9 追いかけっこしようよ
追いかけっこしようよ
「ねえ、晴ちゃん。競争しようよ。あそこの神社の木のところまで」
にっこりと笑って、小学生時代の斎藤幸がそんなことを晴に言った。
「やだよ。どうせ負けるもん」
小学生時代の晴が言う。
「えー。いいじゃん。追いかけっこしようよ。走るのって、すごく楽しいよ」晴の服を引っ張って幸は言った。
その日は、確かとても暑かった夏の日で(夏休みのどこかの一日だったと思う)、二人のいる花森神社の境内には、夏の太陽の強烈な日差しが差し込んでいて、二人は神社に生えている大きな木々の作り出す涼しい木陰にいて、近くではセミがうるさいくらいにみーんみーんと鳴いていて、そして、晴は携帯用ゲーム機で流行りのゲームをプレイしていて、幸はいつものように、体を動かすことに夢中で、インドア派の晴をできるだけ外に連れ出して一緒に遊ぼうとして必死だった。(こうして晴が神社にいるのも、幸に外に行こうよと散々言われてたからだった)
「ねえ、晴ちゃん。一緒に遊ぼうよ。一緒に競争しよ。追いかけっこしようよ」
晴の体をぶんぶんと揺すって、幸は言う。
結局そのあとで、晴は幸と追いかけっこをして遊ぶことになった。(いつもこうして、晴は幸に押し負けていた)
勝敗は最初から目に見えていて、晴の負けだった。(結局一度も、晴は追いかけっこでは幸に勝てなかった。まあ、このあと中学で陸上部のエースに幸はなるのだから、勝てなくて当たり前といえば当たり前なのだけど……)
「ねえ、晴ちゃん」
「なに?」
汗だくになった夕方の帰り道で、幸は言う。
「晴ちゃんはさ、こうしてずっと私と一緒に遊んでくれる? どこにも行ったりしないで、ずっと私のそばに晴ちゃんはいてくれる?」勝気な性格をしている幸にしては珍しく、ちょっと弱気な顔と声で、幸は晴にそう言った。
「まあ、いるんじゃない? 幼馴染だし」晴は言う。
「……そっか。そうだよね。私たち幼馴染なんだもんね。ずっと一緒にいるよね」顔をあげて、にっこりと笑って幸は言った。
「ふふ。幼馴染。幼馴染」大きくぶんぶんと晴とつないでいるほうの手を振りながら、幸は言う。
このときの(赤い夕焼けに照らされている)幸の横顔はなんだかすごく幸せそうな顔をしていた。
はぁはぁと息を切らせて、(出会ったばかりの、自分の幼馴染ではない)雨野天のことを追いかけながら、三船晴はそんな昔のことを、なぜか今、心の中で思い出していた。
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