第4話

 こんにちは! 普通の男爵令嬢、レイラ・モンテグロンドです!

 前世バレの大ピンチに陥った私、一体どうなる!?


「ふうん、前世のゲームで、ねえ」


 こうなりました。

 だって誤魔化しようがないですもん……。


「信じられないかもしれないけど今度こそ本当なんです……だから折らないでください……」


 これ以上叩いても何してもセシルが納得できるような理由は出て来ないので!


「一つ、訊きたい」

「何なりと……」


 最大の秘密を明かしてしまった以上、もう隠さなきゃいけない事なんてない。

 未来の知識を教えるのは良くない事かもしれないけど、セシルがこんな事になっている時点であまり当てにならないし。


「前世の記憶を持っているあんたはレイラ・モンテグロンドなのか。それともレイラじゃない、誰かなのか」

「へ?」


 そう思っていたのに、セシルが尋ねてきたのはそんな哲学的なものだった。

 うーん、どういう意味で捉えればいいんだろう?

 私はレイラで、レイラは私。

 私の知ってる原作ゲームの主人公のレイラとは別物だけど、私がレイラである事に違いはない。


「あんたは、あんたの識っている魔女のように、レイラの身体に乗り移った誰かじゃないのか」

「おっ、おっそろしいこと言わないで下さいよ!? 私は私、レイラ・モンテグロンド本人ですって!」


 そりゃ確かにさっきの話の後だとそう思われても仕方ないのかもしれないけど!

 あんな外道の魔女と一緒にしないでいただきたい! 失礼ですね!


「前世の記憶を取り戻すまでの十三年間の記憶はしっかりありますし、何を見て、何を感じたのかのだってしっかり覚えてます! 今も昔も私は私で、他の誰でもないレイラ本人です!」


 ──何故だろう。

 憤慨しながら答えた私に、ほんの一瞬だけセシルは裏切られたような、羨望が混じった、とても悲痛そうな表情をしているように見えた。

 セシルがそんな表情をする理由もないし、見間違いかもしれないけれど。


「あっそ。まあ、あんたの中身が何なのかはどうでもいいや」

「セシル様から訊いてきたんですよね……!?」

「少し脅されたくらいでペラペラと話すのはどうかと思うけど、未来の知識を吹聴するつもりはないんだろ?」

「スルーですかそうですか……。当たり前ですよ、未来が分かる、なんてとんだ電波女になってしまいます。それに今のセシル様を見てるとこの知識も疑わしくなってきましたし」


 前世の記憶でチートは無理そうだなあ。

 別に治癒魔法に目覚めた時点で生活に困る事はなさそうだし、大してショックでもないけど。


「そのセシル様ってのはやめたら? 他の連中に聞かれたら面倒な事になるよ」

「あ、はい。そうですよね、今のセシル様……セシルは平民って事になってるんですもんね」

「実際ただの平民だよ、私は。それにあんたの呼び方くらいで私と公爵家を結び付ける奴はいない。私は公爵令嬢セシルリアとは無関係の、ただのセシルでしかないんだから」

「それはどういう……そもそもどうしてセシルが平民になんて……? それにどうして私以外、誰もセシルリアだと気付かないんですかっ?」


 私の持つ知識と乖離しているのは今の所セシルだけ。

 これまでこの世界がゲームの世界と疑わないくらいには、知識通りだったのにどうしてセシルだけが?

 一体、セシルに何があったんだろうか。


「答える義理はないな」

「散々訊き出しておいて!?」

「訊きたいなら貴族らしく権力でも振りかざしてみたら?」

「貧乏男爵の娘にそんな権力なんてありません!」


 王都から離れた辺鄙な場所を領地に与えられながらも領民と一緒に土地を盛り立てて頑張っているおかげで、地元に戻れば貴族の娘というより孫か何かみたいな扱いを受ける程度には貴族らしくない貴族なんですから。


「恥をかきたくないなら口を滑らせないようにしなよ」


 セシルは少しだけ口元を緩ませて、対面のベッドから降りる。

 話に夢中だったのと目を離したらその隙に折られそうだったので気付かなかったが、窓の向こうはいつの間にか日が暮れていた。


「それじゃあね、レイラ様」


 呼び止める間もなく、あっさりとセシルは私を解放して医務室から出て行った。

 だけど……、


「あ、あのセシルがレイラ様って……レイラ様って……! きっもち悪い! 鳥肌立った! うわっ、うわっ、うっわぁ!?」


 解釈違いってレベルじゃないよ! もう原作レ〇プだよ!

 ううっ、流石は悪役令嬢、原作と違っていてもレイラへの嫌がらせは健在って事なのか……。




 ◇◆◇◆




 本当なら墓場まで持っていくつもりだった原作知識がバレるなんて、入学早々とんでもない事になってしまった。

 でもその知識があんまり当てにならないって分かったのは収穫だった。

 だけどあのセシルがどうしてその知識と前世なんてこの世界の宗教観にそぐわない話を信用したのかは分からない。いや、信用してもらえなかったら何されてたか分からないんだけど……。

 答えてはくれなかったけど、この世界のセシルも元々平民だったわけじゃない。間違いなく生まれはセンティリア公爵家のはず。

 セシルは私の知ってる未来に心当たりがある、って言ってた。それにアルベルト様の事を呼び捨てにしていた。呼び捨てにするなんて原作からは考えられない。けれど、原作の婚姻関係とは違っていても繋がりはきっとあったはず。

 この世界のセシルは一体何処で私の知識からズレてしまったんだろう?


