。

 私の知ってるレイラは初めての夜会を楽しみにしていて、このデザインにも疑問を抱かずいつも通りの笑顔を浮かべていたら、現れたセシルリアの大人びたドレス姿と自分を比べて落ち込んでいた。

 私がそうなることはない。でもセシルが夜会に出席しないからといって、私が浮かないというわけでもない。

 せめて表情ぐらいはちゃんと大人っぽく作って、壁の花に徹しよう。あー、でもエルザ様やアルベルト様に見られると思うと恥ずかしいなあ。いやいや、お二人とも人のドレスを見て笑うような方じゃない。それに笑いたい奴には笑わせておけばいいっ!


「レイラ、終わった?」

「うん──って、おおーっ!」

「な、なに……?」


 着替えが終わったフェリアに呼ばれ、カーテンの開けると青のドレスに身を包んだフェリアの姿。つい口を押さえて感嘆の声を漏らしてしまった。

 ボーイッシュなフェリアだけど、ドレス姿は美人の一言に尽きる。っていうか腰細っ。

 凛々しい顔立ちと女性にしては高い身長、女性視点だと格好いいって感想も勿論あるけど、男性から見ればクールビューティーだけど普段と違って肩まで露出した腕や起伏のあるシルエットにフェリアの確かな女性らしさを感じて二度見で惚れ直すこと間違いなしだね。


「流石フェリア、自分の武器を分かってるね……!」

「あ、ありがとう。貴族としてこんな席に出るのは初めてだから、緊張するけど」

「何を言ってるのさ、私よりもよっぽど貴族っぽさが出てるよっ。私なんてこんな人形みたいな……あっ」

「? どうしたの?」

「ちょっと待ってね、やり直させて」


 カーテンを再び閉めてから再公開。


「……ごきげんよう」

「……うん、どしたの?」

「クールに決めなきゃいけないのは私の方だったのを思い出した。どう? 衣装負けしてない?」

「うん……ドレスには合ってるけど、中身を知ってるあたしからすると違和感しかない」


 友情があだとなったか……。

 そもそもフェリア以外の人も私の印象って珍しい治癒魔法が使える田舎のお気楽男爵令嬢ってイメージだよね。ちょっと無口になったからって普段の印象が拭えるわけもない。ダ、ダメージは抑えられるし。


「大丈夫だよ、レイラなら。今までもずっとレイラはレイラらしくやってきてたでしょ」

「……そうだねっ。変に気取っても仕方ない」


 笑いたい人には笑わせておけばいい。それに一番の高笑いをしてくれる人は参加しないんだから。

 私は物語の主役でも、夜会の主役でもない。他にも大勢咲く壁の花の一つというだけ。それでいい。それがいい。。


「行こっか」

「ええ」


 ──晴れやかな気持ちで夜会へと向かう私は、この後起こる事なんてまるで想像も出来ていなかった。

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