まにあわせ

第1話 パチンコ屋の女

 パチンコ屋とは、耳が遠くなる場所だ。


 視力が低下する場所だ。


 お尻と腰が痛くなる場所だ。


 秘密的に所持金が増えていく場所で、それ以上に所持金が消えていく場所だ。


 店に入って、五時間。


 どれだけ回しても、今のところ負けている。


 目の前の液晶画面で展開される時代劇は、リーチの度に悪人をぶった斬っている。


 人を殺しきれば当たりなんて、よく考えたら悪趣味な事この上ない。


 いくら未成年が立ち入り禁止でも、大人に対しても精神衛生上よろしく無いのではないだろうか?


 そんな事を言い出したら時代劇そのものを根本から否定し始めなければいけないわけかな。


 悪、即、斬。


 悪いヤツならぶった斬ってもいいし、視聴者は悪いヤツをぶった斬るのを楽しみにしている。


 裁判なんて無い。


 悪いヤツのところに踏み込んで、逆上したから斬る。


 名乗りをあげて、逆上したから斬る。


 罪名をあげて、逆上したから斬る。


 皆、とんだ暴れん坊だ。


 今の時代なら間違いなく正義とは讃えられない。


 あ、またリーチだ。


 五人斬りできるかな?


 一人、二人、三人、四人。


 最後の一人。


 あ、おい逃げるな逃げるな、待て待て待て。


 ちゃんと死ねよ、まったく。


 町に蔓延る悪人を成敗する正義の人。


 悪人は斬られても斬られても次々と現れる。


 不死身だとか闇の一族だとかゾンビの類いであるとかでは、もちろん無い。


 あ、いや、そういう時代劇モノはあるにはある。


 新撰組+京の都で陰陽師がどうたらこうたらとかで、都が魔界になってしまったとかなんたらかんたらな小説か映画かを見た覚えがある。


 とにかく、目の前の電光板に映る映像の元である時代劇の悪人はいたって普通の悪人だ。


 ……普通の悪人って何だろう?


 まぁともかく、とにかくともかく、普通の悪人の彼らは斬られたら勿論死ぬ。


 この時代劇に峰打ちなんて生易しいものは無く、正義の人に豪快に斬られて死ぬ。


 でも次の回には懲りずに悪人は正義の人の前に現れる。


 それはつまり新しい悪人が現れたという事。


 前回までの悪人の代わりは次の回にはすぐに用意されていて、その悪人の代わりもその次の回には用意されている。


 悪は滅びない、代わりなどいくらでもいるのだ。


 もちろん、正義の人も負けてはいけない。


 大量に悪人を斬りまくった人の代わりも必ず用意されている。


 何にだって、代わりは必ず用意される。


 パチンコ台に反射して映る冴えない顔の私にも代わりはいる。


 二十代半ばの女が平日の昼間からパチンコを打っているのはいかがなものかと思っていたが、案外と似たような女性がちらほらといる。


 流石に平日の昼間なので満席というわけにはいかずぽつりぽつりと空席が見られるが、店内は結構客がいたりする。


 常連客だよとオーラでも出してそうなオジサンやオニイサン、悪いニュースの代表例みたいなママさん、店のずさんさがハッキリわかる様な未成年者、そしてまるで私みたいに居心地が悪そうな女性達。


 世の中、ナンバーワンは難しくオンリーワンもやはり難しい。


 他人から見たら私も他の女性陣にも区別は無いだろう。


 一つのカテゴリーに入れられそうだ。


 少し哀れな目で見られてるか、尻の軽い女と浅はかな考えで見られてるか。


 どっちにしろ、いい目で見られていないのは確かだ。


 そして、同じカテゴリーであろう私達も事情も知らずそういった目で互いを見るのだ。


 嗚呼、私と同じ可哀想な女、と。


 頼んでもいないのに代わりはいる。


 意外と簡単に、意外と残酷に、代わりなどいる。


 例えば、仕事の事だってそうだ。


 私は大型スーパーの化粧品売り場の店員をやっている。


 各メーカーの営業マンの指示に従い商品の陳列をしたり発注したり、もちろんレジも担当する。


 色々な仕事を任されているが私は正社員ではなくて、あくまで契約社員だ。


 契約社員というのは、簡単に代わりがいる。


 代わりがいる、という点において言えば社員もアルバイトも契約社員も大差ないのだけど、その中でも契約社員というのは代わりが集めやすいんじゃないかと私は思う。


 契約は割と簡単に行われる。


 形式ばった説明や書類はあるものの、雇用の契約なんてA4の紙一枚に収まる程度のもので雇う側も雇われる側も気楽なものだ。


 アルバイトより賃金も高めなので人も集まりやすく、誰かが辞めれば次の日には新しい誰かが補填される。


 私は、今日はお休みをもらっている。


 昼間からパチンコを打ってるのだからもちろんそうなんだけど、こんなことをしてる間にも私の仕事を他の同僚がやっていてくれているわけだ。


 色々な仕事を任されてはいるが、別に私にしかできない仕事というわけではない。


 そんな仕事を渡されるわけはないし、そんな契約を結んだわけではない。


 目の前の液晶内でまたも悪人が斬られるが、だからといって正義の人は喜びもせず最後の一人を逃してしまう。


 つまり、またハズレだ。


 この台は当たらないのかもしれない。


 いや、この機種が当たらないのかもしれない。


 横一列に同機種が並んでいるが、客はそこそこ居るはずなのに座っている数が少ない。


 横目で見る限り座っている他の客にも当たりは来ていない様子で、つまり正義の人は無駄に悪人を斬りまくっているということだ。


 人道的に言えば、どちらが悪かよくわからなくなりそうだ。


 いや、即死刑に処さなければならない程の悪行を振る舞っているわけだからやっぱり悪人が悪か。


 私にとっては当たってくれないこの台そのものが悪なんだけど。


 お金をやたらと吸い込んでいく。


 このカネゴンめ。


 ともかく正義の人は今日調子が悪いようなので、機種を変えよう。


 人気機種っぽいものを選ぼう。


 人の多そうな場所に移動だ。


 他の客の目を避けてこの台を選んだのだけど、背に腹は変えられない。


 いや、当たらない苛立ちを当たる喜びと代えるのだ。

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