第3話 告白

 中学生の卒業式の思い出なんて、そんなにいいもんじゃない。


 好きな人の第二ボタンを貰うなんてベタで昭和な行為は恥ずかしくて出来なかった。体育館裏に呼び出そうにも、体育館裏は密かに告白するような場所ではなく後門から丸見えだった。何故かどこかのクラスの飼育していた金魚の墓がいくつかある、ちょっとした墓地になっていた。


 携帯電話だってまだまだ普及して間もない頃で、中学生で持っているヤツなんて過保護かチャラ男か調子乗りぐらいだ。クラスの男子たちは携帯電話より小学生向けの携帯ゲームに夢中で、女子たちもそれを馬鹿にしながら携帯ゲームで謎の生物を育成していたもんだ。


 だから、手慣れない文章での手紙か、緊張が電線を伝わってくる実家への電話だけが告白へと繋がる手段だった。今で言うSNSのはしりなのかも知れないが当時は、自分のプロフィールを書くメモ帳みたいのが流行った。


 私の母校では、確かに流行った。何枚も何枚も書いては、友人たちと名刺の様に交換して集めだした。


 いつしか誰が何枚持ってるか、誰のプロフィールメモを持ってるかが話題の中心になり、次第にオタクのトレーディングカード集めみたいに躍起になったもんだ。


 いや、コンパニオンの名刺集めの方がしっくりくるか。


 段々と集め方は強引になって、クラスの男子にプロフィールメモを無理矢理書かせたものだ。女子数人で一人を囲んで、ちょっとコレ書きなさいよ、と。


 ロクに話した事もない男子にも無理矢理書かせたものだから、なかなかなパワーハラスメントだ。こういうときは男子より女子の方が力を持っている。群を成す力は脅威的だ。


 そうやってプロフィールメモ学年コンプリートに躍起になっていたら、ある男子が勘違いを起こして私に告白してきた。


 生涯初めての告白だった。


 初めは、メモの自由欄にメッセージ。元より話した事もあまりなければ、好みのタイプでもない。


 一見、ワイワイと騒ぐ人気者タイプだが、どうもただゲーム好きなオタクのデブだ。


 無視を決め込んだ。次に、実家に電話がかかってきた。


 連絡網というのはプライバシーを無視するもんだな、と思ったがそもそもプロフィールメモに自分ちの電話番号書いたのを思い出して、プライバシーも何も無いなと思った。


 コンプリートに執着するあまりメモも交換したし、マヌケもいいところだ。無視を決め込んだ私が悪かったのか、空気を読めず諦めの悪いオタクデブが悪かったのか。


 お互いに無駄に緊張しただけの電話。


 一分たたずに切ることになった電話。


 好きだ、ゴメン、の応答。


 そもそもロクに話したことの無いクラスメイトに告白されて、イエスとは返事できない。私が彼と付き合って嬉しいという要素が、思い付かなかった。


 私はモテる女ではないので、他の男子という選択肢が直ぐ様あるわけではないのだけど、周りのように恋愛ムードに浮かされるのはなんだか嫌だった。


 恋愛ムード。


 卒業式を控えた中学三年生の頭から急に周りが恋愛ムード、恋愛モードに入っていた。


 恋愛をしないと青春ではないと、誰かが囁いたように皆が皆焦ってくっついた。きっと、オタクデブな彼も焦って私なんかを告白相手に選んだのだろう。


 卒業式の日、彼は何故だか謝っていた。振ったのは、私なのに。


 嫌な思い出だ。


 私が好きだった男子生徒は学校中にモテモテで、卒業式の日も学年問わず女子生徒に囲まれてるのを遠くに見つめるだけだった。まさかあんな漫画みたいなシチュエーションが、目の前で起こるなんて思いもしなかった。漫画のベタなモテ男像みたいな男子生徒だっただけに、少しだけ可笑しかった。


 オタクデブも、モテ男も、進学は違うところだった。それを友人に聞かされた時、私は、ああそうなんだ、と他人事のように返事をした。


 まったくの他人事だ。私には、何の関わりもない。


 必要性も何もない、ただ一瞬のくだらない気分の悪い嫌な思い出だ。


 忘れようとした。


 忘れようとしている。


 忘れたいと思った。


 忘れずにいる。


 忘れられずにいる。


 口から煙草の煙を吐く。天井に広がる煙はやがて薄くなって、窓から流れ出ていった。


 消えてしまえばいいのに。


 消えることなく小さな小さな粒子になって煙は、空気中に残り続けるのだろうか。頭の隅に残るこの嫌な思い出のように。


 心を突き刺したままのこの嫌な思い出のように。


 外を歩く、涙を流す女子生徒。


 卒業というものが、何かとの別れならば私はまだ卒業しきれていないのかもしれない。十年も前の思い出がまだ私の中から消えずにいる。


 私も、あの中に加わろうか。あの行列が、嫌な思い出を連れ去ってくれるなら。


 コスプレだって構わない。


 一時ぐらい頭がおかしくなっても、それだけの価値はありそうだ。

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