第7話

「ありがとう。もう大丈夫ですわ」

「痕になったりしなくて良かったです」


 万が一がないようにと必要以上に魔力を込めた治癒魔法を施し、その疲労感から私は大きく息を吐いた。

 火傷くらいなら簡単に治せるのは分かってたけど、もし彼女の体に痕なんて残ったら大問題なんだよ!?


「治癒魔法を使える一年生が入ったなんて知りませんでしたわ」

「いえいえ! つい最近使えるようになったばかりでまだまだ修行中の身ですのでっ。……申し遅れました、私はレイラ・モンテグロンドと申します」

「そう。レイラさん、覚えておきますわね」

「ありがとうございますっ、光栄です!」


 それを見守っていたフェリアは物言いたげにしていたけど、彼女の手前、私の事は後回しにしているみたい。

 治療が終わった事を確認して、フェリアは大きく頭を下げた。


「エルザ様、この度は大変申し訳ありませんでした!」

「あら、どうして貴女が謝るんですの?」

「私はフェリア・ウェルスベリーと申します。今回の事はこの店を営むウェルスベリー家の不届きが起こしたも当然です。ましてや娘である私がその場に居たにも関わらず、エルザ様にお怪我を負わせるなど……本当に申し訳ありません……っ!」


 フェリアは悪くない。悪いのは誰がどう見てもあの三人組だ。だけどあの暴挙を見てる事しか出来なかったのも事実。

 私も気が気じゃない。あの位も知らない三人組の比ではない力が彼女にはあるのだから。

 それこそ彼女の一言でお店の存続どころかお家取り潰しだってありうるぐらいに。


「まあ、貴女がウェルスベリーの! 学院に入学していたとは聞いていたけれど、貴女がそうでしたの!」

「え、あ、は、はい……」


 けれども彼女はこちらの不安を吹き飛ばすようにフェリアの手を取り、目を輝かせた。

 さっきまでの淑女然とした態度とはまるで違う年頃の少女のような振る舞い、そのギャップにフェリアもたじたじだ。


「そう。それならこんな事になって気が気でなかったでしょうね。貴女を責めたりなどいたしませんわ。あの者は子爵家の娘、位の低い者が高い者に物申すなどわたくしたちの世界では許されていませんもの。貴女の行動は正しいものでしたわ」

「は、はいっ。ありがとうございます……!」

「ああ、本当にわたくしったら余計な真似をしてしまいましたわね。貴女が耐え忍んでいたというのに……」

「いえ、そのような事は! エルザ様が動かずともあの時はあたしも動いてしまっていましたから……」


 この調子なら大丈夫そう。丸く収まってくれて良かった。

 でもまさか此処での彼女とお会いすることになるなんて思わなかったなぁ。


わたくしがした事です。学生の身分ですので我がが、とは言えませんが、この一件はわたくし、エルザ・フォン・ゼスリンクスが預かります。あの三人娘も帰してしまいましたからね。後で間違いなく謝罪に来させましょう」

「エルザ様にそこまでしていただく必要は……」

「構いませんわ。それに先輩の言う事は聞くものですわよ?」


 可愛らしくウインクも添えてそう言われてしまえば、ウェルスベリー家としても学院の後輩としてもそれ以上は何も言えず、フェリアはもう一度深々と頭を下げるのだった。

 この人が、この方がエルザ様……。

 原作では一部ルートで名前が出てくるだけのお方だけど、現実であるこの世界ではモブキャラなんて呼べるはずもない。

 ゼスリンクス公爵家の長女、もう一人の、セシルが平民となっている今では学院唯一の公爵令嬢様なのだから。


「ゼスリンクス様。汚れてしまった御召し物の代わりの制服が届きました。作り置かれていたものなのでまったく同じサイズとはいきませんが、どうかご容赦ください」


 話がまとまったところでロイ君がそう告げると、エルザ様はくすりと笑って、


「流石ですわね。その手際は一流の執事顔負けですわ」

「恐悦至極にございます」

「いくら素敵なデザインといっても使用人の服に袖を通すなんて、学院内の催し事でもなければそれも問題ですものね。立場がなければそれもとても魅力的ですけれど」

「そのような……冗談でもあまりに恐れ多い事です」


 おお、私がデザインしたメイド服はエルザ様にも気に入っていただけているようだ。やっぱりフリフリした服は何処の世界の女の子も、一度は着てみたくなる魅力に溢れてるよね!


