「あの、天野さん。あのね」

 と幸が言ったときだった。

「……ごめんなさい」

 そう言って、天は二人のところから、逃げ出すように駆け出して、お店の出口に向かって移動をした。(天は、泣いているようだった)

「天野さん、待って!!」

 慌てた顔をして、幸が言う。

「俺が追いかける」

 晴はそう言って、カバンを持って席を立つと急いで天のことを追いかけようとした。

 すると、そんな晴の手を幸は掴んで、「待って!」と言った。


 晴は驚いて、幸を見た。

 花森高校の陸上部に所属している幸は、今日は制服ではなくて、上下とも灰色のジャージ姿だった。(髪は走るときの髪型であるポニーテールにしている)

「あ、いや、あの」

 驚いた顔をした晴を見て、幸はとっさに自分の手を引っ込めた。


「ごめん。なんでもない」

 幸は言う。

 お店の中には数人のお客さんがいて、そのお客さんたちは窓際の席で起こったちょっとした騒ぎにみんなが目を向けている。

「あの、どうかなさいましたか?」

 アルバイトの子だと思われる晴や幸と同年代くらいのお店の制服姿の女の子が、二人にそう声をかけた。(「騒いですみません」と晴はその女の子に誤った)

 お店の中にもう天の姿はない。天はもう、お店を出て、どこかに走り去ってしまったあとだった。


「幸。俺、このまま天野さんのこと、追いかけてもいいかな?」晴は言う。

「……いいよ。もちろん。いいに決まってるじゃん」

 うつむいたままで、幸は言った。


「わかった。じゃあ、幸。またあとで。今日のことはそのときに連絡するよ」晴は言う。

「うん」幸は言う。

 その言葉を聞いて、晴は急いで天のことを追いかけ始めた。


 お店を出ると、天の姿はもうどこにも見えなかった。(思った以上に、足が速い。まるで幸みたいだ)とりあえず晴は勘で、右の道を走って行ってみることにした。なぜなら、そっちには天と初めて出会った花森町の商店街があったからだ)


「晴!」

 ちょっと走ったところで、後ろからそんな大きな幸の声がした。振り向くとそこには大きな陸上用の白いバックを肩に下げている、晴の幼馴染の女の子、斎藤幸の姿があった。


「頑張れ!!」と幸は言った。

 その言葉で、(幸の応援で)まるでびびっと全身に電気が走ったように刺激されて、晴の体はさっきの数倍は、元気よく動くことができるようになった。

「おう!!」

 晴はそう幸に返事をして、それから、花森商店街のほうに向かって全速力で駆け出して行った。

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