第5話 運命


 冷蔵庫を開ければ、卵とベーコンだけが入っていた。昼食はベーコンエッグだ、と私はその運命を確信した。



 


 冗談はさておき、そもそも私はベーコンエッグを食べた事がない。


 冷蔵庫の中にあるベーコンは何か他の料理をした時の余りものだし、卵は常に買ってあるだけでベーコンエッグの為に用意しておいた訳でもない。


 第一、私は目玉焼きが嫌いだ。


 卵焼きは好きなのだけど、どうも目玉焼きは好きになれない。ゆで卵も嫌いだし、たまごかけご飯なんかも嫌いだ。すき焼きの時に、肉に卵をつけるのも理解できない。


 月見うどんも月見バーガーも嫌いだ。


 でも、卵焼きは好きでお弁当に入っていたらテンションが上がる。卵とじなんかも好きだし、親子丼なんて鳥親子には申し訳ないが、美味しく頂く。


 卵が嫌いな訳じゃなく、調理法が嫌いなのだろうか。とにかく目玉焼きが嫌いで、ベーコンエッグを食べた事がない。


 目玉焼きは、まず黄身が嫌いだ。半熟でただ液体化したトロトロ感も嫌いだし、完熟でモサモサした粉っぽさも嫌だ。


 そもそもあれはヒヨコに当たる部分なわけで、それが液体化したりモサモサしたりしてるのはどうも気分が良くない。


 卵焼きの様に、もう原型を想像難くする調理法が好ましい。


 あと、白身。


 茹でるにしろ、焼くにしろ調味料がなければ味がしないあの部分の何が美味しいのか?


 目玉焼きに醤油をかけて食事に挑戦してみたことがあったが、結局醤油を食べてるだけのような錯覚に陥った。何が美味しいのか、全くよくわからない。


 ベーコンエッグにしたって、結局はベーコンの味で目玉焼きの味の薄さを誤魔化してるに過ぎないのだろうから、ベーコンは別の料理で美味しく頂きたい。


 ベーコンエッグにこだわらず、卵焼きの中にベーコンを入れてみようか。何故かそう考えると、ベーコンエッグは主食なのに、ベーコン入り卵焼きはおかずに思えてきた。ベーコン入り卵焼きだけだと、食事として物悲しい気がする。


 私は冷蔵庫を閉めて、頭をフル回転させて考えた。文字通り頭をぐるぐると円を描くように動かしてみる。


 ……単なるバカだ。


 が、しかしそんなバカな私は予想外の発見をした。


 リビングのテーブルの上にあるトースターの横に、食パンが一枚残っていた。頭をぐるぐると回したおかげで、視界が広がったのだ。


 卵焼きとベーコンホットサンド。


 なかなか上出来な昼食が思いついた。


 早速、食パンの上にベーコンを乗っけてトースターに突っ込んだ。


 ・・・・・・さじ加減という言葉を、私は知らないらしい。


 トースターからは、カリッカリのベーコンが乗った焦げたパンが返却された。卵焼きに夢中で、トースターの時間調整を怠ったのだ。


 因みに、卵焼きも何だか塩辛い。


 久々に自分で入れたコーヒーも、何だか不味い。缶コーヒーの方が、数倍旨い。


 優雅な昼食は、自らの手で最悪な昼食になってしまった。



 今日は、仕事をサボった。


 風邪を引いてしまって休ませて頂きます、とありきたりな嘘をついたのは何年ぶりだろうか。本当に高熱を出した時も、必死になって出社したものなのに。いざサボってみると、その必死さが少しだけ馬鹿らしく思えた。


 会社からの返事は大したことはない、お大事に、だけだ。


 私一人会社を休もうが、そう影響もないのだ。誰かがどうにでもして会社を回すし、私の仕事は明日に回るだけだ。


 一社員が一日休むぐらいで、世間も会社も慌てないし、騒がない。


 必死になる必要もなかった。今日のサボりは、明日有給申請を出しておこう。事後報告でも許されると聞いた。


 お金を貰って家でグダグダできるのだから、素晴らしい日だ。


 サボり万歳、サボり万歳。


 サボタージュ、サボタージュ。ん、サボタージュって何だ?


 それにしても、せっかくサボったのにやりたいことがない。


 仕事に時間を圧迫されつづける日々には、あれがしたいこれがしたいと妄想が止まらないものなのだけど、実際家で寝転がってると全てが面倒になる。


 この目の前にある悲しい出来映えの料理を平らげた後、私は再び寝室に戻り横になるのだろう。予想というより確信だ。


 今も、頭の中にそれ以外が浮かぶ事がない。


 そうやって、せっかくの無理矢理作った休日を私はグータラと過ごす運命をひた走る女だ。


 運命は待ってなどいない。こうして、いつ何時と自ら選び続けているんだ。


 だから、私には華やかな運命等というものは無い。グータラと休日を過ごす虚しい人生があるだけなのだ。


 しかし、問題がある。


 冷蔵庫に入っていた卵とベーコンは、こうして出来映えの悪い料理として変わってしまったわけだ。


 ベーコンエッグという選択肢から救い出してくれた食パンも、焦げてしまったこれが最後だ。


 このままだと、晩御飯が無い。


 一食分ぐらい抜いてもいいが、明日以降の事も考えるとやはり買い物に出かけなければならないだろうか?


 グータラした運命を、切り開かなければならない。そんな大それたことじゃないけど。



 運命を感じるような男と、付き合った事がある。


 唐突に、思いついた。


 唐突に、思い出した。


 焦げたパンを口にした苦さで思い出すのも何だか切ないが、フラッシュバックのように男の顔が浮かんだ。


 そんなに格好良い男でもなかった。顔のレベルで言えば平均レベルで、ドラマなんかだと脇役止まりの俳優みたいだ。


 身長も170cmと平均で、年収も240万と食べていくには問題ないレベル。


 私が二十歳の頃に、付き合いだした。


 同い年だけど弟みたいな彼は、至って普通の男だけどそれだからこそ一緒に居れる事に幸せと運命を感じていた。


 きっと彼のような普通な男とそれなりの恋愛をして、結婚を誓い親族と友人だけを呼ぶような小さな式を挙げ、子供を二人産み暮らしていくのだとそう思った。


 それが私のささやかで、今となっては壮大な幸せな運命なのだとそう思った。平均で平凡で普通な生活は、今の時代きっと幸せの象徴なのではないだろうか?


 誰しもがその平均さも、平凡さも、普通さも、掴み損ねてもがいている。


 華やかさはなくていい、ささやかな愛、そして食べていければ十分だ。


 花より団子。

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