実家から荷物を持って斎場へ戻ると疲れが押し寄せてきた。

 遺族用の待合室にあるソファに体を沈め、息を深く吐くと眠気が襲ってくる。

「塔子」

 声のしたほうを向くと、疲れた泣きそうな目で私を見る母が立っていた。

「いつ帰るの」

「明日、火葬が終わったら」

「そう」

 母は私の隣に座り、

「こっちには帰ってこないのよね?」

「うん。ごめん」

「いいのよ、気にしなくて。かおるもいるし何とかやるわ」

 微笑む。私も口角を上げて応じた。

 通夜が明けても、葬儀が終わっても、私は涙ひとつ流せなかった。

 火葬炉に入っていく棺に、ようやく帰れる、と胸を撫で下ろしたと同時にこんな感情は間違っている、と自責の念が湧く。

 父とは円満だったように思う。

 暴力を振るうこともなかったし、良い思い出もたくさんある。

 成人してからは、私のすることをただ見守ってくれていた。

 なのに今、寂しさすら覚えない。

 何故私は冷静でいられるのだろう。どこで間違えたのだろう。

 思わずぎゅっと唇を噛んだ。早く帰りたい。

 誰かにこの気持ちを聞いてもらいたい。

 お守り代わりに忍ばせていたブレゲ針の時計をそっと取り出す。

 今は静かに時を止め、再びぜんまいが巻かれるのを待っている。

 故郷から遠く離れた町に住む鼎さんの顔が脳裏に浮かんだ。

 斎場から出て天を仰ぐ。

 一面の真っ白な曇り空に一言、ごめんね、と呟いた。

 薄情者でごめん。やはり、涙は出なかった。

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