第3話 ワンピース

「後ろの、キミの横にいるのは、そうだなぁロッくんでいいか」


「おぉ、ナイスネーミングセンスぅ」


「ちょっと待て、誰がロッくんだ! もっとマシなの無いのかよ」


「んじゃぁ、ロリコ……」


「ロッくんでいい。それ以上言うな!!」


 隣の少女を横目で見たが、ギャル姉さんの言わんとしたことが伝わっていなかったようで、安心した。


 こんな幼い少女に、疑いの眼差しを向けられたら、興奮する。


 いや、間違った。


 困惑する、だ。


「あ、アフロさんと、ぎ、ギャル姉さんさんと、ろ、ロッくんさんですね」


「さん付けは要らないよ、アダ名なんだし。それにギャル姉さんさんとか不自然だろ」


「じゃあぁ、アフロはぁ呼び捨てだねぇ」


「いいんだよ、それで」


 いつになくよくアフロが喋るので、いつもなら司会役の俺の出る幕は無かった。


 なんだか蚊帳の外な感じもするが、事態を変な方向に持ってきてしまった事をアフロも反省してるんだろう。


 あるいは、心底楽しんでいるのかもしれない。


「わ、わかりました。そ、それじゃあ、わ、私にもアダ名付けてください」


 友達になってください、みたいなノリで少女が言うもんだから思わず、俺たちもう友達じゃんか、と感動青春漫画よろしくなセリフが口から出そうになったが必死に抑えた。


「ああ、そうだな。キミは……ワンピース」


「うわっ、ネーミングセンスぅが皆無だぁ」


「さっき、オレのネーミングセンス褒め称えたところだろうが」


「撤回ぃ撤回ぃ、やっぱりロッくんはロリコ……」


「それはもういい。俺を巻き込むなっつうの」


 後ろからギャル姉さんの頭にチョップをかましてやった。


 いたいぃ、と大袈裟に頭を抑えギャル姉さんはふてくされた。


 少女は、それを見てクスクスと笑っていた。


「わ、私、わ、ワンピースでいいですよ」


「そ。じゃあ、よろしく、ワンピース」


「よろしく、ワンピース」


「よろしくぅ、ワンピースぅ」


「あ、はい。よ、よろしくお願いします、あ、アフロ、ぎ、ギャル姉さん、ろ、ロッくん」


 今度は俺達三人それぞれに向けて一礼するので、またも壊れたオモチャのようで、可笑しかった。


 車は激しく揺れて揺れて、あんまり長いこと乗ってるとアフロの運転は酔いそうだ。


「んで、質問に戻るわけだが。ワンピース、何処に行きたい? オレ達はそこでキミをリリースするわけなんだが」


「リリースぅ、リリースぅ」


 なぜだかはしゃぐ愉快なギャル姉さんとは対称的に、ワンピースは思い詰めた表情になった。


「わ、私は空に行きたいです」


「空?」


 思わぬ言葉につい聞き返してしまった。


「う~ん、空か。この車、飛ばないんだよなぁ。バックトゥザフューチャーとかフィフスエレメントみたいな未来じゃないとさぁ」


「空港ぅ行けば空飛べるよぉ。あとはぁ、ヘリをチャーターするとか」


「未来の話でも無ければ、現実的な話でも無いだろ」


 まったく、ミラー越しに顔を見る限り二人してわかっておちゃらけてやがる。


「そんなに死にたいのかい、ワンピース」


「わ、私は、こ、この世に必要ない、に、人間ですから」


 思い詰めた顔が、険しいものになった。


 幼くか細い少女には、似合わない嫌な顔になった。


「必要無い人間なんていないだろ」


「いないだろぉ」


 棒読みでそう言うアフロに、ギャル姉さんも棒読みで続く。


「棒読みで言うセリフじゃないだろ」


「いやぁ、こういう励ましとか苦手だしな」


「私たちぃこの世にいらないぃ人間だしぃ」


「一緒に卑屈になってんじゃねぇ!」


 三対一、どいつもこいつも辛気くさい。


 現実くさい。


「この世の中に要るか要らないかなんてな、生きてる間に決めることじゃねぇんだよ。死んだら勝手に誰かが決めちまうんだ。だから、そんな事は考えなくてもいいんだよ!」


 ワンピースが俺を睨みつけてきた。


「そ、そんなのは強い、ひ、人だから言えるんです」


 は、強い人だって?


 何処の誰の事を言ってんだ。


 俺は強くも何ともない。


「強弱なんて関係ない。俺達はゲームの世界に生きてるわけじゃない、レベルなんてありゃしない。笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣いて、怒りたい時に怒って、はしゃぎたい時にはしゃぐ。自由にやればいいんだよ、概念もルールも制約も束縛も、クソッタレだ」


 俺は世界を変えられない。


 路地から街道へ。


 車は左折する。


 皆の身体が左に傾く。


 バランスを取り忘れたのか、ワンピースの体も傾いた。


「ろ、ロッくんは弱い人間を、わ、わかっていません」


「だから、弱いもクソも無いってんだろ。あるのは人間って事ぐらいだ」


「に、人間は誰しも、びょ、平等じゃないんです」


 ワンピースがずっと俺を睨む。


 積年の怨み、でも持っているかのような敵対視。


「平等じゃない? 確かにそうだ。だからなんだ? そんなの言い訳だ。投げ出す為の言い訳だ。逃げるのも、甘えるのも結構。だけど投げ出すなよ、最後はしっかり立ち向かえ。立ち向かおうともしないで、強いも弱いもないし言い訳なんて役にもたたない」


「わ、私は立ち向かいましたよ」


 そう言ってワンピースは右腕の袖を捲った。


 右手首に無数の傷痕。


 ギャル姉さんも後部座席に身体を乗り出してそれを見た。


 わぁぉ、と言ってまた元の姿勢に戻ったギャル姉さんは、腕のリストバンドを取って、両腕を上に掲げた。


「お揃いだねぇ」


 両手首に無数の傷痕。


 ミラー越しに見える彼女の顔は、それでも笑っていた。

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