だから僕らは夢を見る
チェダー
第1話
終業のチャイムが鳴り、幾分が経ったことだろうか。
学内に残る生徒は少なく、校内には吹奏楽部の演奏が響き渡り、グラウンドでは各運動部が猛暑の中、小麦色の肌になって練習している。
7月の中旬、不愉快に湿気を帯びた暑苦しい天気である。
教室に一人取り残された
一学期の終業式、つまるところ夏休み前最後の登校日にもかかわらず居残っていることには訳がある。
ある人に呼び出されたというのが都合上、この場面では一番わかりやすい理由だ。だが、約束の時間になってもその人が来る気配はなく、ぼんやりとした時間を送っていた。
今となってはそれはそんな何気ない日常の中の断片的な記憶の一つに過ぎないのだが確かにこの時、「運命」というものを真は感じていた。
完全下校時刻が刻一刻と迫る中、身支度を整え教室の戸締り確認のためカーテンに手を掛けた。
「それ」が目に入ったのはその時だった。
窓の向こう、西校舎の屋上に沈む夕日の中に佇む一つの影が見えた。
その時、どうして自分があんな行動をとったのか。
今でも自分が信じられないが、その時の判断が間違っていたとは1ミリも思わない……とは言い切れない。
確かに、その時の真の行動力には目を見張るものがあった。と、後に何人かが証言している。
所持していたヘッドフォン等の荷物を全て放り投げ、もの凄い勢いで教室を出て行き、陸上選手ばりの脚力で廊下を駆け抜け、二段飛ばしで屋上までの階段を一気に駆け上がっていった、と。
だが、それから先の出来事は誰にも知られていない、はずだ。
階段を駆け上がり、屋上へ繋がる扉に手を掛ける。普段は掛かっているはずの鍵は案の定開いていた。
勢いよく扉を開けると、そこには屋上の手すりに腰を掛け、今にも足を外へと投げ出してしまいそうな勢いでぶらぶらさせている一人の女の子がいた。
「あ、あの!そこで何してるんですか⁉︎」
その子を目視で確認するや否や気がつくと喉から自然と声が出ていた。
こんなに必死に叫んだのは生まれて初めてだった。にも拘らず向こうからの返事はない……。というか、気付く素振りすら見せない。
栗色で肩までしかないボーイッシュな後ろ髪が真を無視して靡いてる。
その後もどんなに叫んでも返事はない。叫びながらも足早に彼女に近づくとあることに気付く。
デカいのだ・・・。身長が。
175、いや180㎝はあるだろうか。
男子の中では低い部類に値する165センチの真とは頭一つ大きい女の子。
とうとう肩に触れられる距離まで近づいた。
近づいてさらに気づく、彼女の両耳に「それ」がかかっていることに。
いい加減、返事がないことにイラつき始めていた真も流石にこれには動揺した。
気が付かないのもしょうがない。
最初から真の声など聴こえていなかったのだから・・・。
いつもの真ならここで引き返していただろう。何もなかったかのように。いや、真に限った話ではない。
放課後の屋上。
耳が不自由であろう見知らぬ女子と二人きり。
こんな状況なら誰だって逃げ出したくなることだろう。
だが、このときの真は違った。
「おい! いい加減、気付けって!」
彼女の肩に手をかけ、強引に屋上へ引き寄せようとした瞬間。
「わっ、ちょっと何なんですか⁉︎」
「えっ⁉︎」
「「なっ⁉︎」」
突然のことに驚き、真の腕を振り払おうとした彼女の肘が真の胸を直撃し、思わず噎せそうになるが、そんな暇も無く今度はバランスを崩した彼女の下敷きになった。
「ってぇ!」
「いった〜!」
倒れた瞬間はお互い痛がっていたが、しばらくして・・・。
「急に何なんですか⁉︎ 後ろから‼︎」
「・・・え?」
思いも寄らない反応に戸惑いを隠せずにいる真に畳み掛けるように罵詈雑言の質問攻めをしてくる彼女。
「女の子の肩を後ろから触ろうとするなんてサイテーです‼︎ 変態!」
「い、いや、君がそんなところに居たのがいけないんだろ!」
流石に言われぱっなしは癪だったので反論を試みるも。
「何ですか? 私がここにいたのがダメだったんですか? そんな権限、貴方にあるんですか? それとも屋上の手摺に座っちゃいけませんって法律でもあるんですか?」
「そ、そんな法律あるわけないだろ!」
「じゃあ私、悪くないじゃないですか!」
「め、めんどくせぇ〜!」と心の中で叫んだ真であった。
「ねぇ、聞いてるの⁉︎ 君に聞いてるんだけど!」
「ん? はぁ、もういいや。 じゃあ、もう俺帰るから。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! こっちの話はまだ終わってないんですけど!」なんてことを彼女は最後まで言っていたが、無視して帰宅した。
実際のところ、早く一人になりたかった。
危機的状況だったとはいえ、普段の自分とは掛け離れた行動をとってしまったこと。
一方的な思い違いで知らない女の子に声を掛けた上に、体に触れてしまったこと。
いろんな思いが後から込み上げて、自分の中で整理がつかなくなってしまったのだ。
あのときは、あの子があのまま飛び降りてしまう。
自分と同じくらいの年齢の女の子が目の前で自ら命を絶ってしまう、と。本能的に感じてしまったのだ。
普段なら脳をフル回転させて最善の判断を考えていたはずだが、切羽詰った真の体は脳を頼らず脊髄反射で動いてしまった。
その結果がこれだ。
今でもあの時の自分の行動を振り返ると恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
でも、何か違和感があった気がする。
帰り道、真はずっと二人の行動を振り返っていた。
会話中には特に引っかかるものはなかった。だが、確かに何か忘れている気がする。
「何だろ。 この違和感。」などと呟いている間に自宅に着いた。
それもそのはず、真が通う
真の家から徒歩2分という近さである。考える時間もない。
帰宅してすぐ二階の自室のベットに転がり込む。
一階で妹の
気持ちを落ち着かせるため音楽でも聞こうと制服のポケットからスマホを取り出し、ヘッドフォンと接続させようとしたところで、気付いた。
「・・・しまった。 荷物、全部教室だ。」
どれだけ自分が動揺していたのか再度思い知らされる。
荷物の中にはヘッドフォンの他にも不必要な夏休みの課題がある。なんせ明日から夏休み。意地でも取りに戻る必要があった。
時刻はすでに一九時を回っていたが、今ならギリギリ間に合う。
夕暮れの中、高校に向かって走り出す真であった。
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