第3話 運命をヒトゲノムで語る
店員を呼び出す為に、ボタンを押すか。
たかがアイスコーヒーが遅いぐらいで、そこまでする必要があるだろうか。
エロトーク、あるいはホモトークを繰り広げてるあの男二人は、注文にもうるさい。
そんな思われかたをしたらどうしようか?
押すか?
押すまいか?
僕の人差し指は、運命のボタンに差し掛かろうとしていた。
僕の頼んだアイスコーヒーが来た。ボタンを押すよりも、早く。至って普通に、店員は置いていった。
なるほど、このファミリーレストランのサービスは多少雑な様だな。よくわかった。
店内サービスの仕組みに理解を示したところで、目の前の彼の思考は理解できなかった。
また何か一人で頷いている。どうやら先程のトークテーマは、彼の中で一応の決着を迎えたようだ。
「ところで、お前は運命ってモノを信じるか?」
唐突な質問には慣れっこだ。僕は、軽く頷いてみせる。
僕は、ヒトゲノム運命論を信じている。
人間は予めその人生が遺伝子として刻まれているという、最近ゲームやらアニメやらで使い回されるようになったアレだ。
大抵は運命論を論じたヤツが悪役で、否定するのが主人公。道は自ら拓くモンだと熱く語るのは、王道でベタで正論だ。
しかし、僕が思うにやはり運命と云うものは確実に存在し予め決まっているのだ。そう、こうしてファミリーレストランで男同士向かいあって温度差のあるコーヒーを飲みあっているのも運命なのだ。
かなりつまらない遺伝子情報だな。
「何でそんな事を聞くんだよ?」
「俺はさ、彼女と付き合えたことは運命だと思ってるんだ」
何だコイツ、酔っぱらってるのか。コーヒー飲んだだけで。
別れ話の次は、ノロケ話か。
「お前も知っている通り、俺は何故か中学校の時モテた。モテにモテまくった」
「あ~、ハイハイ」
いつもの自慢話か。中学生の彼は、本人が言う通りモテた。
卒業式には学年を越えた女子生徒が彼の周りを囲み、別れを惜しんでいたぐらいだ。周りの女子生徒は泣き喚き、壮絶な光景になっていたのをハッキリと憶えている。
「自分でも何でモテたのかサッパリわかってなかったんだよ。高校に行ったら一切モテなくなったしな」
「ふ~ん、で?」
「でも俺は確かにあの頃モテたんだ。俺の絶頂期だな」
絶頂期、早いなぁ~。しかし、絶頂期というものが訪れるだけ羨ましい。
僕の遺伝子情報にも、そういう運命が刻まれているのだろうか。いつしか訪れるモテ期には、遺伝子はどう活躍するんだろうか。
「でも、そんな絶頂期の中でも彼女は俺に振り向いてくれなかった」
卒業式の日。同級生の彼女は、他の女子生徒から少し離れた位置で彼を見ていた。
アレは、振り向いていなかったのか?
きっと彼女も、彼に近づきたかったに違いない。
「俺はずっと彼女が好きだった。付き合ってからは5年だけどさ、出会ってからはもう15年になるんだぜ」
「知ってるよ、何度も聞いた」
小学生の頃から好きだった。彼は、彼女と付き合えた時から頻繁にそう話していた。
小学校5年生、放課後のグラウンド。友達と遊んでいた彼がふと見た、夕陽を背中に笑う彼女。
同じ学校で同じクラスでも、話した事も無かったその少女の姿に彼は一目惚れしたらしい。
「だけど、中学校卒業以来連絡の取りようが無かった」
「緊急連絡網とか色々あったでしょ」
「自宅にいきなり電話なんて勇気無いよ」
無駄にシャイだな、お前。モテるヤツは自分から行こうとしないから、困る。モテないヤツの努力を知らない。
僕は、電話をしたもんだよ。見事に玉砕したけど。
「そうやって彼女との縁が無くなったと諦めてたら、成人式で彼女に会った」
お互いが地元を離れずに、成人式に出席できたことは運命的だと、僕も思う。何人か、会えなかった友達もいたからな。久々に会ってみたかった女子がいなかったことに、ガッカリしたこともあったし。
「俺は運命だと確信した。だから思いきって付き合った」
告白した、じゃなくてもう一気に付き合うまでいったんだな。
結局、元から両思いだったんじゃないだろうか。長い時間をかけた、めんどくさい話になっただけだ。
「でもそこまで愛していて運命的な彼女と別れるもんかね」
「そこまで愛していて運命的だから、これから先、嫌いになりたくないんだ」
そんなもんなのかな、恋愛って。多少行き先が違えども、寄り添えるもんなんじゃないだろうか。
突発的な恋愛ならまだしも、彼の様に長い年月を重ねた愛なら多少の意見違いぐらいどうにかなりそうなもんだと思うんだが。
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