第3話

「レイラ・モンテグロンド。寝ている間にあんたの事は少し調べさせてもらった」

「わ、私の寝込みを!?」

「レイモンド男爵とアニアン夫人の娘、モンテグロンド家次女。姉と弟が一人。十三の時に魔力が発現し、学院の入学資格を得て本日入学。試験の結果、秀でた適性は認められないが学力は優秀。その程度しか書類からは分からなかった」


 自分の両肩を抱き締めて震えたけどセシルは全力スルー。

 私の知ってるセシルなら顔を真っ赤にして反論しそうなものなのに……。

 いきなり襲ってきたことといい、見た目といい、何よりその立場が明らかにおかしい。私の知ってるセシルから大きく乖離してる。


「だが私をセンティリア公爵令嬢と勘違いする程の阿呆にも、調べられる程の何かがあるとも思えない。表面上は真っ白の経歴。あんた、何者だ?」

「そ、それはこっちの台詞です!」


 とりあえずまた急に押し倒されるようなことはなさそうなので、私も声を大にする。

 色々と納得出来ないし理解出来ない。


「どうしてセンティリア公爵令嬢が平民になんてなってるんですか!?」

「次に大声で叫んだら喉を潰す」

「ひえっ……」


 こ、怖い! やっぱりこのセシル、原作の十割増し以上に怖いよ!

 私が前世の記憶を取り戻した事によるバタフライエフェクト? とかいうのじゃ絶対説明できない恐ろしさだよ!


「私がした質問にだけ答えろ」

「拒否権は……」

「あげよう。答えない毎に骨一本でどうだ?」

「……ありがとうございますぅ」


 えへへ、二百回くらい拒否できるよ、えへへ……。


「どうして私がセンティリア公爵家のセシルリアだと?」

「それは見た目で……私が知ってるセシルリア様は燃えるような赤い髪をしていましたけど」


 う、嘘は言ってない。原作でのセシルは真っ赤な長髪だった。

 ……今の赤と黒の髪の姿も知っているけれど、あれはのだから。


「私と会った事があるのか」

「ち、直接お会いするのは今日が初めてです」

「それでどうして私がセシルリアだと思う?」

「それは、その……」


 前世にプレイしたゲームで何百回とお会いしましたから! ……なんて素直に言ったら折られそう……。

 でもこんな事になるなんて思ってもなかったから上手く誤魔化せるような理由が思いつかない……!


「ゆ、夢でお会いしたんです! 私、昔から夢で未来の光景を見る事があって!」


 どんなメルヘン乙女だそれ! ううっ、だってしょうがないじゃん。王国が信仰するヴァルキュリエ教には輪廻転生の概念とかないし、この世界の人に前世がどうのなんて言っても絶対信じてもらえないでしょ!


「予知夢……予知能力があるとでも?」

「そう! そうなんです! 今まで予知夢が外れた事なんてなかったのに、お会いしたセシルリア様が夢と全然違くって!」


 セシルは唇に手をあてて考え込んでいる。

 嘘を吐くなとばっさり切り捨てられるかと思ったけど、半信半疑とはいえ聞いてくれた!


「予知夢で見たセシルリア様は公爵令嬢様で、アルベルト様の婚約者でとてもお綺麗で! だから学院でお会いするのを楽しみにしていたんです!」


 僅かでも私の知ってるセシルの要素が残っていると信じて、ここはおべっかで押し切る!


「アルベルトの婚約者……?」


 駄目みたいです。

 五割増しで声が冷たくなりました。なんか不機嫌になってます。


「それはまた随分と当てにならない予知だな」

「で、でも本当なんです! 出まかせを言ってるわけじゃなくて、本当に見たんです!」


 だから命だけはご勘弁を!

 取り巻きどころかパシリでも何でもしますから!


「……別に疑ってるわけじゃない。ただの男爵令嬢が私とセシルリアを結び付けた時点で普通じゃない方法を使ったっていうのは分かる。それが本当に予知夢で知ったのかは別として、あんたが私をセシルリアと確信していたのは事実だ」


 私の怯えように呆れたのか、セシルは冷たい雰囲気を霧散させてくれた。

 予知夢に関しては疑っているみたいだけど……。

 ということはそれだけ平民のセシルが公爵令嬢のセシルリアだという事実は秘匿されているという事。本当にどうしてそんな事になっているんだろう。


「それで? あんたが予知夢とやらで見たのはそれだけか? もっと先の未来まで見たんじゃないのか」

「そ、れは……」


 それは、伝えていいのだろうか。

 私の知っているセシルとはまるで別人とはいえ、彼女に起こるかもしれない未来を。

 彼女に起こる悲劇を、彼女自身に伝えてしまっていいの?

