とってつけ

第1話 エッチは後か先か

 


「エッチした後に別れ話を切り出すか、別れ話をした後にエッチするか、どっちがいいと思う?」


 唐突に彼が聞いてきたので、僕は当たり前のように問い返した。


「なんで、エッチありき、なんだよ?」


 突然、近所のファミリーレストランに呼び出されたと思ったら第一声がこれだ。


 挨拶も無いときたもんだ。


「は? エッチは必要だろ、必須事項だ」


 何を馬鹿な事を抜かしてるんだ、と彼は顔の表情だけで言葉を付け足した。


 単に呆れたような顔をしているだけだが。


「別れるんだろ? 何でエッチしようなんて思考になるんだよ」


「別れるからこそ、最後にお別れのエッチをするんじゃないか」


 さっきから男二人、ファミリーレストランでエッチエッチと連呼してる。


 はたから見れば、気持ち悪い関係に間違われるかもしれない。


 あるいは、中学生や高校生レベルのエロトークをしてる馬鹿な男二人に見られる。


 正直、どちらもごめん被りたい。僕も彼も、今年で25歳だ。少々世間体は考えたい年齢だ。


 ファミリーなレストランで軽快にエロトークを繰り出すイメージなんて、他人様にもたれたくはない。


「最愛の女と別れる、なら最後は愛し合って別れたいじゃないか」


「別れ話を切り出そうしてる時点で愛し合えてないじゃないか」


「じゃあ、エッチした後に別れ話を切り出した方がいいな」


 そうじゃなくてだな。


 彼の中で、エッチは本当に必須事項の様だ。僕の中では、別れる二人が愛し合うなんて理解できないのだが。別れた後に再びくっつくっていうなら、まだ理解はできるが。


「そもそも、愛し合える関係なら何故別れるんだい?」


 僕がそう聞くと彼は小さくため息を吐き、手元にあったコーヒーを口にする。


 そういえば、僕はまだ何の注文もしちゃいない。客が新規に来たというのに店員が来ないというのは、どういうことだ。


 しかし、話が話なだけに今は誰も近寄って欲しくは無いか。店員も、遠くでタイミングを計ってるのかもしれない。


「お前も25なんだから分かるだろ? 男女の関係ってのは好き嫌いだけで成立するもんじゃないんだ」


 いきなりファミリーレストランに呼び出して、挨拶もなくエッチエッチと連呼するヤツに、大人の恋愛論を語られたら、流石の僕も呆気にとられるしかない。


 ポカーン、と。


「何だよ、間抜けな顔しやがって馬鹿にしてんのか?」


「馬鹿になんかしてないよ、君を尊敬すらしてる。僕には恋愛ってのが経験不足であまりよくわからないからね」


 卑下と皮肉を交えつつ、僕は店員を呼び出す為のボタンを押した。


 ポチッ、とな。


 ついつい言いたくなる気持ちは、なんとかして抑えてみる。


「とりあえず、飲み物頼んでいいかな?」


「いちいち遠慮すんなよ」


 まぁダメだと言われても呼び出した以上、何かしら頼むんだが。


 店員が来たので、アイスコーヒーを頼む。ボタンを押して直ぐ様来たところからすると、タイミングを待っていたようだ。


 客の会話からタイミングを計ろうとする姿勢はサービス業として誉めるべきか、文句の一つでも言ってやるべきか。


「それで、何で別れる事になったんだい? 確かもう5年は付き合っていただろう」


「ああ、そう言われれば5年だな」


 彼は納得したかのように、一人頷いた。


 いや、質問に答えろよ。勝手に納得してんじゃねぇよ。


「まぁそうだな、5年も経ったから別れる事になっちまったんだろうな」


 彼はまたコーヒーを口にした。表情が少し悲しみを帯びている様に見てとれた。


「なっちまった、って君から別れを切り出そうとしてるんじゃないのか?」


「お互いの関係が上手く行きそうにないから、俺から別れを切り出そうとしてるんだよ」


 行きそうにない。なんて、単なる予想じゃないか。そんな予想だけで、愛し合っていた二人は別れるもんなんだろうか。


 僕の経験談だと、別れる時の理由はどちらかが嫌いになったか、誰か他の相手を見つけた事ぐらいだ。


「お互いの関係の果てに目指してるものが違うんだよ。そうなっちまうなら、二人の関係を早々と卒業しちまう方がいいと俺は思うんだ」


「目指してるもの、ねぇ」


 彼とはかれこれ10年ほど友人関係だが、目指してるものなど語り合った事もない。まぁ、僕と彼は恋人関係では断じてないので問題はない。


 彼は恋人関係に崇高な意思を持ち合わしてるようだが、友人関係にはその片鱗すら見せない。僕に崇高なモノを求められても困るし、彼にとって友人関係は気軽なものであって欲しいのだろう。


 気を緩めすぎて、挨拶という礼儀を欠く場合もあるが。

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