②
実家から荷物を持って斎場へ戻ると疲れが押し寄せてきた。
遺族用の待合室にあるソファに体を沈め、息を深く吐くと眠気が襲ってくる。
「塔子」
声のしたほうを向くと、疲れた泣きそうな目で私を見る母が立っていた。
「いつ帰るの」
「明日、火葬が終わったら」
「そう」
母は私の隣に座り、
「こっちには帰ってこないのよね?」
「うん。ごめん」
「いいのよ、気にしなくて。
微笑む。私も口角を上げて応じた。
通夜が明けても、葬儀が終わっても、私は涙ひとつ流せなかった。
火葬炉に入っていく棺に、ようやく帰れる、と胸を撫で下ろしたと同時にこんな感情は間違っている、と自責の念が湧く。
父とは円満だったように思う。
暴力を振るうこともなかったし、良い思い出もたくさんある。
成人してからは、私のすることをただ見守ってくれていた。
なのに今、寂しさすら覚えない。
何故私は冷静でいられるのだろう。どこで間違えたのだろう。
思わずぎゅっと唇を噛んだ。早く帰りたい。
誰かにこの気持ちを聞いてもらいたい。
お守り代わりに忍ばせていたブレゲ針の時計をそっと取り出す。
今は静かに時を止め、再びぜんまいが巻かれるのを待っている。
故郷から遠く離れた町に住む鼎さんの顔が脳裏に浮かんだ。
斎場から出て天を仰ぐ。
一面の真っ白な曇り空に一言、ごめんね、と呟いた。
薄情者でごめん。やはり、涙は出なかった。
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