第4話 突きつけられる女
仕事に向かう今朝の事。
毎朝の弛みで出勤時間までにあまり余裕が無い私を、ある一人の女性が呼び止めた。
すみません、と道を聞く体の礼儀などはなく、ちょっとアナタ!、と強い口調で呼び止められた。
私はその女性に一度目をやり見覚えのないと判断して周りを見渡していた。
私以外誰も彼女を気にとめていない。
通勤の流れにただ乗って忙しく歩を進めているだけだ。
その光景が何だか寂しいものに感じて、私はその女性に返事した。
私ですか?、と女性に聞いてみたものの女性は、アナタなんでしょ?、と少しずれた返答をするだけだった。
質問に質問で返すなんてけしからん、とかなんとか。
とにかく、彼女の話を聞こうと私は彼女に少し近づいた。
彼女は紫のミニワンピース――随分前に流行ったボディコン姿で、化粧で誤魔化してはいるがアラフォーぐらいの女性だった。
近づいてからわかったけど、こんな時代錯誤のファッションの方と朝から一緒にいるのはツラい。
私も通勤の流れに素直に乗っていればよかった。
とにかく用件を聞いて早急に済まそうと思っていたら、彼女は腕に提げていたブランドもののバッグから分厚い茶封筒を取り出すと私の胸に叩きつける様に渡してきた。
これであの人とは別れて。
冷たくそう放たれた言葉に私は戸惑うことしかできなかった。
私は、つい先日付き合っていた男と別れたばかりだった。
二股や三股はされたことはあるけれどしたことは無いので、その時点で付き合っていたのは彼だけだった。
なので、今さら、きっと中身がお金な茶封筒を叩きつけられて別れを要求されるような事は無いはずだ。
別れを切り出したのも、彼に嫌気が差した私からだったのだから。
それに変なのは、その彼にお金を払ってでも別れさせたがる女性がいるということだ。
彼は私と同い年であったから少し上の女性に手を出してるのは、まぁ趣味だと理解してあげよう。
ただ金回りはよくなかったから、こんなスポンサーじみたことができる女性がいるとは驚きでしかない。
戸惑っている私に、何よ?、と彼女は聞いてくる。
何よ?、と聞かれてもこちらこそ、何よ?、なので沈黙するばかりだ。
その金額じゃ不満なの?、と強い目つきで言われた。
質問調であるものの不満という答えは受け付けない、という高圧的な目つきだ。
とにかく、こんなお金を渡されても不気味だし、それに屈辱的だ。
別に女は作られるわ、お金で解決しようとされるわ、これじゃああまりに私は下等に見られているのじゃないか。
しかも、私の知らない女がその役を担うなんて、彼の代わりを女が済ますなんて、侮辱そのものじゃないか。
私は、こんなお金要りません、と女性に返した。
振り絞るように出した言葉は震えてしまっていた。
何だか悔しくて、泣きそうだった。
封筒を突き返された女性は、はぁ?、と声を荒げる。
アナタが寄越せって言ったんでしょ!、と女性は怒鳴るように言い、私はまた封筒を叩きつけられた。
女性の声に通勤途中の企業戦士達にも少しのざわめきが起きた。
が、歩を緩める者はいないようで誰かが声をかけてきたりはしなかった。
はぁ?、と怒鳴られてもこちらこそ、はぁ?、なのである。
何だ、この状況?
冷静になってみる。
正直怒り心頭ではあるが、そこを落ち着いてみるのが二十代半ばの冷めた世代の良いところだ。
私は、知らない女性から男と別れろと告げられ手切れ金のお金を叩きつけられ返してみたところそれを要求したのはお前だと言われた。
例えば、実は私は二重人格とか多重人格で、主人格の私の代わりに他の人格であるわたし、あるいはワタシが私の為に彼からお金を要求してたとしたら。
あんな金回りの悪い男から金を要求するほど私の別人格は頭が悪いのだろうか?
いや、別人格は女性の事を知っていてそれをタネにゆする……いや、やっぱり多重人格という線は無理がある気がする。
そんな兆候は無いはずだし、お金を要求するぐらいなら私だったら、私の別人格だったら、彼を殴るとかそういう暴力的な事に走りそうだし。
それこそ、暴れん坊な将軍様とかお奉行様みたいに、悪人を懲らしめようとすると思う。
ともかく、私の別人格とかドッペルゲンガーとかいないとして、冷静に考えてみる。
ああ、あれだ。
この女性、私と“誰か”を間違えてるんだ。
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