12

「どうして私、逃げたんだろう?」

 雨降りの空を見ながら天は言った。


「逃げたって、さっきのこと?」

 晴もそんな雨降りの灰色の空を見ながら言う。

「うん。さっきのこと。それから、……もっと前のことも」天は言う。「もっと前のこと」晴は言う。

「うん。……花森町に引越しをしてきて、それから、花森高校に転校している前のこと。それに三船晴くん。君とまだ出会う以前の私のこと」

 そう言って、天は雨降りの空から視線を動かして、自分の少し隣にいる三船晴のことを見た。

 晴はそんな天の視線を感じて、同じようにその視線を動かして、……自分の少し隣にいる泣いている女の子(雨野天)を見た。


「俺に出会う前の君」晴は言う。

「うん。私がまだ、雨野天、じゃなくて、三つ森天だったころのお話。……ずっと、ずっと昔のお話」

 そう言って、天は笑った。


「三つ森天」

「うん。懐かしい名前。もうこの世界のどこにもいなくなってしまった、もう一人の私の名前。……もう、この世界から、消えてしまった悲しい女の子の名前だよ」


「……天は、天だよ。三つ森とか、雨野とか、関係なくてさ。天は天だろ。消えてなんていないし、君(天)は今もここにいるよ」

 晴は言う。


「それはね、三船くん。君が三つ森のことをあまりよく知らないから、そう言えることなんだよ。三つ森と言う名前を捨てるってことはね、三つ森神社の家系に生まれた、巫女の私にとって、それは、三つ森町に住んでいる人たち全員に対する裏切り行為でもあるんだよ。本当なら、絶対にしてはいけないことなんだ。でも、私はそれを選択した。……お父さんと一緒に、三つ森の家から、巫女の家系から、自らの血から、私は逃げたの。そのせいで、きっとさっきも三船くんと斎藤さんのところから、思わず逃げちゃったんだと思う。……逃げ癖がついちゃったんだね」

 そんなことを天は言った。


「雨野……、天はさ、巫女になりたくなかったんだろ? 三つ森の家が嫌いってわけじゃなかったんだろうけどさ、巫女にはなりたくなかった。理由はわからないけど、そうだったんだろ? ならさ。別に逃げてもいいと俺は思うよ。ずっと、逃げ続けるわけには行かないかもしれないけどさ、逃げてもいいと思う。だって、天の人生はさ、三つ森とか、巫女の家系とか、血とかさ、そういうことじゃなくて、天のものだろ」

 天の顔をじっと見つめながら、晴は言う。

 ……天は、晴の話をじっと、とても真剣な顔をして聞いている。

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