第4話
その日の帰り道、真は遥を無事自宅へ送り届けた。
白石の家は一軒家というよりは木造の御屋敷に近い造りになっていた。
「白石の家って金持ちなんだな。」
「……そんな事ありませんよ。 今日はありがとうございました。 家まで送っていただいて。」
「今日の事の償いだと思ってくれればいいよ。 じゃあ、また夏休み後にね。」
そう言って立ち去ろうとすると。
「あ、あの良かったら電話番号とメールアドレスを交換していただけませんか?」
「あ、うん。 いいよ。」
白石と連絡先を交換し、真も帰宅した。
玄関の扉を開けると仁王立ちした朱音が待っていた。
ちなみに朱音は今年度から鷹揚の中等部三年になり、真とは年子の妹で中等部の剣道部主将でもある。
学校では真面目で優しい優等生として生徒や教師達からの信頼も厚いらしいのだが、最近は何故だか真への当たりが強い思春期真っ盛りである。
「ねぇ。 お兄ちゃん、例のもの買って来てくれたんだよね?」
「あ、いや、買って来てないけど。」
「なんだって?」
妹の声音が急激に下がった。
「いや、コレには色々事情があってとにかく買って来てないんだ。 すまん。」
「兄貴。 そこに土下座。」
「はい!」
こうなってしまっては妹は手がつけられないことを知っている。だからこそ、誠心誠意の謝罪を表した。
土下座というカタチで。
兄の威厳や尊厳などの大切なのモノを捨ててしまっていた男の末路がそこにはあった。
「それでだ。 クソ兄貴。 この後どうなるかわかってるんだろうな?」
「いえ。 わかりません。」
「あ?」
一瞬で場の空気が凍り、自分の妹とは考えたくもない恐ろしい形相の女がそこにいた。
「ふ、不甲斐ない私めにどうか御教授下さい。 朱音様。」
兄が妹にどれだけ屈服したら、こんな言葉が出るだろうか。
コレには流石の朱音も少しは冷静になったようだ。
「……はぁ、しょうがないわね。 じゃあ、一つヒントをあげる。」
「ヒント?」
「何よ? ヒントじゃ物足りないわけ?」
「め、滅相もございません。 十分すぎるお言葉です。」
「そう。 ならいいわ。 教えてあげる。」
「はい。」
「ねぇ、明日から何が始まると思う?」
「夏休みでしょうか?」
「………。」
「コレがヒントですか?」
「それじゃ、明日までには買って来ておいてね。 お兄ちゃん♪」
最後は可愛らしい笑みでそう言うとそそくさとリビングへ向かっていた。
テレビ番組でも見ていていたのだろう。
部屋の向こうからコメディアンの騒がしい
笑い声がする。
玄関にただ一人取り残された真はまたも家を出る羽目になった。
こういう時の為にあの言葉はあるに違いない。
「なんて日だ!」
真はそう叫びながら夜の街へ駆け出した。
正直なところ、朱音が頼んだ例のモノというのは始めからわかっていた。
そして、こうなる事も薄々勘付いてはいた。
だが、余りにも妹の言いなりなるのが癪だった為、試しに少し妹の機嫌を伺うついでだったのだ。
「……はぁ。 全く、兄使いの悪い妹だ。 昔は可愛かったのに、どうしてこうなったんだろ。」
思い当たる節はいくつかあるが今日はもうヘトヘトなので考えるのをやめ、例のモノが売っているコンビニエンスストアへ直行する。
三分ほどで目的の場所に到着し店内を見渡す例のモノは店内に入ってすぐ右の場所に置かれていた。
様々な種類のモノから妹がご所望のものを選びついでにアイスも手に取りレジに向かった。
「お会計合計で三万二百八十六円になります。」
高校一年生がコンビニで支払うには高すぎる額だが真は平然と言われた額を財布から取り出した。
「はぁ、今年もこの時期がやってきたか。」
家に戻ると時刻は二十時を回っていた。
「朱音ー! 買ってきたぞー!」
玄関から呼ぶと二階からドタドタと足を鳴らして朱音が降りてきた。
「わーい! ありがと! お兄ちゃん!」
「ほらコレだろ? 欲しかったモノ。」
そう言って袋からアイスを取り出し朱音に渡そうとするも、渡す直前にアイスを手から落としてしまった。
「違う!」
「ごっぶぁ!」
理由は朱音の見事な正拳突きが真の脇腹を捉えたからである。
「じょ、冗談だから、ほらコレだろ。 欲しかったモノ。」
今度は正真正銘の本物を袋から取り出す。
「そうそう! コレよ! ちゃんと分かってるじゃない。 お兄ちゃん。」
「そ、そうかそれは良かった。 にしても正拳突きってお前……。」
「お兄ちゃんがふざけるからいけないんじゃない。」
「それでも朱音、お前、加減ってもんを知らないのか? 意識飛ぶかと思ったぞ。」
「あー、はいはい次からは気をつけまーす。」
そう言ってまた二階へ上がっていた。 そしてその左手には真が食べる予定だったアイスが掴まれていた。
「あっ! おい朱音! ソレ!」
「それ? アイスのこと?」
「そうだよ! それは俺が食べる為に買ってきたんだぞ! 返せ!」
「嫌よ。」
「何だと!」
「だって、さっき私に渡してきたのはそっちじゃん。 それを後から返してなんて酷いことしないでしょ? 私のお兄ちゃんは。」
そう笑みを浮かばせるのと裏腹に拳を鳴らし牽制する妹であった。
今更、兄妹喧嘩をする気力も体力も今の真には残されていない。
「あー、もういいや。 あげるよ。 今日はもう疲れた。 少し早いけど俺はもう寝るわ。 おやすみ朱音。」
「少し早いって、まだ二十時なんだけど。 まぁいいや、おやすみお兄ちゃん。」
色々あったが今日あったことは全て今日中に解決できた。
そう錯覚し、ようやく深い眠りに就いた真であった。
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