第2話 卒業式
しかめっ面をした私が窓に映っている。
寝不足全開、いや全壊といった感じの顔は二十五のOL(笑)の顔に見えない。
長ったらしい髪が寝癖でボサボサになっていて、ホームレスの様にも見える。タンクトップに半ズボンと、何とも季節感という言葉を知らない少年心を表している。女として最悪な姿だ。
流れゆく時間の中で流れを止めることの無い中学生らの大名行列を見飽きたので、私は窓から離れ布団の上に座った。
枕元に置きっぱなしの煙草とライターを手にする。煙草を口にくわえ、ライターで火をつける。煙が天井に広がり、体内を駆け巡った。
段々と頭が覚めていくのを実感する。段々と身体が覚めていくのを実感する。段々と部屋が煙草臭くなるのを実感する。
そういえば、窓を開けてなかった。
面倒だが私は立ち上がり再び窓に近寄った。今、窓を開ければ尚更煩くなるんじゃないだろうか。
鍵にかかった左手は一瞬躊躇したが、悩んでると煙草の灰を落としそうなので思いきって窓を開けた。
予想通りの騒音ぶり。
しかし、今はそんなことより灰皿だ。床に置いてあった空き缶を手に持つ。昨日飲んだ缶チューハイだ。
中に煙草の灰を落とす。ジュッ、と音がした。しまった、まだ僅かに残ってたか。
いやこれは、昨日も灰皿にしていたような。……記憶に無い。
危ない危ない。もったいない精神で飲んでたら大変な事だ。
こんな女として最悪な姿で、右手に煙草、左手に缶チューハイを持ちながらのたうち回って死ぬのは嫌だ。しかも、煙草に火がついてるから倒れたらこのまま火事になって焼死だ。
死体解剖とかされたら私の見るも無惨な私生活がバレてしまう。死人に口なし、死人にプライバシー無しだ。
イケメン大学生が法医学の名のもとにどんな感動ドラマを作ろうとも、私には泣けるストーリーは無いだろう。起きて中学生にケチつけて煙草を吸って、缶チューハイ飲もうとしたらそれ灰皿でした。
泣くのは両親が娘の死因が情けなさすぎて泣くぐらいか。
なんで? なんで灰皿にしたこと覚えてなかったのかなぁ?
酔っぱらってたからだよ、イケメン大学生。良かった、飲まなくて。
そんな死に方するぐらいなら、もったいないお化けが出てくるぐらいがまだマシだ。お化けもかなり怖いのだけど。
悪霊退散、悪霊退散。
もう一度、煙草を口にくわえる。身体中に煙が駆け巡る。血液の流れに乗って煙が細部にまで辿り着くような感覚。
ガソリンを入れた車のように、キーを回しアクセルを踏めば軽快にエンジン音をあげるだろう。
寝起きの一服は格別だ。しっかりと呼吸が出来たような疑似を感じる。
生まれたての赤子。泳ぎを覚えたばかりの子供。生まれたての子馬。
ん、例えが変か。
とにかく頭も次第に冴え渡る。
そうしてくると、外を騒がしく大名行列する中学生らとその監視家族に何か違和感を感じる。
集団下校というだけで非常におめかしした父母。いや、父母だけでなく七五三さんみたいな弟妹。
胸に花飾りをつけた中学生らは、手に鞄ではなく筒を持っている。……筒?
あれは確か卒業証書を入れるための筒。
そうか、今日は卒業式か。
なるほど、監視家族などではなく卒業を祝い一緒に帰ってる訳か。なかなか物騒な勘違いをしたものだ。
よく見れば泣いてる女子生徒も多少いたりする。集団下校で泣いて下校するわけもないか。
そんなことで泣く理由なんて、家族を見られることに恥ずかしさが感極まって泣いてしまったか、集団下校でもないと家族が集まらないという複雑なホームドラマがあるかしかない。
私も卒業式の時には泣いたもんだ。泣いた、もんだ?
あれ、泣いたっけ?
確か、中学生の時は友達も多く好きな男子もいたし泣いた様な記憶が。ん、でも実感湧かなくて泣かなかったような気がする。卒業したからといって離ればなれになるなんて少しも思わなかった。
大体の生徒が家の近くの小学校で知り合い、家の近くの中学校に通い、家の近くの高校に進学した。だからずっと幼なじみみたいに、腐れ縁みたいに、赤い糸みたいに、離れないもんだと思い込んでたんだ。
それでも高校を別に進む友達もいて少しだけ悲しかった。
だから私が泣いたのは、そう、高校生の卒業式の時だ。ここからの進路だけは交じり合わない、それがわかっていただけに何だか泣けてきた。
今でも当時の友達とは付き合いがある。中学生の時からの友達を親友と呼べる。
でも、数は少なくなった。確実に、少なくなった。それを理解できてなかった。
今泣いてる子は、それを理解できてるんだろうか? 私よりもずっと大人なんだろうか? 昔の私よりも、今の私よりも。
ただ、私は。
大人が嫌いだ。
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