ショートショート「俺のアイドル」
棗りかこ
ショートショート「俺のアイドル」(1話完結)
「あいちゃんって、最高にかわいいよな。」
生協の食堂で、嘉納(かのう)がやにさがった。
「お前も言えよ。」
「あいちゃんか…。」
俺は、つぶやいた。
嘉納と、俺、佐々木は、共にアイドルグループ「SAKURA」の追っかけだった。
「なんだ?元気ないなあ。」
嘉納は、つまらなそうに、愚痴ると、
「じゃあな、次の講義があるから…。」
と、そそくさと席を立った。
「ああ。」
「またな。」
俺は、一人残された。
俺のテンションが落ちていたのには、訳がある。
彼女の栞(しおり)に、追っかけをしていることが、バレたのだ。
彼女は、たまたま見ていた、イベントの映像で、
俺の姿を最前列に発見した。
「良(りょう)って…。」
「タニマチやってたんだ…。」
SAKURAの追っかけは、タニマチと呼ばれ、
クレージーな動作で有名だった。
そして、それは、マスコミの喧伝で、つとに知られていた。
「見たの?」
「うん。」
見られたのか…と、俺は観念した。
イベントの最前列に当選して、
正直舞い上がっていた。
腕も折れよ、とばかり、ペンライトを振り回し、
踊りまくった日の映像…。
栞は、冷たく言い放った。
「別れましょ、私達。」
「私、大人の恋がしたいの。」
上から目線の別れ。
え?と、顔を上げた瞬間、
別れるには惜しい、Fカップが目に入った。
俺は泣きたい気持ちになった。
「あれは、誘われたんだ…。嘉納に。」
嘘が、つるつると、出てきた。
「嘉納くん?彼も、タニマチ?」
栞は、明らかに嘉納を見下すように訊いた。
「最前列だから、タニマチらしくしろって。」
すまん、嘉納。
俺は、心の奥で、嘉納に手を合わせた。
「そう…。嘉納くんのせいなの?」
栞の表情は、少し和らいだ。
「もう、行かないのね?」
栞の追及は、容赦ない響きを持っていた。
ここで、
自分も会員ナンバー3397890なんだと告げようものなら、
容赦ない別れが待っているだろうことは、
俺にも、容易に予想がついた。
「嘉納に誘われて、仕方なく乗っただけだって!」
嘘はいけない…。
だが、栞と別れたくない一心で。
俺は、嘘をつきとおした。
ちなみに、俺は、あい担当ではなくて、サラ担当だ。
否定することは、サラちゃんに申し訳なかったが、
この場を乗り切るためだと、サラちゃんに、
心の底から土下座した。
こうして、俺のタニマチ生活は、
サラの熱愛がすっぱ抜かれるまで、続いた。
さようなら…俺のアイドル。
アイドル取らなくてよかったぜ。
俺は、また、嘘をつぶやいた。
―完―
ショートショート「俺のアイドル」 棗りかこ @natumerikako
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