第2話 自己紹介

 先ほどから思ってる疑問を口にする。


 俺達の関係は、腹を割った話ができる関係だ。


 腹に何かを溜めてはいけない関係だ。


「なんでさっきからお前達は楽しそうなんだ?」


 俺の言葉に二人して、う~ん、と唸りだした。


「これってさ、いつもオマエが言ってるロックンロールみたいじゃないか」


「逆に、なんでぇ楽しくないのかがぁわかんない」


 彼と彼女は、二人してミラー越しにこちらを覗いている。


 俺が言ってるロックンロール?


「そんじょそこらで起こってる出来事なんか目じゃないくらいのとっびきりの事件」


「それを何気ない態度でぇ立ち向かうのがぁロックンロールだぁ!、って酔っぱらったら絶対言うもんねぇ」


 酔っぱらって言った言葉になんか責任持つか!


 と、言ってやりたかったが正直シラフの時にも言ってるので責任は持たなければいけないようだ。


「くそ!! んじゃ、ロックンロールだ!」


「イェェ、ロックンロール!」


「イェェ、ロックンロールぅ!」


 ロックンロールはヤケクソって意味じゃないんだが。


 こうなりゃ転がる石の様になすがまま楽しむしかない。


「あ、あの……」


 か細い声とはこういうものかと思うほどの震えた声が、俺の横から聞こえてきた。


「おはよう、お嬢さん」


 アフロな彼がそう言って少女に呼びかけると、少女はかかっていた毛布を強く握りしめた。


 どうやら、怯えているようだ。


 無理もない、天国行きかと思って目を開けたなら、目の前にでっかいアフロがあるのだから。


「て、天、使さん……ですか?」


 助手席の彼女が思いっきり何かを吹き出した。


 まぁ多分、唾だ。


 まったくもって汚いが、笑いをこらえきれなかったのには理解を示そう。


 少女のか弱さを横目に見てなければ、今の発言は渾身のジョークだ。


「いえぇ、単なるアフロさんですぅ。ぶはっ」


 止めろ、自分で言って自分で吹くな。


 こっちにも笑いを巻き込むな。


 少女が困惑してるじゃないか。


 アフロに肩を小突かれて、助手席の彼女は口を閉じた。


 笑うのを我慢してるせいで頬が膨らんでるのが、ミラー越しでもよくわかった。


「残念だけど、オレは天使じゃない。それに、キミは死んでなどいない」


「そ、そんな、なんで、わ、私死んでないんですか!?」


 アフロな彼の言葉に、少女は飛びつくように身体を起こした。


 シートベルトがしっかり働いて、彼女の身体をシートに戻した。


「オレがキャッチしちゃったからかな」


「き、キャッ、チ?」


「そう、キャッチぃ。んでぇ、リリース失敗しちゃって現状ぅ、みたいな」


「それじゃあ、わかんないだろ。とにかく、こいつらが偶然君をキャッチしてしまったらしく、その後の処理に困って車に乗せちゃったらしいんだ」


「し、しょ、り?」


 少女は困惑した表情を隠そうともしないで、俺を見つめる。


 胸元まで伸びた長い黒髪が、白いワンピースの上で揺れる。


 胸の中心にあるリボン型の飾りが小刻みに揺れていた。


「処理なんて言い方したから、彼女怖がってるだろ」


 アフロの言葉はごもっともで、少女はずっとビクついている。


 この娘は飛び降り自殺しようとしたってのに、それ以上の何に怖がっているんだろうか?


「何もしないよ。何も考えてないから車に乗っけちゃったんだから。帰りたかったら家まで送り届けるよ」


「タクシーぃ、もしくは、アッシーぃ」


 助手席の彼女がそう言うと、間髪入れずにアフロな彼は彼女を小突いた。


 痛いなぁ、と文句を言う彼女はさっきから何かと楽しそうだ。


「い、いえ。家に帰りたくないのです」


「い、い、イェェっ!」


「やめろって」


 両手を上げてはしゃぐ彼女を彼は再び小突いた。


「家に帰ると気まずい?」


「き、気まずい、とかそういうのじゃありません」


 気まずいんじゃなければなんだろう。


 年頃の女の子だから、家出でもしたいのか?


「つまり、飛び降りようとか考えたのは家庭の事情が原因と」


 アフロの彼は、ハンドルに寄りかかってため息をつくようにそう言った。


 でかいアフロ頭のせいで、車の前方右半分は見えない。


「いきなり核心ついちゃうねぇ、デリケートな問題なんだからぁもっとゆっくり聞いてよかったんじゃないぃ?」


「い、いえ、その通りですから」


 少女は肯定と否定を行う為に、忙しなく首を縦横に振った。


 真面目にやっている分、壊れた音に反応するオモチャのようで可笑しかった。


 車は路地に入ったので、右に左に忙しく曲がる。


 彼の下手くそな運転に、おう、おう、おう、とオットセイの真似事をしてるかのような声を漏らす俺と彼女を横目に、少女は華奢でか細いその身体とは裏腹に絶妙にバランスを保って何食わぬ顔で座っていた。


「んで、何処に行く気なんだよ? 元の場所に行ったって捕まってしまうかもしんねぇぞ」


「だ、そうで。何処に行きたい、お嬢さん?」


「お、お嬢さんは止めてください、わ、私は……」


 ち、ち、ち、と助手席の彼女が言って少女の言葉を遮った。


「名前を呼び合う程のぉ関係じゃないよねぇ」


「キャッチ&リリースな関係だからな。自己紹介は適当に。オレはアフロでいいや」


 アフロは頭を撫でる。


 いや、アフロはアフロを撫でる。


 自分で名乗って置いて恥ずかしいのだろう。


「んじゃぁ、私はシンデレラぁ!」


「コイツの事は、ギャル姉さんでいい」


「なんでよぉ。せめて姉さんってつけるなよぉ」


 うるさい、ギャル姉さん黙れ。


 姉さんという配慮をありがたいと思え。

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