第2話 エッチは必須事項
「で、先か後かどっちだ?」
「は?」
思わず、間抜けな声を出してしまった……何の話をしているんだ?
ああ、出だしの質問の答えか。そういえば、僕は答えていなかったな。彼が怒る前に答えなければ。
「あ、ああ。僕はどっちも無いと思うよ」
「何だよそれ、質問は二択。他の答えはない」
それでは、質問じゃなくてクイズじゃないか。僕の意見が殆どスルーされてしまうじゃないか。まるで、ハイかイイエしか言えない伝説の勇者様の様だ。
「僕には別れ際にエッチは無いよ。結局、怨恨が残っちゃいそうだろう?」
「怨恨ってお前。ホラー映画の観すぎだよ」
怨恨と言ったからって、化けて出てくるって意味じゃないんだけど。
「別れを切り出してからエッチなんてできるわけないだろ? 君は愛していても、別れようと言われた彼女は君をもう愛せないかもしれない」
「ああ、そうだな。愛の無いエッチなんて単なる生殖行為に過ぎないからな。卒業する二人には子供はいらない」
もし、彼女もエッチを容認して行為に及んだとして、避妊はするんだろうか、コイツは。
そこらへんの話をしたことがないが、5年付き合った彼女が妊娠しなかったのだからそこらへんは真面目なんだと思おう。言い回しが怖いんだよ。
うーん、考えが違い過ぎて頭が痛くなってきた。
僕のアイスコーヒーは、まだ来ないのだろうか?
「んじゃ、エッチの後に別れ話を切り出したらいいんだな」
いやだから、エッチは無いって言ってんだろうが。無いという考えが、無いのだろうか?
何処まで頑なにエッチに拘るんだよ。
「それも、エッチした後に話を切り出したら、彼女が〈肉体だけを求められた関係だったのね〉って、怒り狂ってしまったらどうするんだ?」
「怒った後に狂ったヤツなんて見たことないけど?」
「そこはどうでもいいんだよ。とにかく怒ってしまったら、君の愛し合ったままお別れしようとした姿勢は無駄になるじゃないか」
よくよく考えると、凄く理想論だな。
愛し合ったまま別れる、なんて。更に言えば、それでも悲恋になることなく新たな恋愛にお互いが切り替えれたらいいって事だろう。
それは、無理だろ。
初めから割りきって付き合ったりしなければ、そんな気持ちになれるなんて想像すらできない。
「う~ん、それは困ったなぁ」
言うや彼は、天井を見上げ唸り、悩み始めた。
考え事をしている時に、右手の人差し指で顎をトントンと叩くのが癖だ。今もリズム良く人差し指は顎を叩く。
エッチしない、という選択肢が生まれる事を願った。
「エッチはさ、必須事項なんだよ」
改めてもう一度、僕の顔をまじまじと見ながら彼は言う。
改めてもう一度、コイツ馬鹿なんじゃないかと思ってしまった。
「何でそんなに別れ際にエッチすることに拘ってんだ?」
「愛してるんだ、それを確かめたい。別れようと思っても愛してる事だけは確かなんだと確認したいんだ」
確認、ねぇ。
「でも別れてしまうんだろ。そんな際に確認することじゃないだろ、エッチしたいなら別れ話を先伸ばしにしてすればいいじゃないか」
「わかってないなぁ、エッチしたいんじゃないんだよ。性欲ががっついてるわけじゃなくてさ、俺は愛を確かめたいワケ」
25で性欲ががっついていないと言うのもなんだし、がっついてると言うのもなんだな。
「んじゃ、性行為じゃなくてもいいじゃないか。言葉で伝えたらいいだろ」
「ああぁ、わかってないよお前。言葉だけじゃ伝わりきらないことがあるだろ。お互い身体を重ね合わせてわかることってあるだろ」
確かに、有るような。
確かには、無いような。
でも有るとするならば、やはり身体を重ね合わせなければ伝わらないわけだが。
やっぱりタイミングがあるだろうと、僕は思うわけで。これは僕の意見が間違っているのだろうか?
経験数が少ないから絶対的な意見ってもんが、僕には無いんだよ。
それにしても、アイスコーヒーがまだ来ない。
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