「レイラ、部屋に押しかけてきたと思ったらずっと難しい顔をしてどうしたの? 食堂でこけて怪我をしたってわけじゃないんでしょ?」

「うん。怪我とか全然。ただちょっと考え事ー」


 怪我はなくともそれ以上に恐ろしい目にはあったけど。


「それは見れば分かるけど……なんであたしの部屋で?」

「誰かに見られてた方が真面目に考えよう、って気にならない?」

「それってただ考えてるフリしてるだけじゃない……?」


 ベッドを貸してと幼馴染のフェリアの部屋に押しかけて十分。

 ここまで何も言わずにベッドを貸してくれていた親友に感謝だ。

 フェリア・ウェルスベリー。原作でもレイラの幼馴染で、イベント以外で今の好感度を教えてくれる親友キャラだった。

 身長が高く金の短髪で整った顔立ちをしているから、まるで男装の麗人にも見える。実際、とあるイベントではかなりのイケメンぶりを発揮し、フェリアが一番の推しキャラだというファンもそれなりに多かった。

 勿論、私が前世の記憶を思い出す以前からの親友だから、原作ではどうだったなんて思ってない。

 元は平民の商家の生まれで、学院に入学する一年前、私が記憶を思い出すきっかけとなった魔物襲撃イベントで魔力に目覚め、魔物を追い払って命を救ってくれた恩人。

 魔力に目覚めたとはいえ、平民は本来魔法学院には入学できない。だけど私の父が娘の命を救ってくれたお礼にと資金援助をして、王都で出店。成功を収め、准男爵の位を購入して貴族となった事で入学が可能になった。

 もっとも平民の入学が今年から許可されたので本来の目的からすると徒労になってしまったのだけど。

 王都での成功で位はともかく財政面では私の実家のモンテグロンド家より裕福だが、元々家族ぐるみの付き合いだったこともあり、関係は良好だ。


「その悩みってあたしには話せない事?」

「うーん……」


 原作知識については話せないけど、セシルの事なら相談してもいいかもしれない。

 セシルは口を滑らせると私が恥をかくと言っていただけで、口止めはしなかったし。


「センティリア公爵家って知ってる?」

「それは勿論知ってるけど……公爵様がどうかしたの?」

「えっと公爵様の事じゃなくて、セシルリア様は分かる?」

「セシルリア様……ああ、昔、魔法の練習中に怪我をして今も静養しているっていう。あたしたちと同い年だったはずよね?」

「静養……?」


 って事は公爵家から追放されて平民になったわけじゃないの?

 それに魔法の練習中に怪我をした、なんて原作ではそんな話はなかった。

 原作では嫌がらせぐらいにしか使われなかったけど、セシルは魔法も含めて成績優秀って設定だったし。


「怪我っていつの話?」

「多分、五年前。お父さんについて王都に行商に行った時に聞いた話だから」


 五年前……それが原作からズレたきっかけ?

 ただの怪我で平民のフリをする事になるなんておかしい、きっと別の何かが起きたんだ。

 公爵家はその何かを隠して、セシルリアは静養している事にされているんだと思う。

 だとしても誰も気づかないのはおかしい。そういう魔法を使っているのか、それともそういう呪いを掛けられているのかは分からないけれど。


「でも急にどうしてセシルリア様の話なんて?」

「昼間、食堂でぶつかったのがセシルリア様だったの」

「ぶつかったのは平民の生徒でしょ?」

「その平民の子がセシルリア様だったの!」


 フェリアは眉間を押さえながら溜息を一つ。


「あのね、レイラ。あたし相手だからいいものの、もしそれが他の貴族やまかり間違って公爵様の耳に入ったら大変だよ? 平民と公爵家の御令嬢を間違えるなんて。あなたもその子も不敬だって罰せられるかも」

「それは……」

「どうしてその子がセシルリア様だって?」

「そ、そのオーラで……」


 あ、今度の溜息はさっきより大きい。そりゃそうだよね……。

 本当は見た目なんだけど、静養中になってるはずのセシルの姿を私が知っているはずがない。

 この学院で私以外で今のセシルとセシルリアを結び付けられる可能性のある人なんて……って、そうだ、アルベルト様!

 原作ではアルベルト様はセシルリアとも幼い頃から付き合いがあった。セシルのズレが五年前からなら、アルベルト様はそれ以前のセシルを、セシルリアを知っているはずだ。

 別にこの世界のセシルの過去を知ってどうこうしようってわけじゃない。原作の流れに戻そうなんてつもりもない。

 これはただの好奇心だ。原作ゲームに限りなく近いこの世界でセシルだけが違う理由。

 アル×セシ応援し隊として活動する為にも、あの高飛車お嬢様だったセシルリアを変えた何かを私は知りたい。


「フェリア、私、明日から頑張る!」


 それに自分でもどうしてか分からないけれど、理屈ではなく、私はあのセシルの事を知りたいと思っている。

 ──仲良くなりたい、とそう思っているのだ。


「うん……うん? ……うん、明日からは講義も始まるし、頑張ろうね? レイラが魔法を使えるようになったらレイモンド様も喜んでくれるよ」

「うんっ!」


 私はレイラ・モンテグロンド。

 私の知っていたレイラはまだ魔法は使えなかった。

 前世の知識なんて持っていなかったし、食堂でセシルとぶつかることもなかった。

 それでもやっぱり私はレイラ・モンテグロンドなんだ。

 持ち前の明るさも、仲良くしたいと思うこの気持ちも、ずっとずっと昔からレイラのままの、私らしさだから。

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