 私はその悲劇を回避しようと決めた。回避できるとも思っている。

 だけど彼女はそれを受け入れてくれる? プレイヤーとして見ていた私とは違う。他でもない当事者であるセシルは、受け止められるんだろうか。


「まずは親指からか?」

「話します話させてくださいお願いします!」


 選択肢ありませんでしたねそうでした!

 ひ、人が気を遣っているのにこの悪役令嬢は!


「ん」


 偉そうに顎で先を促すセシルに、もう知った事かと腹をくくる。

 どうせ話さなきゃ折られるのなら、話してあげますよ!


「私の見た未来では──」




 ◇◆◇◆




 セシルリア・ルノア・センティリアは原作ゲームにおいて悪役令嬢として、共通ルートに登場するキャラクターだ。

 ゲームでは共通ルートを経て、最も好感度の高いキャラの個別ルートへと分岐する。

 その分岐の直前で、つまり全てのルートでセシルは──死亡する。

 共通ルート終盤に起こる後夜祭イベント。

 文化祭最終日に最も好感度の高いキャラにダンスに誘われるイベントだ。

 アルベルト様以外のキャラの好感度が高ければ、セシルはアルベルト様と。アルベルト様の好感度が高ければ、二番目に高いキャラをパートナーにしてセシルはレイラの前に現れる。

 後夜祭直前、レイラの部屋が荒らされ、用意していたドレスがボロボロにされてしまう。勿論、セシルの仕業だ。大して裕福ではないレイラが学院に持ち込んだドレスは一着だけ。

 その一張羅がなくなったレイラはしかし諦めない。幼馴染で親友のフェリアの力を借りて、彼女のお古のドレスを縫い直して後夜祭の会場に現れるのだ。

 見知らぬドレスを身に纏い現れたレイラにセシルは動揺するが、縫い直したとはいえ、お古の型落ちドレス。

 しかもレイラのパートナーであるはずのキャラが後夜祭が始まろうとしているのに現れない。セシルはレイラをその古臭い格好のせいで見捨てられたのね、と嘲り、見せつけるように自らのパートナーと踊り始める。

 元々自分の自信のなかったレイラはセシルの言葉を真に受け、ドレスの裾を握りしめ、泣き出しそうになりながらも必死にパートナーが現れるのを待つ。

 やがて後夜祭が終わろうとする直前、ついにパートナーが現れる。

 そして恭しくレイラをダンスに誘い、華麗な踊りをセシルへと見せつけるのだ。

 その美しさに嫉妬したセシルはレイラだけでなく、そのパートナーをも侮辱する。

 パートナーを侮辱されたレイラはそこでゲーム中初めて、怒りを露わにし、涙ながらに撤回するようにセシルに迫る。

 意固地になって撤回しないセシルだが、そこでレイラのパートナーの出番だ。

 後夜祭に遅れたのはこれまでレイラに嫌がらせを繰り返していたセシルを告発する為。

 その為にセシルの嫌がらせの証拠、さらには部屋への不法侵入の証拠を掴み、公爵家へと直談判していたと語り、明日にはセンティリア公爵からセシルを公爵家からの追放宣告が為されることを告げる。

 さらには自身のパートナーもその為に協力し、時間を稼ぐためにパートナーとなっていた事を知らされ、セシルは会場から逃げ出す。

 これにて一件落着、レイラの大勝利……で終わるかに思えた後夜祭だが、その後に悲劇が起きる。

 それが魔女、正確には魔女が操る魔物の襲撃だ。

 いやいや剣と魔法の世界だったとしてもこれ恋愛ゲームだよ? いきなり雰囲気変わってない? と私も最初は思ったが、一応共通ルートでも図書館のイベント、キャラによってはデートイベントなどで魔女の存在に触れられていた。

