第8話 ナギの心境の変化

 side ルイーナ


 神殿から帰ってきてからナギちゃんの様子が変だ。


 変とは言っても悪い意味ではなくむしろいい意味でだけどね。


 それまではナギちゃんはわたしに対してどこか一線を引いていたように思う。いや、わたしだけじゃない。ナギちゃんは積極的にこの世界の人と関わろうとしてこなかった。ありていに言えばよそよそしかった。


 それが今はどうだ。


 自分から『猫の耳亭』の従業員に話しかけるのはまだ序の口で、ついこの間は街の人と談笑しているのを見かけた。話を聞くとその日初めて出会った人だという。なんでもきれいな人だったのでナンパしてみたのだとか。いやなにやってんのナギちゃん。


 まあそれはともかく、ナギちゃんが人との関わりに積極的になってくれたのはうれしい。うれしいんだけど、なんかモヤモヤする。


「そりゃあ独占欲だな」

「え?」


 父からモヤモヤの正体を指摘され、私は呆けた声を出す。


「独占欲って……」

「フフ、思い出すなぁ。アタシも母さんが他のやつと楽しくおしゃべりしているのを見るたびに胸がモヤっとしたもんだ」


 独占欲。独占欲かー。うーん……。


「ルイーナ。言っておくけど独占欲を持つのは悪いことじゃないよ。もちろんそれが長じて相手を束縛するようにでもなれば問題だが、ちょっとした『あの子を独り占めしたい』くらいの気持ちなら健全だよ。というより本当に好きなら独占欲が少しでもなければおかしい」

「好き。好きかー。私がナギちゃんのことを……ってえぇ!?」


 頬が熱い。間違いなく今のわたしの顔はまっかっかになっていることだろう。


「どうして……」

「どうしてわかったかって? そんなもの見てればわかるよ。娘のことだからね」


 と言って父さんが私の頭をわしゃわしゃとなでる。


「それにそもそもナギはアンタの好みど真ん中じゃん」

「うぇっ?」

「スラリとしたプロポーションに切れ長の目。スッと通る鼻筋。艶やかな腰まで届く黒髪。アタシもナギを初めて見たときは驚いたよ。まさかこの世にを持つ女が現れるなんてねぇ。もっともあの子は異世界人だったわけだが」


 父さんに私の好みがバレバレなのはさておき、確かにナギちゃんの美貌はすさまじい。わたしが神殿でナギちゃんを初めて見たときは、時を忘れその寝顔に見入ってしまった。


 実を言うとわたしがナギちゃんを発見してからナギちゃんが目を覚ますまで数時間の差があったのだが、神殿の外に出て夕日を目にするまでわたしはそのことに気づかなかった。


「あ、父さん。言っておくけど別に顔だけでナギちゃんを好きになったわけじゃないからね」

「わかってるさ。ルイーナは外見だけで全部を判断するようなタマじゃないってことぐらい」

「父さんから見てどうなの? ナギちゃんはわたしを任せるのに足りる?」

「うーん。欲を言えばルイーナを守れるくらい強くなってもらいたいんだが、魔法も使えないんじゃなぁ……。ま、戦闘力に目をつむればルイーナを任せてもいいかもな。おっともうこんな時間か。そろそろ夕飯の仕込みを始めねぇと」

「忙しい中時間をとってもらってありがとうね。じゃあわたしナギちゃんとお風呂に入ってくるから」

「襲うんじゃねぇぞ」

「……お、襲わないよ!」


 ごめん。恋心を自覚した以上もしかしたら我慢できなくなるかも。


 ☆☆☆


 side ナギ


「あ~ごくらくごくらく」

「あはは。ナギちゃんおっさんくさいよ」


『猫の耳亭』の温泉にて、私とルイーナは肩を並べて湯船につかる。


 心地よい静寂。だがそれは突如ルイーナによって破られた。


「ねえナギちゃん」

「なに?」

「ナギちゃんって元の世界に好きな人いた?」


 好きな人、か。そんなの日本じゃ考えたこともなかった。


「いないよ。急にどうしたの?」

「んー。なんとなく聞きたくなったの」

「そっか」


 なんだろう。このむず痒い会話は。


「ルイーナはいるの? その、好きな人」

「……いるよ」

「っ!?」


 私が異世界に来て一番の衝撃だ。いや、別におかしくはないか。ルイーナはこう見えて私より2つも年上だし、ひとつやふたつ恋愛を経験していても……。


 ズキッ


 胸が痛い。ルイーナが私以外の人と一緒に歩いているのを想像しただけで胸が苦しくなる。


 ああ、そっか。この胸の痛み。これが人を好きになるということ。


 そのとき私は初めて、リルスの命令関係なくルイーナと恋人同士になりたいと思ったんだ。


「ルイーナ!」

「な、なに?」

「ルイーナの好きな人が誰か知らないけど、私はルイーナが好き」

「えっ?」

「ごめん。どうしても言わずにいられなかった。ほかに好きな人がいるのに迷惑かもしれないけど、どうか覚えておいてほしい。私はルイーナが恋愛的な意味で好きだということを」

「えっちょっと、えっ!??!?」


 ルイーナが誰を好きになろうが関係あるもんか。どれだけ時間がかかってもかまわない、私は絶対にルイーナといつか恋人同士になってみせるんだ……!


「あのーナギちゃん。盛り上がってるところ悪いんだけど、わたしの好きな人ってナギちゃんのことだよ?」

「……えっ?」

「まさかナギちゃんの方から告白してくれるとは思ってなかったけど、その、わたしもナギちゃんのことが恋愛的な意味で好きです」

「え~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 どうしよう。理解が追い付かない。


 えーと、つまり私はルイーナが好きで、ルイーナも私のことが好き……。


「まじで?」

「まじのまじなのです。ナギちゃんの全部が好き。その美しい黒髪も、美貌も、体も、においも、性格も、笑った顔も、怒った顔も、ぜーんぶ大好き!」

「私も同じ気持ちだよ。ルイーナの全部が好き。ルイーナがいない世界なんて考えられない」


 なんか私たちすごいことを口走ってる気がする。


「うれしい。うれしいんだけど、ナギちゃんほんとにわたしみたいなちんちくりんな女でいいの?」

「ルイーナはちんちくりんなんかじゃなくて貴重なロリ巨乳枠だから! ルイーナこそ私みたいな平々凡々な女でいいの?」

「ロリ巨乳枠? ナギちゃんが平々凡々……? いろいろ気になるところはあるけどまあいいや。わたしはナギちゃんだからいいんだよ。ナギちゃんと出会ってから毎日が楽しい。ナギちゃんと一緒にいるだけで幸せ。こんな気持ちはじめてだったから」

「私も誰かと一緒にいて楽しい、幸せと思えたのはルイーナが初めてだよ」


 話しているうちに自然に私たちの顔が近づいてく。そしてそのまま――

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