第3話

 夜の校舎前には只ならぬ雰囲気が漂っていた。

「えっ…。 ホントにずっと一緒だったの?」

「だからそうだって言ってるでしょ! 真、アンタ彼女いないでしょ。」

「いないけど……。って今はそんなこと関係ないだろ!」

「じゃあ、何でアンタがこんな写真持ってたのか説明してちょうだい。」

「だから、何回も言うけどそこにいる彼女が………。」

「…はぁ、わかったわ。 取り敢えず今日はこっちで預かっておくから今日はもう遅いし二人とも帰りなさい。」

「あ、いや俺は…。」

「そういや、アンタこんな時間に登校なんて何か忘れ物でもあったわけ?」

「………全部。」

「は?」

「に、荷物、全部忘れてきたんだよ。」

「………ククっ、なにやってるのよアンタは。」

 笑いを堪えずにいる千尋を他所に、二人の会話に置いてけぼりにされた白石が叫んできた。

「あ、あの、私への謝罪がまだなのですか?」

 その瞬間、真の中でずっと引っ掛かっていた物の正体を思い出した。

「あ! そ、そういえば君! 耳、聞こえたの⁉︎」

『へっ?』

 真の質問にポカンとした表情を見せる二人。

「いや、さっきから補聴器みたいなの耳にずっとつけてるから。 もしかしたらっと思って。」

「ああ、これはただのイヤホンですよ?」

 そういうと白石はイヤホンを外してみせる。

「えっ、えっと……そ、そうなんだー、まぁそうだよね。」

 言えない、盛大な勘違いを自分だけがしていたなんて絶対言えない。何とか取り繕うとするも。

「もしかして貴方、私が耳が不自由な女の子なのをいいことに襲ったんですか⁉︎」

(なんて、勘の鋭い奴だ忌々しい。)

「ち、違うってあのときは勝手に体が動いたんだ!」

「か、勝手にって! やっぱり、貴方は正真正銘変態だったんですね! 汚らわしい!」

 これ以上は火に油だと思ったのか、思わぬ所から助け舟が来た。

「まぁ、落ち着け白石。 真にそんな度胸はないよ。」

(いや、もう少し言い方ってもんがあるだろ。)

「あー! もう! 二人して言いたい放題言いやがって! 本当に君の事が心配で動いたって言ってるだろ!」


 その発言の後、少しの間、3人の世界だけ時の流れが遅くなるのを感じた。 

 空白の数秒が経過し………。


「………な、何を言ってるんですか貴方は! 女性に対して!」

 そう叫ぶ白石の顔は赤くなっているようにも見えた。

「あ、いや、そうなんだけど! そうじゃなくて………。」

「この期に及んで、言い訳ですか?」

 流石にここまで言われると後戻りは出来ないと確信した。

「お、屋上の手すりに座ってる君が教室から見えて、もしかしたらあのまま飛んじゃうんじゃないかと思ったら、もう体が動いてて、こんな事初めてで止まらなくて、君を助けようとしたつもりが俺の勝手な誤解で逆に君を困らせることになってしまって………だから本当にごめん!」


 今後、白石と話す機会はないと思っていた。これまでの事を赤裸々に話し、それなりの覚悟も含めて話したつもりだったのだが白石の返答は思ってもみないものだった。


「………正直、あの時は突然のことで私も動揺していました。 勿論、貴方に非はありますが、改めて考えてみると少しだけ私にも非があったのかもしれません。 だから今回の事は特別に不問にします。 貴方も自分の行動には責任を取ってくださいね。」

 彼女の顔はほんの少し怪しい笑みを浮かべていた。

 だが、そんな些細な表情の変化に真が気付くわけもなく。

「あ、ありがとう! これからは気をつけるよ。 えーっと、白石…。」

「白石遥です。 こちらこそ、よろしくお願いしますね。 黒沢真くん。」


「あー、そう言えば真、アンタの荷物ならここにあるわよ。』

 折角、生徒同士が仲直りをしたというのに気怠そうに千尋が話をかけてきた。

「えっ! どうして?」

「白石は二学期から転校して来る予定だったんだけど、本人がどうしても学内を探索したいって聞かなくて、しょうがなく今日連れて来たのよ。 で、その最中にアンタの荷物を見つけてきたのよ。」

「ありがとう! 白石さん!」

 興奮する余り、危なく手を取りそうになるが、何も無かったかのように手を引っ込める。 

 その行動に気づいたのは恐らく千尋だけだ。 なんせ、物凄いジト目でこちらを睨んでいるのだから。

 一日に二度、真からセクハラを受けそうになった当の本人はというと先程までとは違う少し不安な表情になっている。

「……千尋先生、私、そんな荷物持ってきてません。」

「えっ?」

「そもそも私はその間、彼と屋上にいました。」

「でも、確かに貴方が持って来てくれた筈なんだけど。」

「ですから! 私は彼と出会ってからすぐに職員室に向かったので、それと、今日一日で学内構図は大体把握しましたが、屋上からわざわざ西校舎の彼の教室に行くなんて不自然だと思いませんか?」

 確かに、彼女の言う事は筋が通っていて、とても嘘をついている様には見えない。

 三人とも強張った表情のまま考え込み、無言になってしまった。


「今日の事はまた今度ゆっくり話し合いましょうか。 取り敢えず今日はもう帰宅しなさい。」

「うん。」

「また、何かあったら連絡するから。 それから、真、ちゃんと白石を家まで見送るのよ。」

「わ、わかってるよ。」

 そう言うと千尋は職員室の方へ歩き出した。

「それじゃ、帰ろうか白石さん。」

「……はい。 そうですね。 帰りましょうか真君。」

 白石は心ここに在らずの状態だったが、それは真にとって好都合で同情するものでもあった。

 ようやく、待ちに待った夏休みが明日から始まるのであった。

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