第6話 休日と片思いと
ゆっくりした週末というのは何よりも楽しみなものである。私はのんびり起きてのんびりとゲームをする休日を満喫していた。最近ハマっている作って遊ぶゲーム。時々敵が出て来て苦労した建造物を壊されてしまい、「ぬあー!このこの!」と独り言を言うくらいは楽しんでいるゲームである。さて、そろそろ昼にするかと思った頃だった。着信音が鳴った。
「はーいどした?」
「雅美集合。」
「え?は?どこに?」
「姉ちゃん家」
電話の相手はもちろん美智子である。こういう突然の電話を高校時代からよくするやつなので驚きまではしない。
とりあえず、今回の呼び出しは今すぐに幸子さんの家に来いという誘いのような命令である。なんでも、幸子さんの家にまた美智子が来ていて暇だから遊べということらしい。
それに、幸子さんも一緒に買い物でも行こうということだった。幸子さんの家からの方が買い物が便利だったためにこういう誘い方である。あ、命令か。
これと言って予定はない。家でだらだらとゲームをして一日過ごそうと思っていただけだから、承諾一択で返事をした。思いがけず、幸子さんの家に行く理由ができたことに喜んでいる自分が笑える。浮足立ってしまうのは仕方がないことなのか。
美智子とは最近よく連絡を取り合っている。幸子さんと同じ会社ということもあるし、日々の出来事や、会社のことなどたわいもない話をしたりしていた。これも美智子がいないとこういう展開もあり得ないのだから感謝しないといけない。
あれから、私は幸子さんのことをずっと意識してしまっている。好きだと実感してしまったのは思いのほか仕事に支障をきたしてしまっているのは社会人としてどうなのだろうと反省したりしていた。
話かけられるたびに挙動不審になってしまうのだ。この前なんて「どこですか?」と仕事の訂正箇所を教える時に私のPC画面をのぞく幸子さんの近さに心臓が口から出てきそうなくらいドキドキしてしまった。うわっと思わず焦ってデスクの上の書類を床に落としてしまった。それを一緒になって拾ってくれた幸子さんがしゃがむ時にふわっと香るいい匂いとか意識してしまってほんとにもー!と思ってしまう。私の動揺が幸子さんにバレないように必死で隠しているつもりではあるのだが、ひょっとすると幸子さんは気づいてしまっているかもしれない。
前とは同じ対応ができていないし、明らかに変な人である。こう考えると最近の心配事は幸子さんのことばかりである。
「こんにちわ。」
ニコニコと職場で見せてくれるいつもの笑顔に出迎えられて、やってきたのは幸子さんのお家だ。いらっしゃいと言う美智子はソファーで我が物顔でくつろいでいる。姉の家は実家も一緒なんだろうなと羨ましくもあったりする。
テーブルにはできたばかりの昼ごはんが用意されている。「お昼は食べてこないように」とメッセージをもらっていた。私と美智子の好物である卵焼きとオムライス、それに付け加えて美味いに違いない料理が並んでいる。それぞれの好物を作ってくれるあたり、幸子さんは本当にいいお嫁さんになったはずだろう。それを思いながら、幸子さんの別れた相手は本当に馬鹿だと思っていた。
「いつもすみません、ごちそうになっちゃってばかりで。」
「好きでやってるから全然気にしないで。おいしそうに食べてくれるから嬉しいよ。」
そう言ってにこにこと笑顔で返してくれる幸子さん。
「いのいの、姉ちゃんは料理が趣味だから」
「こーら!みっちゃんはもうちょっと料理しなきゃね。」
軽口をたたく美智子のおでこを人差し指で軽くこづきながら幸子さんは優しい姉の顔をしていた。美智子はいつもこういう幸子さんの顔を見てきたんだろうなと羨ましく思ってしまう。姉妹なのだから普通の事なのだろうけど、軽く嫉妬みたいなものを感じてしまうのは好きになってしまったから。
姉妹までとは言わないけど、やっぱりこういう気のおける間柄になるには時間がいるのだろうか。そうやって甘えたりする事できるまでにどれだけ幸子さんとの時間がかかるのかな?なんて考えてしまっていた。
友達のお姉さんだけだったら、もしかすると甘えることが出来たのかもしれない。会社の先輩後輩の立場が邪魔をしていた。もし逆に幸子さんが先輩だったらなんてことも考えるのはやっぱり私は今の幸子さんとの距離に満足していないということだろう。
「そろそろ買い物行こうか」
昼ごはんを食べ終えてお腹が馴染んできたころに美智子からの提案だった。二人の後ろから私はついて行く形で3人で買い物に来ていた。何を買うのかは知らなかったのだからまぁこういうポジションだったわけだが、連れられて来た場所というのがまた予想外のところだったりした。
「これ可愛い。姉ちゃん」
「あ、いいね。みっちゃん試着しなよ」
「じゃあ行ってくる」と勧められたものを持って試着室に向かった美智子。
「これ、雅美ちゃん似合うんじゃない?」
