第16話 山津見(やまつみ)の大神
思いもよらぬ、
「ならば、
山津見は、つい好奇心に動かされて口走ってしまった。ところが、大神は、
「戻りたい気持ちはあれど、われが主となるべく人の姿がない。どうじゃ、ここは見ての通り海の底。汝らの命は、すでになきに等しい。命を惜しんでここに参ったわけではなかろう。このまま、あめつちの宮に戻れるとも思ってはおるまい。汝らのだれかひとつ、このわしに身体を委ねる勇者はいないか。」
「いやいや、大したことではない。そのような面をしては、
「
と言うなり、五人は輪になって話を始めた。
「
自信たっぷりに言ったつもりであったが、
「
さらに
「
意外な皆の積極的な申し出に、
「ありがたいことじゃ。こうして皆が、自分のことを差し置いて、務めに励んでくれる。もはや、われらにて誰が相応しいかを考えてみても意味はあるまい。みなの心は、ただひとつ。瀬戸の
「瀬戸の大神さまに申し上げます。ただ今、われら五人で
大神は、五人、一人ひとりを見廻して、礼を言った。「見廻した」といっても姿なき姿なれば、まさにそのような姿を皆は見守っていた。
「さすがに、あめつちの宮の方々。ありがたき申し出になんとお礼を申し上げればよいのか。五人の皆方には、まこと心よりの気持ちを捧げましょう。なれば、今から、瀬戸のわが一族が集まることになっている。その一族の前で、われの思いを伝えましょう。」
そういうと、海の底の
「われらは、サメの一族。瀬戸の海を守る兵士の一族なり。」
「われらは、鯛の一族。海の深きところの番人なり。」
「われらは、エビの一族。海の底を掃除いたしております。」
次々に磐座の前に集まって来た海人たちは、たちどころに所狭しと、一杯になった。
「ここにお集まりの、海に生きるものの皆に申し上げる。われ、人の姿をなくして幾久しい。クジラの身なれば、かつては、年に一度、瀬戸を離れ、紀伊の水道を渡りて大洋に泳ぎ、北洋の海にて、
海人が総出で一堂に会することは、久々の事である。大神が、皆々の前で、何を言おうとするのか、
「今は、瀬戸の海を預かる
会場が、ザワザワとなった。
「
「
「わしらは、海のもんじゃ、
皆々は、大神が海を離れるのではないかと、大きな不安を隠せない様子である。
「だがな、西の海を見よ。このままでは、争いは止むることなく、多くの命を失っても、未だ収まる気配もない。海にこだわりを持ち続けたがために、むしろ、海神の務めを疎かにしてしまったのではないかと、今では、恥ずかしく思っている。」
集まった海人達は、大神の
「
「ここに、われは、
大神の心は決まっているようであるが、誰も、口を開かない。
「いま、われの元に、高天原から五人の若者がまいっておる。西の海に光が射したと言うだけで、この若者たちは、目を輝かせて希望を見出してくれた。あの、闇の海として、われが封印した西の海に希望を示してくれた。」
水底の海に、潮が流れた。小魚の群れが、踊るように周りを取り巻いた。
「どうだ、皆々よ、もう一度、考え直してみようではないか。」
さらに、色とりどりの魚たちが、群れを成した、やってきた。
「われは、今、この若者たちの希望を無駄にはしてはならないと思うた。
すると、皆々の口から、
「もはや、大神さあは、心に決めてござる。」
「西の海を開きなさるか。」
「闇の海に光を。」
「皆には、もう一度われに力を貸していただけるであろうか。」
大神の切々とした決意を海人たちは、黙々と聞いていたが、最後に、大神と共に立ち向かう心意気の声をあげた。
「おおぉぉっ。」
「おおぉぉっ。」
「今日、ここにお出での五人の方々は、淡路のあめつちの宮からお越しいただいた勇気ある若者衆である。日夜、瀬戸の海を巡りてお勤めある重鎮なれば、皆々も一度は見かけたこともあろう。」
五人衆は、まさか、このような場にて、恭しく紹介されようとは思わなかった。一番年下の
「われが姿なきことを知り、五人の若者からは、われの
大神の側近である門戸の神、
「大神さあの心は決まった。さて、ここに集まったものの中に、大神さあの姿を見たものはいるか。」
と、声を掛けたが、誰一人として、応える者はいなかった。
「そうだよなあ、われも、一度も見たことがない。大神さあは、神聖の
そのことが大神様の耳に届いたのであろう。
「ここにお集まりの衆で、われの人の姿を見たものはいないであろう。いつのことであろか、千年か二千年か、もっと前になるかもしれない。われにも人の姿をした時期があった。姿なき大神として瀬戸を預かって参った。だが、今よりは、皆々と同じ姿かたちを成して、ともに、西の海を治めようと思う。」
「やはり、思った通りだ。
姿なき、白鯨(しろくじら)の声は、続いた。
「五人の若者からの申し出があったが、われは、ここにいる
「このことを
まさに、淡路島の衆は、これまで何度も、何度も、事あるごとに大神の返事を待つばかりであった。実は、大神にも事情があったのである。それが、瀬戸の大神、直々に淡路島の訪問となり、
「われ、今日のこの日をどれだけ待ち望んでいたことであろうか。これによりて、
水底の潮が巻き上げて、いか、蛸、かに、鯛、ふぐなどの集団が、
「
「もったいないお言葉に御座います。われ、ふた心なきことをお約束致します。」
ほかの四人の若者も、口を揃えて応えた。
「われら、
「ありがたきかな。まずは、
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