「お着替えはメイドが手伝わせていただきます。制服は後程、学院に届けさせていただきますので」

「ありがとう。よろしくお願いしますわ」


 いつの間にかそう言うロイ君の後ろで二人のメイドさんが控えていた。

 お店で働く分には不要なお着替えスキルだけど、その辺りもモンテグロンド家で預かっていた時にメイドさんたちが自主的に言ってきたからお願いして覚えてもらっているから問題ないだろう。勤勉なメイドさんに感謝だね。


「ではあたしたちは一度下がらせていただきます」

「……」

「レイラ?」


 動こうとしない私の名をフェリアが呼ぶが、私は此処で立ち去るわけにはいかない。


「エルザ様、治癒魔法は掛けましたが、何分修行中の身です。服の上からでは十分な効果を発揮できたか分かりませんから、確認させていただいてよろしいでしょうか」

「レイラ!?」


 いや真面目に言ってるんだよ!?

 使用人でもない私が着替えの場に立ち会うなんてどうかと思うけど、それで実は治癒魔法が不完全だったなんてことになるのも問題だもん!


「そ、それは、えっと、その……」


 ああほらぁ! フェリアがそういう反応するからエルザ様も変に意識しちゃってるじゃんか!

 医療行為! 医療行為です!


「よ、よろしくてよ……」


 そして頬を赤らめるエルザ様に、私も意識せざるを得なくなったのでした。




 ◇◆◇◆




 優れたメイドである二人は言葉を発さず、しかし手際よくエルザ様の制服を脱がせ、その下のシャツのボタンを外していく。

 今はまだ必要ないにも関わらず、私はその様子から目を離さず、じっと見つめ、エルザ様も頬を僅かに赤らめつつ私を咎める事はしなかった。

 シャツが脱がされ、次いでロングスカートのホックが外れ、隠されていた真っ白な太ももが露わになっていく。

 この世界にも下着は存在するが、それはパンティーだけでブラジャーはまだ開発されていない。

 つまりは胸こそ腕で隠してあらせられるが、下着一枚以外は生まれたままのエルザ様が私の目の前に立っている。


「……っ」


 いやいやどうしてここで唾を飲み込む私っ。

 雰囲気に当てられるな、女同士だし何より必要な事だからやってるんだぞ!


「そ、その、どうですの……?」

「え、と……すごく、綺麗です……」


 違うそうじゃない。そういう意見を求められているわけではない。


「あ、ありがとうございます……」


 違うそうじゃないんです。そういう反応ではなくさっきみたいな公爵家の淑女然とした態度で叱ってくださいエルザ様。

 ええい、不敬! 不敬だぞ私! 切り替えろ!


「……やはりまだ布を隔てるだけでも効果が薄かったみたいですね。赤くなってしまっています」


 邪な心を捨てて見れば、へその上のお腹の辺りはまだ若干赤みがかってしまっている。

 痛ましさは感じさせない、仄かにと言っていい程度だがエルザ様の体にはその痕さえ許されるべきではない。


「い、痛みはもうありませんから。レイラさんは十分よくやってくれました。気に病む必要はありませんわ」


 見上げればお腹よりもはっきりと頬を染めたエルザ様のお顔がある。

 あんなに格好良かったのに……可愛い人だなぁ。


「その、見ての通り、この程度でしたらもう大丈夫ですからっ。あまり見ないでくださいまし……」

「……失礼いたしました」


 そうだ。患部はもう確認した。

 医療行為とはいえエルザ様は恥ずかしがっているのだから、いつまでも見つめていては不敬だ。


「ではこちらから……今度こそしっかりと治療させていただきますね」

「ひゃんっ」


 エルザ様がこれ以上恥ずかしがらずに済むよう、背後に回って手だけを前に、その細い腰に回す。

 これならエルザ様の白い肌を私の視線で汚すことはない。


「そ、その辺りは何ともありませんわよっ?」

「今は見えずとも、後から腫れてくる可能性もありますから……じっとしていてくださいね?」


 身長がほとんど変わらないエルザ様に後ろから密着すると、自然とお嬢様らしい二つの縦ロール、美しく長い金髪の間から覗く耳元で囁く形になる。

 吐息がその耳に掛かる度、エルザ様は敏感に体を私の腕の中で震わせ、その震えが私に伝わってくる。


「私の手が触れている場所に集中してください。痛みがなくても、魔法が効けば変化を感じ取れるはずですから。恥ずかしがる必要なんてありません。隠さず、感じた事をそのまま口にしてください」

「わ、わかりましっ、たわっ」

「それでは……」


 体内の魔力が両手に集中し、じんわりと熱くなっていく感覚。治癒魔法が発動している証拠だ。

 手の平からさらに向こう、触れているエルザ様に送るようにさらに集中させていく。


「あっ、んっ……その、レイラさんに触れられた部分から、熱くなって、それがお腹の奥にまで伝わってくるみたい、です……」

「その熱を意識して、じんわりと広がっていく熱を感じてください」

「は、はい……っ」


 広がっていく熱を追いかけるように手の平をエルザ様のお腹に這わせ、さらに魔力を込める。

 触れている部分だけでなく、さらに奥へ奥へと届くように──。


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