第6話 サボタージュ

 そうやってなんだかつまらない運命を感じていた私を、彼は、つまらない、と見切りをつけた。


 私がどう感じてようと、彼にとって同じとは限らない。


 彼は自分の顔が嫌いで、身長はもっと高くなりたくて、給料ももっと欲しかった。平均も、平凡も、普通も、彼にはきっと皮肉しか聞こえない。


 彼は、そんなものを求めてはいない。


 彼は、私との運命を求めていなかった。


 今考えてみると、よくそんな二人が愛し合えたなと思う。


 いや、愛し合えてはいなかったのかもしれない。付き合っていただけで、愛されていなかったのかもしれない。


 結局、付き合うという事と愛し合うという事は別物なのだろう。


 そうやって理解できるようになったのは、こうして四捨五入で三十路を迎える二十五になってからだ。


 十代の頃は、結局なんだかんだと理想と夢に生きている。平均も平凡も普通も、理想と夢を誤魔化す為の言い訳みたいなもんだ。


 それを、二十代になって思い知った。


 きっと、三十代になると懐かしむんじゃないだろうか。


 今は只、思い知り懐かしみ苦さを噛みしめてる。


 この焦げたパンの味のような、吐き出したくてでも病みつきになるような苦い苦い味。


 煙草とは違う、苦い苦い味。


 不出来な昼食の不味さに、拍車がかかる。


 どうも今日は、暗い思い出話しか浮かんでこない。


 今日は、優雅にサボタージュを楽しむ一日にするはずだったのだが。


 大体、運命なんていうテーマがいけないんだ。


 運命なんて言えば思いつくのは、運命的な恋愛か、運命的な英雄か、のどちらかしか思い浮かばない。


 運命的な恋愛なんて大恋愛をロクにしたこともないのに、大それた話ができるわけがない。たかだか振られた話ぐらいを苦々しく思い出してしまうしかないわけだ。


 運命的な英雄の話、って何?


 仮想世界でサングラスをかけた私が、同じようにサングラスをかけたオッサン集団と戦い、同じようにサングラスをかけた超人的な男性と、恋に落ちる話をすればいいのだろうか。一度死んだ私を、彼は口づけで甦らせてくれたっけ。


 途中から話の内容についていけなくなったのも、懐かしい。


 それとも、化学兵器で街中ゾンビ化してしまった状況から脱出した話をすればいいのだろうか。


 あの時は、悲惨だった。


 仲間となった同じ生存者が次々とゾンビ化していく。街の住人だけじゃなく、犬なんかもゾンビ化して暫く肉類食べれなかったもの。  最終的には超人化して、サイコキネシス的なものを出して無事に逃げ切ったわ。

 

 ……嘘に現実逃避するのは、良くない。


 映画の話を、実話みたいに思い込んだからって意味があるわけじゃない。


 私には、不様な恋愛をしてきたという過去と、不味い昼食がまだあるという現実しかない。


 世界とヒロインを天秤にかけられ、両方を手にいれるような超人には会ったことがない。


 理想的な将来と私とを天秤にかけて、理想的な将来を取った凡人には逢ったことがあるが。


 私の運命とは結局そういうものであって、私は無意識に、そして意識的にそういう運命を選んでいくのだと思う。


 やっぱり、運命というテーマは良くない。どうも悲観的に物事を考えすぎてしまう。


 私には、きっと規模が大きすぎるテーマなんじゃないだろうか。


 運命の人、運命の白馬の王子様。


 そういった単語に、少なからず理想と親しみが幼い頃からあったので、馴れ親しんでるものだと思っていたけど、やはり運命という言葉は偉大で壮大だ。


 今度から軽々しく使わずにいよう。


 現に、確信したベーコンエッグとの運命も数秒で外れたばかりだし。


 しかし、ベーコンエッグに挑戦するという選択肢も無くは無かったなと、塩辛い卵焼きを平らげながら思った。


 さて、どうにか昼食を平らげた。


 これからどうするかだ。


 時間を見れば、昼の二時を過ぎたところ。


 今日という日はまだ十時間近くあるし、明日の起床時間までさらに六時間ある。


 睡眠時間も含めて、後十六時間はサボタージュできるわけだ。何気なく浮かんだフレーズなんだけど、無性にサボタージュという響きが気に入り出した。


 当初の予定通り、ただただ寝転がって一日を過ごしても何の問題も無い。何だかもったいない気もするが、もったいないお化けが出るほどでもない。


 リラクゼーションあるいはリフレッシュは、日々の生活の中で重要なモノだ。それを部屋でゴロゴロしてるだけで得ようとするわけだから、かなりの価値があるとも言える。


 しかし、そんなことをしだしたらまったくといって外に出る気を失い、今晩からの食事を手にいれる事が出来なくなってしまう。


 私の仕事の帰宅時間には、近所のスーパーは開いてなく、頼りになるのはコンビニ。


 しかし、コンビニ弁当というのは非常に怖い。間違いなく、習慣になる。


 いくら最近のコンビニ弁当が栄養バランスをしっかり考えていようが、美容と健康に気を使っていようが習慣になるのは非常に怖い。


 自炊する、台所に立つという唯一の女らしさを、私から奪い去ってしまう恐れがある。

今日の昼食は悲しくも失敗に終わったが、こんなものは寝ぼけていたからに過ぎない。


 私はそもそも、料理だけはしっかりできる女になろうと、努力中だ。男を掴むなら胃袋からという格言が、我が家にはある。


 絶望的に料理が下手だった私も、努力の結果食べれるようにまでなったのだから、今こんなとこでコンビニ弁当などに負けて料理の修行を止めるわけにはいかない。


 とすると、私は私が運命づけたグータラ生活から脱却し外へと買い物に行かなければならないわけだ。


 なるほど、やはり運命という言葉は軽々しく使ってはいけない。


 今日だけで、二回運命と道を外れた。


 私には、運命を外れる力がある。それは、数いる英雄達にも稀な力だ。


 なんということだろう。


 こんな素晴らしい事に私は、気づいてしまった。


 私は、運命を外れる事が出来るのだ。



 冗談は、さておき。


 買い物に行く準備をしよう。煙草も吸いたい。


 今日は、仕事をサボった日。


 運命を、サボった日。


 自分を、サボらない日。

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