 魔女の名は『不老不屈の魔女』グリムニル。歴史の授業やおとぎ話にも出てくる、古の魔女にして最後の魔女だ。

 その魔女によって操られた魔物が学院を襲い、レイラにも魔物の牙が迫り、それをパートナーが庇う。目の前で大切な人を傷つけられたレイラはそこで治癒魔法に目覚める。

 パートナーや他のキャラクターたちと会場の魔物を撃退したレイラだが、逃げ出したセシルの事を思い出す。

 襲撃の混乱で誰もセシルを追いかける事もせず、一人ぼっちになってしまったセシルが危ないとレイラは走り出し、それを皆が追う。

 そして見つけ出した時にはもう──セシルは瀕死の重傷を負っていた。

 目覚めたばかりの治癒魔法を使い、どうにか助けようと必死になるレイラだが、どんどんと目の前でセシルは弱っていき、やがてゆっくりと息を引き取る。

 最期にセシルは何かを呟こうとしていたが、それが何だったのかはファンの間でも様々な考察がなされていた。

 これまで嫌がらせを受け続け、ドレスの件では犯罪という最後の一線すら超えた仕打ちを受けていたレイラだったが、事切れたセシルの亡骸を抱いて慟哭する。

 そんなレイラとそれを慰めるパートナーの前に、ついに魔女グリムニルが姿を現す。

 グリムニルは不老不死を目指す悪の魔女で、大昔から他人の肉体を乗っ取る事でその力をより強力な物に変え、生き延びてきた存在。

 そんな悪の魔女の次の依り代に選ばれたのがセシルだった。負の感情から力を得るグリムニルにとって、無念と絶望を抱えて死んだセシルは絶好の依り代だったのだ。

 グリムニルはセシルの亡骸に乗り移り、そして姿を変える。

 セシルの燃えるような赤い髪のほとんどが黒く染まり、邪悪な魔女の依り代へと変わってしまう。

 その後、物語に登場するのはセシルの体に乗り移ったグリムニル。

 悪役令嬢、セシルリア・ルノア・センティリアの物語はそこで終わる──。




 ◇◆◇◆




「……と、いうのが私の見たセシル様の未来です……はい……」


 予知夢、という体で原作ゲームにおけるセシルの末路を語り終え(後夜祭のパートナーについては夢の度に変わると言ってぼかした)、私は恐る恐るセシルの表情を伺う。

 未来で自分が死んで、しかもそれが私に嫌がらせをした結果だなんて言われるのは一体どんな気分なんだろうか……で、でも今の私じゃないけどレイラ未来の私だって被害者だし、八つ当たりは勘弁してください……。


「そう」


 けれど、意外にもセシルの反応は淡泊だった。無表情で何を考えているのかは分からないけれど、少なくとも怒っているようには見えない。


「その、怒らないんですか? 荒唐無稽で信じられないにしても、こんな無礼なお話……」

「私がセシルリアだったなら、声を荒げて激怒していただろうな。妄想だったとしても男爵家の娘が公爵家の娘にして良い話じゃない」

「だったらどうして?」

「私はセシルリアじゃない。ただの平民で、ただのセシルだ。貴族様に声を上げるなんて出来るはずもございません」

「その貴族様に手を上げたのは誰ですか……」

「ん?」


 ひいっ! 無表情から笑顔になったのに圧が上がった! 超怖い!


「それにあんたの語った未来がただの妄想じゃないって事も分かった」

「し、信じるんですか!?」


 魔女とか誰も信じてない伝説だし、それに今のセシルと私の語ったゲームのセシルはまるで別人。自分と同一視なんて出来そうにもないのに。


「心当たりがないわけじゃない」

「それって……」


 今のセシルは何がどうなったのか平民になっている。

 だけど今のセシルは原作でグリムニルが乗り移った姿に良く似ている。原作の姿よりも赤い髪がまだ残っているように見えるけれど……もしかして既にグリムニルに乗っ取られている!?


「それに『不老不屈の魔女』なんておとぎ話を大真面目に引っ張り出して嘘を吐くぐらいなら、もっとマシな嘘を考える。随分とスラスラと饒舌に話していたし、場を凌ぐための嘘じゃなく、あんたがそういう未来を見たのは本当なんだろう」


 いや、原作のグリムニルは傲慢で邪悪で恐ろしいキャラだった。いやいやこのセシルも十分に傲慢で邪悪で恐ろしい人だけど、タイプが違う。

 演技をするにしても原作のセシルともグリムニルとも違う性格のキャラを演じる理由はないはず。

 でもだったらどうしてグリムニルが乗り移った時の姿をしているんだろう?

 だけど何はともあれ、


「よ、良かったぁ……これで折られずに済むぅ……」

「ただ」

「はいっ!?」


 まだ何かあるの!?

 まさかエンディングまで語れって言うんじゃないよね!? 語れというならそりゃいくらでも語れるけど……。


「予知夢っていうのは嘘だな」

「そ、そそそそんなわけないじゃないですかー。だったらどうやって未来を知るって言うんです?」


 今話した荒唐無稽な未来に比べたら予知夢なんて十分ありえそうな話じゃないですか!


「あんた、起きた時に私の事を公爵令嬢でって言ったな」

「た、確かに失礼とは思いますけどそれが一体──あ」

「未来の私を知って、悪党と呼ぶならまだ分かる。性悪と呼ぶのなら納得も出来る。だけどって言い回しは出て来ない」


 し、し、しまったぁー!?

 勢いでつい言いなれた言い方をしてしまった!


「あんたは確かにありえたかもしれない未来をってる。だけどその出所は予知夢なんかじゃない……もう一度だけ訊く、あんた、何者だ?」


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