そう私にあてられたものはピンクのブラジャーである。そう、ここはランジェリーショップ。女子だけで買い物にはもって来いの場所ではあるのだが、私は今まで母としか経験がなかった為か妙に気恥しい。こういう専門店に来るのも初めてだったりする。さらに「これ似合うと思う?」と幸子さんは自分の胸にブラジャーをあてて見せてくるのは反則だと思う。想像してしまうのは私が変態だからとかじゃないと思うんだ。意識してる人の下着姿を想像してしまうのは仕方ないことであろう。
「どうした?何か赤くね?」
試着を丁度終えて帰ってきた美智子に顔をまじまじ見られてしまって、「なんでもないし」と強がる。顔が赤いことを指摘されてますます顔が熱くなるのがわかる。
「雅美ちゃん耳まで真っ赤」
なんで?と幸子さんまで不思議そうに見て来るしで、いてもたってもいられずにこれ試着してきますとそこにかかっていた適当な下着をよく見ず持って試着室へと逃げ込んだ。一人になって落ち着いて手に持った下着を改めてよく見てみて「うわー」と試着室で後悔した。着るには勇気がいるレベルのセクシーな下着で、ふんだんに使ってあるフリルがもうなんと言うか私が選ぶものとはほど遠い。まぁ別に試着はしなくてもいいのだが、これ着るんだと思われたよねと一人でダメージを食らっていた。「雅美ちゃん」と呼ばれて振り返るとカーテン越しに聞こえる声は幸子さんだということがわかる。試着した所見せてと言われるかとドキドキである。
「具合でも悪いのかな?」
「いえ、全然元気です」
「そう…」
良かったと安心はしたけれど、幸子さんはなぜか寂しげな声をしているように思って、そっとカーテンを開けてみると、やっぱりいつもと違って何か言いたげだけど、悩んでいるようなそんな顔をしていた。
「幸子さん?」
私に気付いて慌てて表情を変えた幸子さんに、私は引っかかりを覚えて、ちょっとこっち来てくださいと試着室に幸子さんを招き入れた。幸いここの試着室は広い。二人くらいは楽に入れると思ったからしたことだった。寂しそうな声だったこととさっきの表情が私に言いにくいことだったか誰かに聞かれたくないことだったのかわからなった。二人で話したいことがあると判断したから私は招き入れたのだった。
「ちょっと狭かったですかね。」
思いのほか二人で入ると窮屈である。密室という空間だけれど、私が招いたことだ。気にしていないと言えばウソになるけど、今はそれどころではないと気持ちを切り替えた。
「幸子さん、私に何か言いたいことあるんじゃないですか?」
そう言った私に幸子さんは、少し考えた仕草をした後、言いにくそうにぽつぽつと話始めた。
「雅美ちゃん、最近、私避けてる・・・?」
「え?そんなわけないじゃないですか」
「だって、最近目見て話してくれないし、何か避けられてるのかなって思っちゃって。さっきも、だったよね」
私の最近の行動は幸子さんには避けているように見えていたらしい。全くもってそんなことはしていないつもりではあったのだが、もし、そう感じたのであればたぶん恥ずかしいし墓穴ほりそうだから、できるだけ近くに寄ることを避けていただけである。でも、傍目から見てみるとそれはたぶん避けているように見えていたのかもしれない。明らかに挙動不審だったことは自分でも自覚はしていた。
「ちが・・・それは、なんていうか幸子さんがっ・・・!」
私が?という覗き込むその目にまた動揺してしまう。好きだからですなんて言えるわけない。
「っ・・・だから、違うんです。避けてはいません、よ?」
「雅美ちゃん前は会社でも私のデスクに来てくれてたじゃない?」
「それは、そう、ですよ、ね」
どういったらこの誤解を解くことができるだろうと頭の中をフル回転させる。言い逃れできない二人だけの空間なだけに焦る。
「ただ、直視すると緊張するというか。幸子さんが綺麗だからです」
言ってしまってから後悔する。馬鹿正直に答えてしまって、まるでナンパ男ではないかと自分もたいがいだと思う。そしたら、幸子さんは驚いたみたいで、私の言葉か意外すぎる内容だったからだろう。どう返すか悩んでいるみたいだった。
「えっと、女性として憧れてると言いますか・・・」
尻すぼみ気味に言った私に、幸子さんは、ふふっと笑った。
「ありがとう。でも、憧れるほどでもないと思うんだけど私」
じゃあよかったのかな。と避けられてはいないと理解されたようで、私はひとまず安心できそうである。幸子さんは、そうだと思いだしたみたいに私を見た。
「さっきの試着した?」
「え?」
さっきのとはあの下着のことだろう。着て見せてくれない?という幸子さん。
「む、無理ですー!恥ずかしすぎます」
「可愛いのにこの下着」
雅美ちゃんに似合いそうよ?という幸子さん。この人は私を恥ずかし死にさせる気だろうか。絶対に無理ですという私に、不服そうにしていてでも唇を尖らせている顔が何か可愛いなとか思っている自分がいて。でもやっぱり無理ですってあきらめさせるのにだいぶ時間がかかった。試着はしなくても、サイズあったら買ってあげるとまで言われたのだけど、丁重にお断りしたのだった。
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