第15話 ライバルと嫉妬と

 熱が出てしまったあの日、私は幸子さんに添い寝をしてもらった。次の日にはかなり体調も良くなっていて、問題なく出勤することが出来た。幸子さんと仲良く同伴出勤してしまったのは思いがけず幸運な事だったりする。と言ってもこれで二度目の同伴出勤であった。最初は初日にやらかした時だから、こんなに仲良くなってからは初めてだった。それに、今回は私の横で幸子さんが寝ていた件。それって幸子さんにとっては本当にお泊り出勤だったはずである。まぁ何事もなく添い寝してくれただけなんだけどね。

 幸子さんは流石に意識しているはずなのにどうしてあんなに普通に私の横で寝れるのだろうかとか私ってそんなに安全だと思われているのだろうかとか色々考えたりした。告白された相手の隣で眠るのは危機意識が足りないと思うんだ。私がもし我慢できなかったらとか考えないのだろうか。私はそんなに信用されてると思うと私としても手を出せないのは悔しいけどあっていると思う。でもなぁ・・・やっぱ大人はずるい。


 10歳も離れると大人だと感じることが多くあったりする。物事の考え方とか自分が子供だと認識させられる事なんかがあると、やっぱり大人だなって思うし、

 私にはそんな大人になれる自信がないから尚更差を感じてしまう。仕事でもそう。なんでやらないといけないのかと思ってしまうと顔に出てしまったりするのはやはり私が子供だからなんだろう。幸子さんは嫌な顔一つせずにはいと一つ返事で請け負うのを見るのはやっぱり自分が情けなくなってしまう。


「上野さんここ確認してもらってもいいですか?」


 年下の教育担当の私にもこうして自然に下手に尋ねるのも幸子さんのすごいところだと思う。どれどれと幸子さんが渡した書類を確認すると花柄の付箋紙が貼ってあった。


 雅美ちゃん風邪は治った?


 日帰り温泉に行った時に幸子さんとお揃いの付箋紙には私を気遣う言葉が書かれていた。それだけで私は嬉しさでいっぱいになってしまうのは単純だからなんだろうか。にまにましながら、一応書類を確認し、付箋紙の文字の下に書こうかと思ったのだけど、これでは幸子さんからの付箋紙はまた幸子さんに戻ってしまうので、私は初めてあの付箋紙を使うことにした。お揃いのボールペンを使って書くことにする。


 ありがとうございます。幸子さんのおかげで元気です。


 少し硬いかと思って、ボールペンのキャラクターを下手だけど描いてみた。これこのキャラクターに見えるよね・・・?と少し不安ではあるけれど、まぁいいかと幸子さんに書類に貼って渡した。


「あ、これですね」

「見えます?」

「可愛いですね」


 私とお揃いのシャーペンを持っていた幸子さんが察してくれてほっとした。シャーペン使ってるんだとそれもやはり嬉しい。一応、私もボールペンを持参してきていたのでアピールしたら、幸子さんもいい笑顔だったから尚更嬉しい。


 ポケットに入れていたスマートフォンの通知を知らせる震えを感じた。これは短いからメッセージだろう。幸子さんとの会話を邪魔されたみたいでちょっと残念だったけれど、確認する為に書類はOKですと幸子さんに言ってから私はデスクに戻った。早速メッセージを確認すると、清水先輩からだった。


「今日は飲みに行くべし」


 べしってなんだよと心の中で突っ込み、特に用事もないけれど、なんだか嫌な予感がしていた。幸子さんのことをねほりはほり聞かれそうな気がしてならない。これは面倒くさいことになりそうなのでお断りした方がいいような気がする。返信を考えていると、もう一度スマートフォンが震えた。どうやら別の人からのメッセージのようだ。とりあえず、清水先輩の返信は後回しにして受信したメッセージを確認する。なんと幸子さんからのメッセージだった。急いで内容を確認する。


「雅美ちゃん、今日予定ある?ご飯一緒に食べない?」


 嬉しすぎるお誘いだった。すぐさま返信を打つ。


「絶対行きます!」


 それはそうだろう。さて、清水先輩のお誘いは断るということで決まりである。清水先輩には先約がありますので、今度お願いしますと返しておけばいいだろう。何より私の最優先事項は幸子さん以上には存在しないのだから。清水先輩ごめんよと思いながら返信を送った。


