第2話

 多くの学生は校長先生の無駄に長い雑談。もとい終業式から解放され、待ち焦がれた夏休みを悠々自適に過ごしてるに違いない。

 そんな中、十九時に学校へ登校する子が何処に居るだろうか。いや、いた。勿論、黒澤真をおいて他にいない。

 玄関を出ると外には若干の明るさが残っていた。

 この時間帯になると部活動に励んでいた生徒も殆どが下校し、生活指導の教師が校内の巡回を始める。

 表門は十八時半に閉鎖されるので、遠回りだが仕方なく裏門へ向かう。

 表門と裏門を繋ぐ回り道は木々に囲まれた細道で光源と言えば今にも寿命を迎えそうな不気味に光る電灯が等間隔に数本あるだけだ。

 黄昏時も過ぎ、辺りも暗くなっているので正直、一人は心細い。

 真は恐怖からか自然と足取りが早くなっていた。

 そんなときだった。

 

「こんばんは」


 不意に後ろから声がした。

 透き通った若い女の声だ。

 突然のことに驚きつつも声のした方を振り向くと、そこには一人の少女がいた。

 深く被った帽子で口から上は隠れているが、淡い紫色のワンピースから生える手足は雪のように白く可憐だ。

 とても生きてる人間の肌とは思えなかった。


「こ、こんばんは」

 真が挨拶を返すと、彼女の口元が綻び嬉しそうに言い放った。


「君には私が見えるのですね?」

「え⁉︎」

 この質問には戸惑いを隠し切れなかった。

「み、見えてるって、どういうこと?」

「んー、これだと伝わらないかぁ。 じゃ、もう少しわかりやすく。」

 そう言うと彼女は両手で白い帽子を取って顔を見せた。が、そこには顔が無かった。

 顔が無いだと少し語弊がある。正しくは目、鼻、口の顔に必要なパーツが何もないのだ。

「う、うわぁあああ‼︎」

 真は一目散に逃げようとするも、あまりの恐怖に腰が砕けその場で倒れてしまう。

「………っ、クク、あははは!」

「じょ、冗談、冗談だからそんなに驚かないで。」

 彼女が一体何を言っているのか分からなかった。

 呆然と座っている真の前で彼女は自分の首に手を当て、薄い白い繊維状の物を首から頭にかけて引き剥がしたのである。

 そこには放課後、屋上で出会ったばかりの彼女の顔が現れた。

「き、君はさっきの!」

「そ、さっき君に襲われかけた者でーす。」

「だ、誰が襲うか! 変な言いがかりはよせ!」

「えー、だって急に後ろから手を出して押し倒したのは君でしょ〜。」

「そうだけど! あのときはそれが最善だと思ったんだよ!」

「でも、結果的には押し倒したんだよね?」

「………ああ。」

「よし! じゃあ、押し倒した事許してあげるから、一つ私と約束して。」

「な、何でだよ!」

「約束してくれないならそれでもいいけど、明日の朝刊の見出しが楽しみね。」

 そう言うと彼女は徐に一枚の写真を見せつけてきた。

 写真の中には倒れた女にのしかかる男がいた。まごう事なき、真と彼女だ。

「何でそんな写真が!」

 焦る真の事など気にも留めず彼女は一人で話に花を咲かせていた。

「んー、そうね。 タイトルは《変態高校生ここに現る!》ってとこかしら。」

「わ、わかった。 わかったから。 約束する!」

「そ、話が早くて助かるわ。」

「………約束じゃなくて脅迫の間違いだろ。」

「おーっといけない。 危なく写真をネットにアップするところだったわ。」

 今度は携帯の画像を見せつける。

「わー。こんな可愛い子と約束できるなんて嬉しいなぁー。」

 誰にでも分かる猿芝居だが、誤魔化すにはこれくらいで丁度いい。

「じゃあ、約束。 あなたの名前を教えて。」

 彼女の表情は真剣そのものでさっきまで冗談(仮)を言っていた彼女と同一人物だとはとても思えない。

「え? そんなのでいいのか?」

「うん」

「く、黒澤真だけど。 本当にそれだけでいいのか?」

「うん。 ありがと。 あと安心してこの写真はあげるし画像も処理しておくから。」

 そう言うと写真を真に手渡し、走り出して行ってしまった。

「何だったんだ、一体。」


 裏門に着くと、二つの人影があった。

 そのうちの一つが真に気づき、ゆっくり近づいてきた。

「ああー! この方です! 私を襲ったのは!」

「……はぁあ⁉︎」

 真が叫んだのは別にこの発言だけが理由じゃない。

 さっき別れたばかりの彼女が目の前にいるのだ。

「何でお前がここにいる⁉︎」

「人のことをいきなりお前呼ばわりなんて、なんて無礼な方なんでしょう! 先生、この学校にはこんな生徒しかいないんですか⁉︎」

 彼女の視線先には一人の女教師が立っていた。

 赤坂千尋。二三歳の新米教師で生徒達のお姉さん的な立ち位置で男女問わず多くの学生から尊敬されている。ルックスも良いので当然だろう。

「はぁ、真。 あんた、白石さん襲ったって本当なの?」

 いかにも面倒くさそうに尋ねてきた。

 因みに、真の家の近くに住んでおり、昔からの顔なじみでもある。

「ご、誤解なんだって! ていうか、いきなりってさっき別れたばっかりじゃん。」

「そうですね、先ほど襲われたばかりですから」

「そーじゃなくて! 写真渡してきただろ俺に!」

「写真?」

「写真ってなんなの真?」

「あ、いやなんでもないんだ千尋姉。」

 あんな写真他人に見せれるわけもなく、何とか話をそらそうとするも。

「教師を名前で呼ぶんじゃない! 馬鹿者!」

 ここにきて、思わぬ地雷を踏んだ。

「すみません! 赤坂先生でした!」

「わかればよろしい。」

 この人に嘘や誤魔化しの類は効かないのは昔から身に染みて理解しているので瞬時に謝罪する。

「で、写真てなんなの、真?」

「あ、いやホントに何もないんだ。」

「・・・真?」

 千尋の声はいつも通りがだが、どこか声に迫力がある。そして、目が笑っていない。

 他の教師なら絶対に見せないが相手が昔から知る千尋であるからこそ諦めがついた。

「はぁーこれだよ。 さっき彼女が俺に渡してきたんだ。」

『え?』

 真の発言に二人はきょとんとした顔を見合わせた。

「白石さんなら、屋上で真に襲われたって言われてから今までずっと一緒だったわよ?」

「………え?」

 すっかり暗くなった世界にはどこか不思議な風が吹いていた。

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