施設内の孤独

あきたけ

第1話


テントを張っておくべきだった。


とつぜん、空から、無数の緑色のスーパーボールが降り注いできたから、僕は頭に手をやってガードした。


ぽんぽんと跳ねるスーパーボールは、そのまま広大な砂漠を跳ね回って、そのうち、どこか遠くの方へ消えてしまった。


降り注いだ数は何万とあったと思う。まだ、緑色のそのスーパーボールは、僕の足元に、2,3個転がっている。


ひょい、と僕はその中の一つを取って、まじまじと観察した。


何の変哲も無い……ただの、緑色のスーパーボールだ。


それが何故、いきなり空から降ってきたのだろうか。考えると、面白くなってきて、僕は


「アッハッハ」

と笑った。


その声は、どこに反響するでもなく、広大な白い砂漠の上を伝わって、淡い水色の空へと消えていった。


まるで、さっきのスーパーボールが、どこかへ消えたように。

僕の笑い声も、どこかへ消えたのだ。


見渡す限り、どこまでも白い地面と、淡い水色の空が広がっている。


ほのかに風の匂いした。



僕は旅に出たのだ。




もともと、僕は地球の……それも日本などという社会生活に縛られた、あの人の多い、しがらみの多い、そんな世界にはいなかった。



もっと人間は、本質的に、孤独であるはずだった。


だから僕は旅に出たのだ。


完璧な孤独を目指して。



最初は、ほんの家出のつもりだった。


僕は人間関係に疲れたから、ちょっと旅に出てみようと思った。


リュックを背負って、電車に乗った。


僕は、もう大人だから。夜の町を歩いていても、お巡りさんに心配されるということは無いのだ。


僕は、山手線に乗って新宿まで行った。


いきなり家から出ていってしまった僕を、父親と母親は、すごく心配するんじゃないかな。


と、思ったけど、別にいいや。と思った。


僕はこれから完璧な孤独を経験するんだから。そんなのはもう関係ない。



歌舞伎町を歩いた。


ガタイ良い、客引きのお兄さん達から、たくさん声を掛けられた。


けれども、ぜんぶ無視した。


それから、知らない道を歩いた。


公園のような場所を歩いていると、砂場に赤い花が咲いていた。


どうして砂場に花なんか咲いているんだろう。と、僕は不思議に思ったけど、先を急いだ。


木が生い茂る、知らない小道を歩いた。


誰ともすれ違わなかった。


これが孤独の始まりだ。と、少し嬉しい気持ちになった。


小道を抜けると、大通りに出た。


けど、車は全然、走っていなくて。


たくさん建物があったけど、その建物には、窓も入り口も無かった。


知らない場所に来たんだ!

と、僕の気分が高まった。


空を見上げると、太陽が緑色だった。

ちょっと安心した。


空が、淡い紫色に染まっているのを見て、

「ああ。帰ってきたんだ」


と安心した。


そういえば、今まで夜だったはずなのに、いつの間にか昼になっていたようだ。


僕は、孤独の世界に帰ってきたんだ。

と思った。


歌舞伎町には、戻るつもりは無かった。

このまま、完璧な孤独を経験したい。



そう思って足を進めて、たどり着いたのが、この広大な白い砂漠のど真ん中だ。



僕は手の平で、緑色のスーパーボールを握りしめながら、深呼吸をした。


甘い香りが、ふんわりと僕の鼻孔に吸い込まれ、緑が溶けていくような気がした。


僕は歩いた。


空が淡い水色から、だんだんと淡い紫色に変わってきた。


夜が来たのかな。と思う。


けれども、景色はハッキリと見えるから、僕は歩くのを止めない。


不思議と疲れない。


孤独が、完璧だからかもしれない。


しばらく歩く。

目の前に、階段が現れた。


僕はそれを上る。


僕はそれを昇らなければならない。という強迫観念に駆られて、足を進める。


体が重たい。


一瞬、目の前が白い光で包まれた。


スマートフォンの光である。









そうだ。









僕は小説を書いていたのだ。



僕はもともと、こんな重たい世界ではなく。もっ本質的に孤独だった。






だから、あの世界を懐かしむように。



あの世界を思い出すように。







小説を書いていたのだ。




戻りたいか。と聞かれれば悩んでしまう。あの完璧な孤独の世界を、僕はみんなに提示したい。


『君たちにもあるだろう』

と、問いかけたい。



君だけの世界が…………君の本質的な部分に、きっと、あるだろう。


君だけが持つ世界があるだろう。


そう、問いかけたい。



完璧な孤独が。



生命の装着。しがらみの装着。人間関係の装着。ルールの装着。限界の装着。



地球の、日本の。

社会という施設の、苦痛というルールのもうけられた。



ハッキリとした世界の中で、孤独を忘れるだろう。


あの世界を思い出すように、僕は社会という施設で小説を書き続ける。


何かを思い出すように。


いつか空から、大量のスーパーボール降り注いで、ニュースとなる頃思い描いて。


施設内孤独を描き続けよう、と思う。










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施設内の孤独 あきたけ @Akitake

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