第7話 ロックが流れる
夏を迎えた海は、人で一杯だった。
車を、浜辺の近くに止めた。
駐車場は別のところにあるので度々、通りすがりの観光客に中を覗かれた。
「おおぅ、楽しそうだけどぉ、ムードは無いねぇ」
「今ムードはいらないだろうが」
ワンピースとアフロは車を降りて浜辺に歩いていった。
ここからじゃ姿は見えても声は聞こえない。
「ギャル姉さんは行かないのか?」
「水着持ってきてないぃ海ってぇ暑いだけじゃぁん。ロッくんは行かないのぉ?」
「知ってるだろ、俺は泳げないの」
「ロックンロールじゃないよねぇ、それってぇ」
ロックンロールは、運動神経を指す言葉じゃねぇ。
「あ、戻ってきたよぉアフロぉ」
がちゃ、ばたん。
乗り込む際にアフロ頭が引っ掛かる。
「……ただいま」
「ただいまって、ワンピースは?」
「しっかりリリースしてきたよ」
海の前に立つ、白いワンピースの少女の後ろ姿が見えた。
「オイ、お前、まさか……」
「彼女の選んだ決断だ。ちょっと黙って見てようか」
「黙って、って……」
「ロッくん!」
日頃キレないアフロの怒鳴り声に、俺はビックリして言葉を失った。
白いワンピースの少女が、海に向かって真っ直ぐゆっくり入っていくのは異様な光景で、それでいてまるで映画を観てるように美しくて、俺達を含めそれに気づいた周りの人間も言葉を失い、じっと彼女を目で追いかけた。
足の先、踝、膝。
少しずつ、一歩ずつ海に沈む少女。
太もも、尻、腰。
誰かがやっと声を上げて、どよめきが車の中まで聞こえるぐらいになった。
腹、肘、胸。
髪の毛が海に浸かった。
どよめく人々はしかし、誰も動こうとしない。
キーロックされたドアをガチャガチャと動かしたところで開きもしない。
肩、首、唇、耳、目、頭。
離れたこの車から見てもそれぐらいわかる。
少女の姿が、すっかり海の中に溶けた。
「オイ、このアフロ野郎、ドアを開けろ!!」
「黙れよ、ロッくん!」
ロッくんじゃねぇ、ふざけんな!
もうそんな名前で呼ぶんじゃねぇ、人殺し!!
直接手をくださなくてもなぁ、自殺を助長したんなら俺はそれを人殺しと呼ぶぞ、この野郎!!!
「ロッくん、黙って」
聞いたこともないハッキリとしたギャル姉さんの言葉に、俺はビックリしてギャル姉さんの方を見た。
その延長線、海のところに少女の頭が見えた。
海に溶けたはずの、少女の頭が見えた。
ずぶ濡れの少女は、海に入るのと同じように、海から出てくるのと同じように、少しずつ一歩ずつこちらに向かってきた。
こんこん。
がちゃ、ばたん。
「帰ってきた……」
俺は驚きっぱなしで、呆然とそれだけを口にした。
だね、と相槌を打つギャル姉さんも驚いてるようだ。
「リリースはした。でもキミは帰ってきた。世界は変わったのか?」
「せ、世界は変わってません、あ、あの日から、わ、私が産まれた時から、せ、世界は私に冷たいまま、か、変わってません」
震える少女に毛布を差し出した。
少し頷くと少女は毛布を受け取った。
「せ、世界は変わってません、だ、だけど、な、何かは変わったのかもしれません、な、何かは何なのかわかりませんが」
「そ。そりゃいいや」
そう言ってアフロは笑いだした。
「じゃあ、お嬢さん名前を教えてくれよ」
「え、わ、私の名前は、わ、ワンピ……」
「そうじゃない、お嬢さんの本名だ。オレ達はもう仮名で呼び合う関係じゃない。互いに人生に介入した仲だ。友達、だ。そうだな、名前を聞くならまず自分から名乗るのが礼儀だもんな。オレの名前は……」
ぶるるるるるるるる。
車は、浜辺を離れていった。
互いの名前を呼びあって、新たな友達ができた。
車内には、ロックが流れている。
俺の好きなサンボマスターだった。
『きにしない』、完。
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