第5話 焦る男

 待ち人、来ず。


 何杯目かわからないコーヒーを飲みながら、俺は女と行った初詣で引いた御神籤の内容を思い出す。


 末吉と大きく書かれた御神籤には、待ち人来ず、と書かれていた。


 確か健康運も仕事運も良い事が書いてなくて、これは凶だろう、などと女と笑いあっていたものだ。


 こう御神籤の内容をことあるごとに思い出してしまうのは、女にも女々しいと馬鹿にされていたので悪い癖だと思うのだが、こうも女が来ないと思い出さざるを得ない。


 アルバイトが新年早々パチンコの話なんかしてる神社の御神籤だから当たるまいと思っていたが、どうも神様は手を抜かない様だ。


 女店主が帰ってきた。


 ブラックコーヒーに飽きて、ミルクと砂糖で味を変えてみたりしてた頃だ。


 ごめんねー、なんて手をヒラヒラさせながら軽い謝罪をしていた。


 相変わらずの色々と厳しいボディコン姿で目を合わせるのが辛かった。


 外に行くときだけなの、と店の奥で着替えてくると化粧も落としエプロンを付けた質素な姿になった。


 まるで、マジックショーの様だ。


 ミルクと砂糖で色の変わった甘ったるいコーヒーを眺めながら、やはりシンプルなのが一番だと思った。


 結婚は考えている、しかし、今俺には借金があってこのままじゃ二人で幸せになれるか不安なんだ。


 女から結婚をとあらゆる伏線を張られ出した時に言う、常套句。


 借金の言葉に引いた女とはそこでお別れ。


 借金の言葉に、これから一緒に返していきましょう、と言う女ともそこでお別れ。


 借金の言葉に、いくらなの私立て替えてあげる、と言い出す女が商売相手。


 こちらは二人の思い出や二人の夢を提供し買ってもらう。


 ホストみたいなものだ。


 ただ時折割りに合わない事もあるが、それは大物を狙った釣りみたいなものだ。


 世界を釣る、みたいな。


 こういう仕事も業界みたいな繋がりがある。


 商売相手の女とは商売終了後跡形もなく繋がりを消すのだが、業界みたいな繋がりは消したくても消せない仕組みになっている。


 基本的にはバックアップなどを担当してくれてたりして、サポート面ではありがたいのだが。


 難点は、会員費だ。


 上納金とも言う。


 仕事が仕事だけに儲けも多いが、それを見越した上納金は馬鹿かと思う金額だ。


 かといってケチを付けて払わなければ、待っているのは暴力と監獄。


 他人様に、当然の報い、と言われてしまう結果しか待っていない。


 待ち人は来ない。


 大丈夫、近々お金が入る予定なの。


 怪しい物言いだったが、瞳を輝かせ俺の手を握る女を信じた。


 少し俺と似ている感じがしたからだろう。


 女の金の工面の仕方も、誰かを騙すかゆするか。


 そして、輝いた瞳がいつもの仕事の成功の証だった。


 成功の証だった、はずなのに女は来ない。


 待ち合わせの時間をAMとPMで間違えているのかと思うほど、女は来ない。


 バレてしまったのだろうか?


 俺が結婚詐欺だと言うことが。


 あの女は瞳を輝かせながら、俺の正体に気づいていたのだろうか?


 だとすると、連絡すら取るのは危うい。


 いや、この待ち合わせ場所に居続けるのも不味い。


 とはいえ、女が持ってくる予定の金が無ければ上納金に足りない。


 アイツら、また吊り上げやがった。


 バレたのか、バレていないのか。


 賭けるべきはどちらだ?


 バレたとして、何処でバレた?


 バレたとして、上納金はどうする?


 クソ、ゴチャゴチャとしてきやがった。


 だから俺はシンプルなのが好きなんだ。


 バレたってならここに現れてビンタ一つでも食らった方がまだマシだ。


 来ないってのは一体、どう意味を伏してやがるんだっ!?

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