「うえのちゃーん!」

「うえどうしたんですか清水先輩」


 うわーと思った時には遅いのはこういう時だ。前にもあったけれど、先輩は諦めが悪い特に女の事の時には本当にウザい。なんでこっちのオフィスにも来ちゃうんだもうと思いながらいや面全開で清水先輩に対応する。


「だから今日は約束があるんですって」

「だから誰と?」

「そんなのいいじゃないですか」


 何なんだこの面倒臭さは。でも、たぶん幸子さんって言ってしまうと付いてきそうな気がするからなんとしてでも言わないと決めていた。


「彼氏?」

「違います!友達のお姉さんです」


 ウソは言っていない。ウソをつくのはあまり得意ではないため、清水先輩にはウソがばれそうだから言えないのもあるけど、なんでこんなにしつこいんだ。


「嘘じゃないみたいだね」

「だから言ってるじゃないですか」

「じゃあ今回は諦めるか」

「はい。今度お願いします」


 ようやく信じて貰えてホッとした。清水先輩は仕方なく諦めたみたいでちらっと幸子さんを遠目で眺めた後、オフィスを出て行った。こう幸子さんを見られるだけでもやもやする。私の幸子さんをそんな目で見て欲しくない。幸子さんは私の・・・私の、そこまで思ってはっとした。嫉妬と独占欲丸出しじゃん・・・。


 終業時間になってから幸子さんとは現地待ち合わせすることにした。清水先輩にばれないようにと思い私が提案したことである。私が先に到着していた。以前幸子さんと来たことがある居酒屋である。それとなく清水先輩に今日行く予定だった場所を聞いたら別の場所だったのでここに決めた。


「幸子さんこっちです」


 幸子さんが来たのが見えて声を掛けたら私を見つけて幸子さんが笑顔になった。


「今日清水先輩にも誘われたんです。でも幸子さんが誘ってくれてたのでお断りしたんですよ」

「そうだったの?よかったの?先輩のお誘い断っちゃって」

「大丈夫ですよ。清水先輩とは結構の飲みに行ってましたし、また今度と言ってるので。」


 ほろ酔い気分で今日の出来事を話していた。その時にガラガラと店の開ける音がして来客かとあまり気にせずに話していた。ふと目を向けると噂の相手がいて心臓が飛び跳ねた。うわマズい。そう思った時には清水先輩はこちらに気付たようでこっちに満面の笑みで近づいてきていた。


「佐伯さんと上野ちゃんじゃん。一緒してもいい?」

「えっと、いいですよ?」


 アイコンタクトを送りながら答える幸子さんに私はどうしようかとなんとも言えない気持ちでいいですよと清水先輩に同席を許してしまった。


「あれー?友達のお姉さんって佐伯さんの事だったんですね。ねぇうえのちゃん?」


 別にウソは言っていないのになんだこの責められる感じはと冷や汗をかきながら「高校の同級生のお姉さんなんですよ。ねぇ幸子さん」と幸子さんに助けを求めた。


「そうなんですよ。すみません。私が上野さんに相談したいことがあったので、清水さんも上野さんとお話があったんじゃないですか?」

「いえ、僕はただ上野ちゃんと飲みに行こうかと誘っただけだったんです。一応去年まで教育を任されていましたのでその延長ですかね。」


 さわやかな笑顔で幸子さんにいい男アピールをする先輩。それにしても幸子さんのフォローは最高である。冷静にしかも私が悪く無いように立ち回ってくれる所を見るとますます幸子さんのすごさがわかるというか。私の墓穴を埋めてもらって申し訳ないとも思えてきてしまう。


「じゃあ僕はこれで失礼します。相談されるのに僕がいてしまうと邪魔ですから。上野ちゃんも担当ですから先輩として頑張って欲しいですしね。」


 先輩はビールのジョッキを1杯くいっと飲み終わると、お邪魔しましたと言って先輩はスマートにお会計に行ってしまった。あっと言う間の出来事だっただけに私は驚きを隠せなかった。先輩が帰ったあと、店員さんから、清水さんからお客様のお会計はされていますのでと言われた。なんという気前の良さなんだ。しかも絶対幸子さんの好感度上げたわ先輩。


「ですって幸子さん」

「何か申し訳ないね。けど、男前な人ね清水さんって」


 そんな言葉を聞いてしまうと尚更不安になってしまう。くそう!と悪態をついてしまうのは負けたような気がしてならないからであり、強敵が清水先輩だったと気づいてしまったことだった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る